052-3

『まあいいや乗り掛かった舟じゃ、一気に決着ケリつけちゃる。

 チーフ、もうこの身体ぬいぐるみ、限界じゃろ? 有効なワザとかなんかなかと?』


「ええ、先日特訓した魔法で迎撃しましょう」


『魔法って――――あれけ、気乗りせんけど。たしかにあれくらいの魔法やないと止められんか。』


 『りおな』とチーフが作戦を立てていると、三頭の巨竜が業を煮やしたように吠え盛る。ほぼ同時に『りおな』は文言を唱えた。


『コンフェクショナー・イシュー・イクイップ、ドレスアップ!!!』


 身体が再び閃光を発するのと同時に『りおな』は魔法の文言を唱える。


『トリッキー・トリート、チョコレート!!!』




 墨を溶かしたような曇天どんてん模様の下、茶褐色の雲が不意に現れた。

 雲は発達した積乱雲のように帯電し、低気圧の中心さながらの暴風をまとう。その風は強いカカオの香りがした。


 自分自身も強風に飛ばされないように両足をふんばりながら、『りおな』は最後の文言を唱えた。




『チョコレート・ストーム!!!』



   ◆



「ヒルンド、ソル、何か見つかった?」


 陽子が尋ねると、ヨツバイイルカのヒルンドは旋回して大地の上を飛び回る。

 ――直接戦闘に参加できなくても、なんか援護できることとかないかな。


 そう思った陽子は、ソルを伴ってりおなが戦っている場所へ近づいたが――――

 先ほどまで巨大ロボットだったものが三つ首のドラゴンに姿を変えていた。


 それを迎え撃つのは、身長18mの巨大ぬいぐるみと一体化して戦う少女。

 おまけに(見た目だけはファンシーな)威力の高い魔法を連発している。


 ――とてもじゃないけど、私らが立ち入れるレベル……じゃないわね。

 だったらせめて『声』を出してる相手の手がかりでも探さないと。


 『りおな』たちが戦っている場所の周囲を飛び回って探してみるが、人影らしいものはどこにもいない。

 生物を探索するのに長けたソルの感知能力をもってしても、生物の気配は全くなかった。


 代わりにぬいぐるみをヴァイスフィギュアに変貌させる、生物ともなんともつかない魔性の『もの』。

 りおなたちが『種』と呼んでいる双葉が生えた種子が大地の至る所に点在していた。


 各々が規則正しく羽ばたき、陽子が近づくと正面をこちらに向ける。


「なるほどね、これが監視カメラとかアンテナの役割を兼ねてるのか。それに会話とかも傍受してそうだわ」


 聞かれることを予見して陽子は小声で話す。肩に止まっていたソルが『種』を見て全身の毛を逆立て唸りだす。威嚇しているのだ。

 それに反応してか『種』の双葉、翼に当たる部分が細かく振動する。


 ――なんか、マズそうな雰囲気。


 陽子は恐怖を感じその場を離れた。

 不意にチョコレートの甘い香りが鼻をついた。反射的に匂いがする方を向くと濃褐色の雲が厚く立ち込めている。

 その真下では、羊毛の塊から糸が紡がれるように幾条もの竜巻が同時に発生している。


「まさか、あれも魔法なの!? ヒルンド、できるだけ離れて!」


 陽子は自分が騎乗しているイルカを叱咤した。

 指示を聞きいれたヨツバイイルカのヒルンドは、大きくひれを羽ばたかせ暴風圏を離れた。

 陽子は両足をふんばって邪悪な竜と対峙する大きなぬいぐるみを見てつぶやく。


「りおな……がんばって」



   ◆



 轟音と暴風、それに広大な大地に似つかわしくないチョコレートの香りがあたりに吹き荒れていた。


『あーーーー、いつぞややった訓練の時よりハデじゃのう。

 ……チーフ、息できとるか!? 飛ばされとらん!?』


 『りおな』が首元にいるチーフを気遣うと、彼は前かけの内側に身体を入れ、手を振って無事を伝える。


「りおなさん、暴風圏にやつがいることで身体を覆っている『悪意』が吹き飛ばされています。

 ですが、本体そのものにダメージはほとんどないようです。

 それにギガはりこグマに憑依できるのはもってあと1分少々です。早く片をつけないと!」


 助言を受けた『りおな』は、ギガはりこグマの内面に意識を向ける。

 ――言われた通り、最初に見た時と違って、張り巡らしとる光の糸が布地の内側から一本ずつ光が消えてるわ。それに糸自体も減っとる。


 かろうじて残されていたのは、りおな自身を包んだ光の繭の連なりだけだった。


『『ギャォォォォオオオオオ!!!』』


 暴風の中から叫び声が聞こえる。この嵐流らんりゅうの渦から『りおな』に近づこうとしているのだ。

 アジ・ダハーカは特にダメージを受けた様子はない。だが、

 無数の『種』に寄生されているヒュージティング、キュクロプスの苦痛を訴える『声』はさらに強くなっていく。


 ――近づいて来るんはりおなに助けを求めてるみたいじゃ。


 そうこうしているうちに、ギガはりこグマの胴体が緩慢にへこんできた。

 ――手足としっぽにはグラスウールがみっしり入っとるけど、頭とか胴体が元に戻ったらペラペラじゃからな。

 自分の魔法で洗濯物みたいに飛んでまうわ。

 もうこの身体はもたんな、もったいつけんで最後の魔法使うか。


 『りおな』は両手を高く挙げ、天を仰いだ。

 そして意を決して叫ぶ。


『トリッキー・トリート、チョコレート、

 ――――『チョコメテオ』!!!』



   ◆



「あれが、魔法……? なんて威力だ…………」 


 三浦はその光景を見て、『りおな』たちから500mほど離れた小高い丘の上で茫然と立ちつくしていた。

 動画を撮影する手からも力が抜け携帯電話を落としてから、改めて我に返る。

 地面に落ちた携帯を拾い上げ、手で液晶のほこりを払いながら、先ほどの光景を思い出していた。



 時間をさかのぼること数十秒前、ギガはりこグマが天を仰いで何か唱えると、黒く染まった雲を突き破り直径3mほどのチョコレートの塊が大地へ数え切れないほど突き刺さった。

