041-1 喧 嘩 scuffle
りおなが戦闘シミュレーションを始めるとゲーム内のステージは今いる街、Boisterous,V,Cになっていた。
街のあちこちに量産型のヴァイスフィギュア、ヴァイストルーパーが徘徊している。ファーストイシューの状態で間近にいる一体を倒すと周囲にいるトルーパー20体ほどが大挙して襲ってきた。
「ありゃ、囲まれた。どーしょー」
「その場合は
言われるままりおなはボタンを操作し、シーフに装備を切り換える。
アバターのデザインも、創ったままの黄緑色のバンダナ(結び目がネコ耳に見える)や襟の大きなショートトップの白いブラウス、黒いミニスカートに黄緑色の布を腰に巻き付けた姿だが――――
「なんでおなか、っちゅうかヘソ出しなんじゃ、急所丸出しじゃろ」りおなは唇を突き出し苦言を呈する。
「その装備は素早さが全装備一高いですし、守備力も見た目以上に高いです。それよりトルーパーをいなして距離を置いてください」
言われるまま正面のトルーパーを蹴り倒し距離を置く。
「
りおなは指示された技を選択し発動させると、ソーイングレイピアが銀色に光った。
剣針がトルーパー達めがけて連続で突き刺さる。ものの数秒もかからずトルーパー達はその場に崩れ落ちた。
「やった! んでもこの状態じゃと『心の光』で悪意を解放したのとはまた違うと?」
「そうなりますね。ただ、相手の数が多くて乱戦になった時素早く戦力を削ぐのに適していますね」
チーフが解説している間、新たなヴァイスフィギュアが現れる。
開拓村を襲う時に使ってきた恐竜タイプのヴァイスフィギュア三体がりおなのアバターに向かう。
「ほんで、トルーパー達から盗んだ
「いえ、盗んだものは新しい
言われたりおなは口をへの字に曲げアバターをイシューチェンジさせる。
だが、
「これの見た目、ダークナイトより悪いんじゃけど、どうしても着にゃいかんのけ?」
「ええ、りおなさんが戦った経験が文字通り最大限生かされます。言い方は悪いですが利用できるものは最大限利用していかないと」
「うーー、言いたいことは解るけどさーー。よりによってこんなん呼び出すの? ぬいぐるみよりはいいけどさー」
ぶつくさ言いながらも新しい
メニュー画面に戻るとミッションモードというのが追加されていた。
「なーー、この新しいモード、なにするやつ?」
「ああ、そのモードは例えば『時間以内にヴァイスを100体倒せ』など、制限を課せられた状態で指令をこなしていくタイプの練習モードです。
イシューチェンジだけでなくより戦術的な戦闘が要求されますね」
「へー、んじゃやってみよ」
りおなは先ほどの新装備の心象の悪さも忘れ、戦闘シミュレーションに興じだす。
「あっ、こんにゃろ」
りおなは思わず声を上げる。画面の中、大通りの交差点の真ん中に登場したのは忘れもしない、にやにやと薄ら笑いを浮かべるショッキングピンクのパピヨンのぬいぐるみ、天野だ。
「こいつは妹のカタキじゃ、『全身針串刺しの刑』にしちゃる」
「りおなさん、妹さんはいないんじゃないですか?」
「おらんけど、そういう気分じゃ」
人間大のずんぐりむっくりしたパピヨンのぬいぐるみが、大きく身震いして顔をつるりと撫でる。
するときてれつな変身アイドルのような姿に変わった。
と、同時に周囲に小さな人形を数十体辺りにバラ撒くと、散らばった人形が瞬時に膨れ上がりヴァイスフィギュアやトルーパー達に変貌を遂げる。
「言うまでもなく、天野のアバターを倒せばそのミッションはクリアーです。
そのアバターは一定時間が経過するたびヴァイスをばらまいて盾にします。
それから彼女自身一定のエリア内で瞬間移動して攻撃を回避します。
瞬間移動を防ぐにはディレイショットやストップショットなど、移動阻害タイプの技と、先ほど使った技を組み合わせて効率よくダメージを与えていって下さい。 単純な力押しでは逆効果です」
チーフの指示通りに技を駆使してヴァイスを蹴散らした。
天野独りになった所をレイピアで足止めし連続攻撃で体力を削り切る。天野が現れてから10分後、りおなは歓声を上げた。
