縫神戦姫《ほうしんせんき》ラグドールヴァルキリー

星村哲生

縫神戦姫 ラグドールヴァルキリー

 序 奏 prelude

000-1 序 奏 prelude

 ――おっしゃ、やるか。


 りおなは縫製するソーイング突剣レイピアを握り直した。

 切っ先を軽く二、三度振り意識を集中させる。


「ふーーーーっ」


 りおなは大きく息を吐いてから、正面に浮いた布を何度も斬りつける。

 ぬいぐるみを構成するパーツだけ浮いたまま、残り他の部分は床に落ちた。


「縫い合わせる手順のデータは、ソーイングレイピアに蓄積されています。

 パーツ同士をそのまま縫い合わせてください」


 りおなは小さくうなづき、つば部分にあるボタンを親指で押した。


 ――――ブ    ンンンンン――――


 レイピアの切っ先が細かく振動して光を放つ。

 間髪入れず、浮いている布にレイピアを向けて剣針を撃ち出すと、布同士が見る見るうちに縫い合わされた。

 程なく、三頭身半ほどのぬいぐるみが形作られていく。


「続いては顔のパーツと背中のジッパーなど、細かいパーツをつけていってください」


 チーフから渡された、様々なパーツをそれぞれの場所に縫い合わせる。

 と、布だけで綿が入っていないぬいぐるみが出来上がった。

 ふにゃふにゃの状態のぬいぐるみは、淡く光ったままゆっくりと回転して浮かんでいる。


「これ、綿はどうやって入れると? 手で詰めんの?」


「こちらの綿に、ソーイングレイピアを向けて目を閉じてください。 

 そのまま、綿の塊が光り輝くさまを頭の中でイメージしてください。心の中の光が強ければ強いほど目の前の綿も強く輝きます」


 りおなはチーフの指示通りに、綿が光っているイメージを思い描く。

 閉じたまぶたの向こうから、強い光を感じ出した。

 目を開けると、何の変哲もないはずの綿そのものが強い光を放っていた。


「レイピアの切っ先を、ぬいぐるみに向けてください」


 ソーイングレイピアを宙に浮いたままのぬいぐるみに向ける、と発光している綿がふわふわと浮かび上がった。ぬいぐるみを中心に回りだす。

 十畳ほどの事務室は、光の粒で満たされる。

 そのまま輝く綿は、ぬいぐるみの首の後ろの開いたジッパーめがけて次々に吸い込まれていく。

 りおながゴーグル越しに眺める光景は、幻想的でなぜか懐かしく思えた。


 輝く綿の最後の一粒が吸い込まれたのと同時に、りおなはレイピアをふるい最後の一縫いを入れる。


 ぽすっという軽い音を立てて、出来立てのクマのぬいぐるみは床に落ち、光も消えた。


「これでひとり完成です」


 チーフが満足げにつぶやく。


 床にうつぶせの状態のクマのぬいぐるみは、両手を床につき上体をむくりと起こした。そのまま片膝をついて立ち上がる。


 生命いのちを得たクマのぬいぐるみエムクマは、あたりをきょろきょろと見回していた。

 すぐにりおなに気付いて、ひょこひょこと近づきぺこりと頭を下げる。


 こんにちは。


「ああ、はいこんにちは」


 エムクマ。


 自分の胸を指さしてそう言う。


 ――はーー、これがソーイングレイピアの力かーー。記念すべき最初のひとりじゃな。

 これで異世界を復興さすのんか、先は長いんじゃろな。


 りおなは自分を見上げてくるクマを見つめ返しながら、心の中でつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る