055-2

「なんか、懐かしい……通り越してむちゃくちゃ発展しとんな」


 りおなは、マイクロバスを降りて開口一番にぼやく。

 異世界Rudiblium Capsaに来て初めて訪れた街、『ノービスタウン』。

 そこは街の中央に時計塔があり、石畳や木製、石造りの街並みが美しい中世ヨーロッパの農村のような佇まいの街だった。が――――


 ――基本的にそんな変わっとらんけど、発展ぶりがすごいわ。

 まだ夕方には早いのに、ガスでも蛍光灯でもLEDでもないオレンジ色の街灯がついとるわ。

 中央通りには、テント張って作られた露店が並んどるし。


 そこには新鮮な野菜や果物、穀物、香辛料、チーズやソーセージ、ハムなどの加工食品など、多種多様な商品の露天商が軒を連ねている。


 ――それにーー、焼肉串とかケバブに麺類、焼き菓子なんかの屋台がいっぱい並んどるわ。

 なんで山形名物のどんどん焼きとか、芋煮鍋の屋台があんのかはわからんけど。部長が街のひとらに教えたんか?

 それに買い物に来とるひともいっぱい集まっとるわ。りおなが最初に来た時と別の街みたい。


「じゃあ俺はバスのメンテナンスに行く。夕方か夜になるだろうから、終わったらここに戻るからな」


 部長はりおなたちに告げると街を離れた。


「ほんの二日三日空けただけで浦島太郎の気分じゃな。

 あ、はんじゅくカスタードとフライドカッペリーニ売ってる」


「りおなさん」


「わかっちょる、初めて来たときおいしかったから思い出してただけじゃ。

 そんで? 誰にあいさつするって?」




「ああ、おねえちゃん。久しぶりっていうたらええんかな、とにかく会いたかったわ」


「あ、あれ? ラーウス、だよね」


 『ノービスタウン』の奥まった場所に店を構えている〈冒険者〉御用達の武器防具を取り扱う『ローグ商店』。

 その店の奥で、けだるげに店番をしている灰色の子猫のスタフ族がいた。

 あまり会話を交わしたわけではないが、街の主要施設の店主ということもあってりおなの印象に強く残っている。


「前もうたけど、ラーウでええって」


「んや、んでなくて。なんであんた普通にしゃべっとると?」


 本来スタフ族は、空気を振動させる声では会話ができない。聴く者の心を震わせる直観の『声』で意思の疎通を図る。


 ――んだけど、目の前のラーウスは普通に話してるにゃあ。

 指摘されたスタフ族の灰色の子猫は、のどに手を当て「あー、あー」と発声する。


「言われると そやな、なんか普通に声出るわ。まあどっちでもええんちゃうん?」


「どーいうことじゃろ、チーフ」


「『ウェアラブルイクイップ』の影響でしょうね。

 彼女の場合、ダンジョンでの収集品を多数取り扱ううちに、経験値が飛躍的に上がったからとみるべきでしょうか。

 一般のスタフ族より、明らかに我々業務用ぬいぐるみに近くなっています」


「えーと、ラーウのステータスは、と」


 りおなは目を細くして子猫の顔を凝視する。ラーウスの頭の上にりおなだけが認識できるウインドウが表示された。


「えーと、なになに」




 名前:【ラーウス】

 種族:スタフ族+3 雑種ネコ

 職業:商人『ローグ商店店長』

 Lv:30

 装備品:☆☆白いブラウス+15 ☆☆赤い髪飾り+16


 特技:商才 Lv21

    鑑定眼 Lv24

    値切り Lv32

    高値で売る Lv47

    ☆☆NEW!☆☆ 支店経営 Lv5

    ☆☆NEW!☆☆ 倉庫管理 Lv13




「……なんかいろいろ増えとるし。あんた物売るとき、お客さんにふっかけとらん?」


 ラーウスは手をひらひらと振る。


「そんなんやれへんよ。ウチはいつでも良心価格、明朗会計めいろうかいけいや」


「ならいいけど、んじゃ応援しとるけ頑張って」


「わかったわ、おおきに、おねえちゃん」




 続いてりおなたちは〈冒険者ギルド〉に着いた。

 常に冒険者が出入りし、各種依頼や酒や情報が行き交うこの施設も、ローグ商店に負けず劣らず活気を帯びている。


「……いらっしゃい」


 薄暗い照明の下、カウンターの向こうでグラスを磨いている羽織袴はおりはかま姿のオオカミのスタフ族がいる。

 腰には、かつて自分自身も冒険者だった名残なのだろう、大小の日本刀をいている。

 この冒険者ギルドのおさアーテルだ。りおなは席に座り挨拶する。


「どうも、相変わらず渋いのう」


