055-1 帰 還 return home

「ごめんなさい! すみません!! 反省してます!!!」


「いえ、落下するときちゃんと足から着地しました。幸い布地は切れていませんし、綿パンヤも飛び出ていません。

 それよりもエムクマが無事で何よりです」


 平謝りに謝る陽子に対してチーフはいつも通り淡々と答えた。

 もっとも顔と言わず身体と言わず全身土埃つちぼこりまみれだ。空飛ぶイルカヒルンドから落下した、エムクマを助けるための名誉の負傷(?)だった。


「チーフさん、怒ってない? 本当にごめんなさい!」


「いえ、怒ってなどいません。クマたちも楽しんでいたようで何よりです」


 言いながらチーフはスーツを脱ぎ埃を払う。

 身体は日本のサラリーマンそのものだが、ネクタイの上に載っているのはミニチュアダックスの顔だ。こんな非常時でなくても普段から表情の変化に乏しい。


 一方の陽子はチーフの機嫌を取ろうと必死だ。


「怒ってないなら笑って見せて? こう白い歯を見せてにっこり、ね?」

 陽子は上目づかいで精いっぱいの笑顔をチーフに見せた(無意識に両腕で胸の谷間を強調する、がチーフには全く効果がなかった)。


「こう、ですか」


 チーフは歯茎をむき出しにして、下あごの白い前歯を出して『いっ』としてみる。その様子はかえって不気味だ。


「んや、それだとイカクしてるだけじゃって。

 それより、なんでクマ連れ出してヒルンドに乗せたん?

 なんもなかったからよかったけど、下手したらこの先 高所恐怖症とかイルカ恐怖症になるけ」


「いや、ね? クマさんたちと散歩してたらヒルンドが無事に戻ってきたじゃない。そしたらふたりがどうしても乗りたいっていうから仕方なく、ね?」


「……うさんくさい。 

 ほんとに、どーしてものりたいってたのんだと?」


 りおなはエムクマとはりこグマに尋ねると、ふたりともあごに手を当てて小首をかしげる。


 えーーと、イルカさんがとんできてすごいきもちよさそうだなーーっていった。


 そうしたら、ようこさんがよかったらふたりとものってみる? ってきいたからのせてもらった。

 すごいたのしかったよ。


 クマたちの答えを聞いたりおなは、半目開きで陽子をじっとり見る。イルカのヒルンドはふわふわと浮いたままだが、当の陽子は小さくなったままだ。


「これから、許可なくクマをイルカに乗せるのを禁止します。

 乗せる場合は創り主に許可を取った上で、安全を確保した上で行ってください」


「はい、以後重々気を付けます」


 わざとしかつめらしくやり取りすると、りおなが陽子に頼んだ。


「んじゃ、『ノービスタウン』までクマたちヒルンドに乗せてやって」


 その言葉にクマふたりの目が輝く。


 ほんと?


 やったあ!