「やったーー! やっつけたーー! やりおったーー!」
りおなは歓喜のあまり両足をばたばたさせる。
「実際にりおなさん自身が技を発動させる場合は、ゴーグル越しに表示されている技を視点誘導して選択するか、もしくは技の名前を大声で発すると発動します。
それと威力の高い技は一度使うと『リロードタイム』という待機時間が発生します。
その間は同じ技を連続して使うことはできません。それからですね」
「あーもうわかったけん、りおなは実戦で覚えるたいぷやけ、もっかいやりながら覚える」
りおなは肩や首をこきこきと回し再度携帯ゲームを構えた。チーフは腕時計を確認してからりおなに告げる。
「りおなさん、言ってももう遅いですからもう少ししたら休んでくださいね」
「うん、わかっちょる」
言いながらりおなはベッドの上にチョコバケツを出現させアーモンドチョコをぽりぽりとかじりだした。
夢中になって携帯ゲーム機を操作する。
その様子は誰がどう見ても戦いの予行演習とは思えない自堕落な光景だ。
チーフが用事があるからと席を外す。
小一時間ほどしてからりおなの部屋に戻って来た時まだ熱中してプレイしていた。
ベッドの上にはチョコの包装フィルムが大量に散乱している。
チーフは自分の細い
チーフはやむなくりおなに提言する。
「りおなさん、チョコレートの食べ過ぎも睡眠時間を削るのも肌によくありません。
それに明日は部長を迎えに行く下準備もあります。シミュレーションはほどほどにしてもう休んでください」
「んや、まだじゃ。ミッション『ヴァイスフィギュアを連続で500体倒せ』が終わっちょらん。
あと100体倒せば終わりじゃ。そうすれば部長も帰って来るけん」
りおなが言い返すと携帯ゲームの画面に影が差した。
「シミュレーションを繰り返しただけでは部長は帰ってきません。
……取り上げますよ」
「もっちょい、もっちょいじゃから」
りおなはゲーム機を持ったままベッドの上をゴロゴロと転がる。
一向に
課長に部屋に来てもらいりおなに対して全力でハグしてもらっている間、『明日になったら返します』とだけ告げゲーム機を没収した。
りおなが魂の
というのは全くの余談になる。
◆
深夜になっても街の喧騒は鎮まることを知らない。
日本の都心の歓楽街のようにその日一日の労働を終えた様々な種族の住人たち、自分と同じサイズのぬいぐるみや合金製のロボット、美少女や筋骨隆々のフィギュア。
それに運転手がいないのにすいすいと動く自動車の群れ。
子供の夢がそのまま形になったような異世界、Rudiblium Capsaの一都市、Boisterous,V,Cの街中をガラス繊維で作られたホワイトライオンの着ぐるみ姿で、陽子は都市の外れに向かう。
彼女の旅の相棒、空飛ぶイルカのヒルンドに会うためだ。
街の外から500m程離れた陽子は銀色の細い筒、『イルカ笛』という笛を強く吹く。
陽子自身には息を吐く音しか聴こえないが、人間の可聴域を遥かに超えた超音波を出せる。
アスファルトで舗装された片側二車線ずつの道路以外は荒涼とした大地が広がる中、陽子は着ぐるみのフードを脱ぎ少し待つ。
数分後、遠くから「ケルルルルルル」という鳴き声が聞こえてきた。
上空を旋回しながら飛んでくるのは地球にいるバンドウイルカより遥かにヒレの長く大きなイルカ、ヨツバイイルカのヒルンドだ。
ヒルンドは陽子の姿を確認すると急降下してすぐに陽子の元に舞い降りた。地面から数十cm程をふわふわと浮いている。
陽子はヒルンドの鼻先を優しく撫で、ホテルの夕食でもらった魚のマリネの入ったタッパーを取り出しヒルンドに与える。
ヒルンドがおいしそうに魚を食べている間陽子は彼の腹部についているカメラを外し撮影された動画を確認する。
――ヒルンドには予め陸の方をある程度好きにを飛んでもらって、遠隔操作で撮影できるようにしてあるからね。
こうすれば人間がいるかどうか、もっと言えばお母さんの情報、それでなくても