 そのうちのいくつかはアジ・ダハーカの翼を破り胴体に当たる。


 さしもの悪竜も痛みに耐えかねてその場から逃げようとしたが、その頭上からは――――遠目から見ても異常に巨大な―――直径10mほどの球状のチョコレートがアジ・ダハーカめがけて落下し、その身体を押しつぶした。


 その衝撃で数百m離れた三浦のところにまで突風が来る。砂ぼこりに目をすがめて両手で顔を覆った。

 腕を下ろすと、アジ・ダハーカが巨大なチョコレートに押しつぶされていた。


 そして、それと相対する巨大なクマのぬいぐるみの頭と胴体が絨毯のように薄くなり、自重に耐えかねてあおむけに倒れた。

 三浦は我知らず近づこうと駆け出す。

 だが悪竜がまだ動いているのを見て立ち止まる。その上を黒い影が飛んだが、それには気づかなかった。

 三浦は拳を握りしめ一人つぶやく。


「……りおなさん……!」



   ◆



「ふわーーーー……なんだろ、もっと疲れて動けんかと思うちょったけんど、30分くらいお昼寝したみたいじゃのう」


 りおなは場違いともいえる大きなあくびをして、両肩をストレッチした。その背後には身体が薄くなり四つんばいになったギガはりこグマがいる。


「ありがとう、ギガはりこグマ。最後の仕上げするけ、離れちょって」


 りおなが薄い頭を見上げて手をひらひらと振ると不格好なぬいぐるみは四つ足走行でその場を離れる。


「さて、と。いよいよ大詰めか」


 りおなの目の前には地べたにひれ伏すアジ・ダハーカの姿があった。

 相手を押しつぶしたチョコレートの塊はすでに消え、クレーターの中で這いつくばる悪竜の姿がそこにあった。


「あんだけデカいぬいぐるみの中に入って戦ってたから、もう動けんほど疲れてるかと思うちょっとたけど、意外とそうでもないのう。

 ファーストイシュー・イクイップ、ドレスアップ!!!」


 りおなはトランスフォンを取り出し、初期装備ファーストイシューに姿を変える。

 そのままゴーグルのレンズわき、バックル部分にあるボタンを操作する。

 りおなの視界に映るアジ・ダハーカには赤い円で囲まれた箇所がいくつも表示された。


 ――でっかいドラゴンにまとわりついてた『種』はチョコメテオで何個か吹っ飛ばせたわ。


 『種』が除去された部分は元のキュクロプスに戻っていたが、ドラゴンと機械がつぎはぎのようになった身体はりおなには痛々しく見えた。

 チーフが遠巻きからりおなに叫ぶ。


「『種』は残り五つです!!!」


 りおなは悪竜から目をそらさずにつぶやく。

「もう決着つけんとな」


 りおなは様々な迷いを振り切るようにソーイングレイピアを振り、目の前で構える。


『『……グルルルルルル……タスケテ……』』


 アジ・ダハーカは体勢を立て直してりおなに向かって吠えた。声の衝撃でりおなの全身が震える。

 りおなはソーイングレイピアの剣針けんしんたわむように素早く何度も振ると、りおなの前に光の糸で作られた花が咲いた。




 チューリップ、桜、タンポポ、ダリア、ひなげし、ひまわり、それに、一面に広がるクローバー。

 りおなの周囲は、オレンジ色一色だが数え切れない種類の花が咲き乱れていた。

 遠巻きから様子を伺う陽子、それに三浦も固唾を飲んで見守っている。

 光を嫌ったアジ・ダハーカが駆け出し、りおなに猛然と突っ込んできた。

 りおなはレイピアを正眼に構えてから一声叫ぶ。


百花繚乱アブレイズ・ショット!!!」



 光の糸で編まれていた花畑は球状に展開し、アジ・ダハーカを取り囲んだ。

 球体はさらに輝きを増しそのまま上空に浮かぶ。


 内部では『悪意』が『心の光』を喰らい、『心の光』が『悪意』を浄化する。そのせめぎあいで球体は恒星のように輝きを増した。

 ひときわ高い断末魔の叫びが聞こえたかと思うと、光の球体は爆音を上げ雲散霧消する。


 その中には――――やや煤けてはいたが黄金色にペイントされたヒュージティング種、キュクロプスがいた。

 物言わぬ金色の巨体は腹ばいになったままゆっくりと大地に降りる。

 その機体は煤けてはいたが『種』の残滓ざんしさえなかった。


「りおなさん」


 チーフがりおなに駆け寄る。


 空を見上げると『悪意』そのものの黒い雲の切れ間から日差しが大地に差し込んでいた。

 りおなはチーフに拳を突き出して答える。




「おお、ボス撃退完了、じゃな」

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