「いいの?」


「うん、ちゃんと落ちないようにして安全運転してくれればいいけ。

 どうせ日本じゃ乗せて飛べんし、異世界の思い出作りにはいいじゃろ。

 ただ、空飛ぶと寒いじゃろうから……ああ、あった」


 りおなはトランスフォンを操作して幼児用のポンチョを二着出現させた。そのままクマたちに着せる。


「ぬいぐるみでも、寒いと風邪引くじゃろから着ておいて。

 もうほかのメンバーは移動してるんじゃろ?」


「はい、Boisterous,V、Cに残る方たち以外は全員部長が送っています。私たちも向かいましょう」


 チーフは竹内に向き直る。


「富樫ちゃん、何もできないけど応援してるよ。

 僕らができなかったこと、やり遂げて」


「わかりました、竹内さんもお元気で」


 二人はそれ以上は何も言わず、固く握手を交わした。


「では向かいましょう」




   ◆




 商業都市Boisterous,V、Cの南ゲートの駐車場に『ノービスタウン』に向かうメンバーが集合していた。


 ――この街で創ったぬいぐるみも結構な数になるけど、半分近くがこの街に残るらしいにゃ。

 それに、『作戦その一』でりおなたちが投げ売り価格で放出した、はりこグマの着ぐるみを着たひとらもちらほらと見えるし。

 普通の服に『心の光』を吹き込んだ装備、ウェアラブルイクイップよりも、アイボリー色のクマの着ぐるみの方がはるかに、パラメータの上昇率が高いみたいじゃ。

 そんで、ただの着ぐるみと違うのは着てすぐくらいははりこグマと同じ大きさだったけんじょ、しばらくすっと装備した方に、着ぐるみのサイズが合うみたいじゃな。


「身長2mのはりこグマってこんな感じかーー、ちゅうか中身おっさんのスタフ族か? 下っ腹出過ぎじゃろ」


 おそらくは大型トラックの運転手なのだろう、自動販売機の前で一服している姿は、どうひいき目に見ても中年男性のそれだ。


 りおなは「なんだかなーー、はりこグマ着ぐるみははちのすワッフルのにおいがするけんど、着るひとがおっちゃんじゃと加齢臭とかすんのじゃろか」とひとりごちた。


 Rudiblium Capsaに来た時と同じく、フロント部分が大きくせり出したモスグリーンのボンネットバスにノービスタウン、それから開拓村に移住希望のスタフ族が乗り込んだ。


