きみは愛の星
八島清聡
きみは愛の星
Introduction.序
『ほんとにほんとにほんとだよ』
空を見上げて、祈るように目を閉じると、遠く果てのない闇から懐かしい声が聞こえる。
どうにも切羽詰まって、ひどく困ってしまって、でもこれさえ言えばわかるだろうという確信に満ちた声。相手を失ってしまった今では、永遠に噛み合わない合言葉でもある。
ほんとに……? と呟きかけて、僕は口を噤む。
昔からそうだった。
信じているくせに、自分は愛されていると安堵したくて、いつも心を試すようなことを言った。さもしい癖だけど、当時は条件反射でもあった。単純で、愚かに優しい言葉だった。
明日は出発の日だ。
僕は生まれて初めて乗る飛行機で、生まれ育った日本を出る。
お恥ずかしながら、およそ三十年生きてきて、飛行機に乗るのはこれが初めてだ。それもいきなり国際線だ。不安と期待がない交ぜになって、今から少し疲れている。
これまでは頑なに飛行機の利用は避けてきたのだが、思うところがあり、一念発起して乗る次第になった。別に持病があるわけではなく、高所恐怖症でも閉所恐怖症でもない。大学を卒業して、就職してからも海外へ行く仕事は避け(同僚や上司は避ける理由を知っており配慮してくれる)、国内の出張も電車やバスを利用してきた。日本から出るのも初めてで、海外旅行や留学が当たり前になった今では貴重な人種かもしれない。
六年近く住んだ1DKのアパートは、全て片付いて空っぽだ。家具を処分してしまえば、急に広く感じるのがなんだか悔しい。
部屋は二階で、一畳ほどのベランダに出れば、思いのほか夜風が冷たくてくしゃみが出た。空を見上げれば、流れる雲が地上の光にぼうっと照らし出され、ゆらゆらとのたくっていた。
……星が見えないことに少し安堵した。
いつも見ているものだけれど、今夜はなくてもいい。
だって、目を閉じれば、空想することはいつも決まっている。
――それは、遥か彼方からやってきた。
膨張を続ける広大な宇宙。無数に浮かぶ星雲と銀河。その片隅にある太陽系。中心にある太陽。太陽を回る地球。ユーラシア大陸の東に浮かぶ細長い日本列島。かの国の首都・東京。西東京の閑静な住宅街にあるコンクリート建ての家。三階の誰もいないテラス。
それは、きっと知っていた。
冴え冴えとした蒼天の下、煙と火を吹きながら落ちていく白い鳥を。折れた翼を。一筋の細くちぎれた雲を。向かう先は眩いエメラルドグリーンの海。真っ当に美しく、尊い自然の中で、いびつに壊れていく不自然を……。
そして、その後に起きたおよそ科学では説明できない奇跡を、僕は知っている。
これは、ほんとにほんとに本当の話だ。
誰にも話したことはないけど、僕の心の中で一番に輝ける真実だ。
誰が否定しても、皆に笑われても、この世界に宇宙と星がある限り信じざるを得ないのだ。
ねえ、その名前を、僕は知っているよ。
――きみは、愛の星。
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