「どうも、お前さんのおかげで冒険者ギルドだけじゃない、ノービスタウンもそうだし近隣の町や村全部が活性化している。

 洞窟だけじゃなく古代の城や塔まで出現しているからな」


「え? 城? 塔?」


「ええそうよ、お久しぶり、といってもそんなにたってないけど。これは私からのおごりね」


 りおなの前にブルーベリージュースが出される。出してきたのは紫色のロマ風衣装を着たシャムネコ、ウィオラだ。

 優雅に一礼した後ウィオラは説明を続ける。


「ディッグアントは知ってるでしょう?

 あの巨大なアリを家畜みたい飼いならす『虫使いインセクトティマー』が増えたおかげで遺跡の発掘がすごく進んだの。

 それに建築するシロアリビルドターマイトが泥で塚や塔を建ててるの。

 ふるいものに限らず閉鎖された空間には『落胆する者達スタグネイト』が住み着く割合がすごく増えるみたいよ。

 『狩り場』が増えるっていうことは、依頼も増えるから助かるわ、ほら」


 ウィオラが指さす方を見ると、ピンク色のドレスを着たロシアンブルーのスタフ族プルヌスが、忙しそうに書きつけた紙を壁のコルクボードに貼っている。

 それと同時に、なんにんかがプルヌスの前で何か紙に書きつけている。どうやらそれが依頼書らしい。


「ギルドに依頼される任務っていっても『馬車の護衛任務』『道具を作る素材集め』『荷物の運搬任務』とかさまざまね。

 一単位の仕事を引き受けたときに前金を半分、達成した時に残りを支払うようにして成立するの。

 ま、スタフ族はみんないい子だから、不正なんて頼まれても起こらないけどね」


「んでも、ギルドがここだけじゃと他の土地の冒険者とかと差がつくから、大変にならん?」


 『ウェアラブルイクイップ』を提供しだした時は言われるままするだけだったが、りおな一人のさじ加減次第でこの異世界の技術革新、ブレイクスルーがいとも簡単に行われる。


 それと同時に、業務用ぬいぐるみことグランスタフ並のぬいぐるみが育っていくのは問題じゃないのか? 下手すれば第二第三の伊澤、大叢が出現しないとも限らない。

 りおなはその疑問をチーフに投げてみた。


「一時的な混乱は生じるでしょうが、このRudiblium Capsaは広大です。

 今回りおなさんが訪ねた場所だけでもこの大陸の四分の一もないくらいですし」


 チーフは液晶タブレットをりおなに見せた。


「うわぁ、こんな感じなん?」


 りおなは吐息を漏らす。画面にはRudiblium Capsa全体の地図が表示されていたが――――


「ここがノービスタウンじゃろ、んで南のここが今いる開拓村、これが本社……

 りおなが行った場所ってこんだけけ? よくて全体の一割くらいじゃろ」


 地図は全体がモノクロで、りおなが行った土地や建物はきれいに彩色されている。その面積は驚くほど狭かった。


「ええ、陽子さんがこの世界Rudibliumに着いたときはじめて訪れたのは、ここよりはるか北、極寒の山脈ArcticmTaurusと言っていました。

 そこは、本社でも探索が進んでいない未開の土地です。

 それにここで十分に訓練を積んだ冒険者が本社に申請して許可が下りれば、晴れて冒険者ギルドを立ち上げることができます」


「ああ、それに開拓村にもギルドや商店を作る話も持ち上がっている。そう心配するな」


 チーフの話にアーテルが補足する。


「…………」


 りおなは画面を無言で見つめる。

 ――ここだけに限らんでカンパニー、雇用システムが充実してくんはいいことじゃ。

 んでも、下手なこと言うと、この異世界全部の土地を巡らされる羽目になりそうじゃな。ここは話題変えとこう。


「そだ、五十嵐からトランスフォンの機能増やしてくれるディスク預かっとるさけ、見てくれん?」


「わかりました」


 チーフはカウンターにノートパソコンを出した。


「この一枚めにチュートリアル? やる手順記録してあるって、DVD? ブルーレイじゃろか」


 りおなはパソコンにディスクを入れ再生した。しばらくは無言で見ていたが――――

 パソコンの画面の向こうでは、りおなにとって信じがたい事実が告げられていた。 りおなは憤慨し、ジュースを一息に飲むとカウンターに突っ伏す。




セリザワあんにゃろめ、また最後に面倒ごと押しつけやがって」

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