 他にもバスが一台同行する。運転手は――――開拓村の視察に出向していた荒川だ。どうやら正式に開拓村の支援担当につくらしい。


 見送りには五十嵐と三浦、それに数人のグランスタフが来ていた。


「もう帰るのか?」


五十嵐がりおなに尋ねる。


「んや、もう一か所寄るとこあるけ。……寂しいんか?」


「まあ、そうだな。せっかく自分より強い相手が現れたのに実質勝ち逃げされてしまってはな。

 こちらとしては張り合いがなくなる」


「どこまでもバトル脳じゃのう。

 仕事はいっぱいあるじゃろ、後進の指導とか。

 ああそうじゃ、あんたにいいもんやるわ。りおなと試合した時の服あるじゃろ、あれに着替えて」


 五十嵐はなぜと問うこともなくスマホを操作して、服装をスーツから黒いミリタリー仕様の戦闘服に瞬時に着替える。


「んじゃ、さっそく」


 りおなが右手を前にかざすと、光の柱の中からソーイングレイピアが現れた。

 そのまま切っ先を五十嵐に向ける。

 黒ずくめの戦闘服だけでなく、タクティカルベストやブーツまでもが光に包まれた。


「…………!」


 五十嵐が自分の両手や身体を見つめる。

 ぱっと見は変わらないが、ウェアラブルイクイップに変わったようだ。


「これでいいじゃろ、あんたがた『ぐらんすたふ』の服にやるの初めてじゃけどうまくいったわ」


「どういうつもりだ?」


「どうもこうも、りおながおらん間ダンジョン調査とかやっといて。んでダンジョンマップやらモンスターガイドとか作っちょうて。

 そしたら新人冒険者とか攻略が楽になるけ。

 そうだ、ロボ戦で迷惑かけたけ、あんたにも『心の光』吹き込んじゃるわ」


 りおなはレイピアの切っ先を三浦に向けた。


 三浦が驚くより先に彼が着ている白衣が光に包まれる。


「こ……これどうなるんですか?」


「どうじゃろ? 白衣パワーアップさしたから、怪人の開発とか上達するんじゃなかと?」


「えっ!?」


「冗談じゃ、あんたはなんでも真に受けんのが悪い癖じゃな。次会う時までそれ直しとき」


「はっ、はいっ!!」


「あと、声がでかいとこもじゃ。あんたには期待しとるけ頑張って」


 三浦はそれを聞くと真顔でりおなに近づいた。


「な、なに?」


 面食らうりおなの手をぎゅっと握りしめる。


「僕なんかのために……ありがとうございます……っ!」


「うん、どいたしまして……んじゃ、そろそろ行こか」


「待て、渡すものがある」


 五十嵐は傍らに置いてあったアタッシュケースをりおなに渡した。


「なんじゃこら? ヤバい取り引きか?」


「…………芹沢や三浦が開発したトランスフォンの機能を拡張するディスクだ。

 枚数は多いが一枚めはチュートリアルだ。

 指示通りインストールしていけば人間界で役に立つだろう」


「ふーん、まあ機械とかわからんさけ、チーフにやってもらうわ、あんがとね」



 りおなはアタッシュケースを持って、いそいそとバスに乗り込む。


「んー‐、バスの匂い、懐かしいわーー。

 あれ? このはちゃん、もみじちゃん、ノービスタウンまで一緒に行くと?」

 一番奥の席には部長の孫二人が乗っていた。


「親御さんと離れてさみしくない? 二人のお父さんお母さんってなにしとうと?」


「どうでしょう、冒険家って言ってました」


「二人そろっておうちを空けることが多いですね」


「ぼーけんか!? 〈冒険者〉じゃなくって!?」


「はい、お父さんはテンガロンハットかぶって、ムチとかもってます」


「お母さんは『ナイフ一本あればだいたいのことができる』って言ってました」


「……なかなか頼もしいご両親じゃのう。二人ともさみしくなかと?」


「だいじょうぶです、おじいちゃんにチーフさんに課長さんがいます」


「エムクマとはりこグマ、ながクマに……」


 双子は顔を見合わせ少しはにかむ。


「「りおなさんがいます!」」


 異口同音に言われて不意を衝かれたりおなは、しばらくバスの窓越しに外を眺めていた。

 そのあと照れ隠しにトランスフォンから『アメバケツ』を取り出す。


「『ノービスタウン』まで長いからにゃ、みんなにもアメちゃん配って。もちろん二人も」


 二人は一礼した後嬉しそうに棒つきキャンディーを手にする。そのあとバスにいるスタフ族たちにもキャンディーを配りだした。



 二人が飴を配っていると車内アナウンスが響く。


【あー、あー、テス テス テス。

 本日は天気晴朗せいろうなれども波高し。ただいまマイクの試験中。

 臨時便、『ノービスタウン』、並びに『開拓村』までの急行便を発車させる。

 運転手並びに車内アナウンスは私、皆川が担当する。

 では出発する、みな座席についてくれ」


 すぐにイグニッションが鳴り響きバスが動き出した。双子は後部座席につき商業都市Boisterous,V,Cを出発する。


 りおながふと街に目をやると、巨大ロボットことヒュージティング種キュクロプスがいた。

 金色に光る機体の上から、彼のサイズに合ったヘルメットと蛍光チョッキを着けている。

 バスに、いやりおなに向けて大きく手を振っていた。

 りおなもリアウィンドウから手を振り返す。双子もそれにならう。キュクロプスの姿が見えなくなるまで三人は手を振り続けた。


「ふう、この街も色々あったにゃあ。

 ああそうだ、課長は? このバスには乗っとらんみたいじゃけど」


「はい、うしろのバスにのってます。かいたくむらにいくひとたちに、ガイダンスするって言ってました」


「これがしりょうです。かいたくむらについたらすぐにしごとにつけるように、バスでしどうするようです」


 このはともみじはバッグから冊子を取り出した。


「どりゃどりゃ、えーと……」


 りおなは冊子を見て言葉を失う。おそらく表紙のイラストからなにから全部手書きで、インクは黒一色のみ。

 平成生まれのりおなは初めて手にするが昔ながらの謄写版ガリ版で刷られている。


 内容は、持参するもの、おやつはひとり中銀貨2枚(1000円相当)くらいまで、道中歌う歌詞まで事細かに記載されていた。


「遠足かい」


 りおなは小声でツッコんだ。

 改めてこの世界がおもちゃの国だというのを再認識させられる。どんな時でも物事を楽しむ気持ちを忘れないらしい。


 冊子を双子に返した後りおなは車内を見回す。心なしかみな楽しそうだ。バックミラーには部長が映っている。

 りおなは気になって運転席に近づく。


「機嫌よさそうじゃのう」


 見ると部長はいつものレノン風のサングラスを着け鼻歌を歌っている。


「そうか? ……そうかもな、伊澤いざわ大叢おおむらがいなくなったからな。

 問題は山積みだがやりがいもまた出てきた。いいことだろ?」


「んーー、まあね。そうだ、部長もアメ食べる?」


「いや、俺にはこれがある」


 部長は言いながら将軍のラベルがついた瓶を懐から取り出した。中には銀色の小さい粒が大量に入っている。


「なんじゃそら」


仁丹じんたんだ、眠気覚ましにもなる」


 言いながら部長は片手で器用にふたを開け、銀色の粒をざらざらと口に放り込む。そのあとでりおなの方を向いた。


「お前もどうだ?」


 りおなはにっこりほほえんで即答した。




「遠慮します♬」

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