手がかりになるものでも映ってればね。
人が住んでそうな場所があったら直接調べに行って、異世界に遭難している人がいればラッキーだよね、知ってる事聞けるわけだし。
砂漠に堕ちた一本の針を探すような途方もない労力を要する作業だが、ソルやヒルンドを提供してくれた人物は『母親は異世界にいる』と陽子に教えてくれた。
――鵜呑みにするのも考えものだけどね、頭から否定する材料も無いし。今はただ地道に探すだけか。
陽子自身は異世界に永住している人間は四人ほど会った。夫婦に二人の子供というごく小さな家庭だったが四人とも楽しそうに暮らしていた。
彼らが訪れた時代は陽子やりおなと同じ現代で日本人だったが父親が獣医、母親がその助手でその世界の住人たち、二足歩行の獣人たちの医者として慕われていた。
その世界は見渡す限りトウモロコシ畑があり羽根飾りを着けた獣人の先住民が農業に勤しんでいた。
彼らの話によれば、日本から来ている彼らが住んでいる異世界の能力を持った少女はいて、たまにお菓子や日常品を持ってきてくれたり色々良くしてくれるようだ。
――だけど、その異世界に来てる人間はその人たちだけで他にやってくる人はいないって話だったし。
その世界は陽子が初めて訪れた異世界だったから特に疑問には思わなかったが、今にして思えば今いるRudiblium、それに『常春の国』と近いモチーフが根底にある。
カメラの映像を見ながら陽子はこの世界について思いを巡らす。
――この街だけじゃなく、この世界で人間に近い生活してるひとっていうのは生きたおもちゃだからね。
地球のそれとはだいぶ違う形で
――でも、おもちゃの国っていうのはこの異世界が私とかりおなに見せてるのって全体の一部分、一面に過ぎないんじゃないのかな? 少なくても私はそう思う。
最初にこの世界に来た時は思い出すのもイヤなくらい寒くって猛吹雪の岩山。
で、そこを抜け出した先は針葉樹林、それも地球のモミの木と同じだった。
そこでガラス製の食器とか家具を作るっていう、罰ゲーム? いや条件付きではあったけど、だいぶごちそうしてもらえた。
それも、鳥の丸焼きとかフライドチキン、ミートローフにブッシュド・ノエルなんか。
ただ豪勢なだけでなくって、日本とかアメリカでだけど、イベントの日に食べるものがメインだったよね。
だめ押しに、住んでるひとたちがおもちゃってなったら連想されるのはたった一つだし。
この世界に来るときに目印がわりにってもらったのが『春の
この石をくれたのは、ちょっとガラは悪いし二本足で歩いてたけど、ウサギだったわけでしょ。
今ある情報から連想できるのって日本だとあんまりなじみがないし、アミューズメントパークぐらいしかクローズアップしてないけどやっぱり一つしかない。
今のところ、幸か不幸かはともかく私は天界とか魔界、それでなくてもエルフとかドワーフたちが住んでるような、ハイ・ファンタジーだっけ? そういう世界には今のところ遭遇していないけど。
でも、この世界Rudiblium Capsaだけじゃなく、今まで私が行った異世界には必ず何か基になるモチーフがあった。
それは例えて言うと、地球だったら地動説みたいに絶対揺るがない、その世界のルールとしてあってそれがひっくり返ることは絶対ない。
そこで陽子は考えをさらに巡らせる。
――りおなに初めて会った時、ただのぬいぐるみに悪意を注入してヴァイスフィギュアっていう怪人に変えてしまう……『種』だっけ。
あれは
肩に乗っていたタイヨウフェネックのソルの鳴き声で我に返った陽子は、再び画像に集中する。
――仮に私の考えてる事が政界でも、それはりおな達とかこの世界の大本の問題の解決にはならないんだけどね。
今確証がない話をりおなとかチーフさんにしたって、かえって混乱させるだけだしね、今は黙っておこう。
陽子はそう結論付けて画面を注意深く見つめていた。
「んーーーー、やっぱりないかーー。ま、そう簡単には見つからないよねーー」
期待半分、諦め半分で陽子がつぶやくと、ヒルンドは申し訳なさそうに鳴き声を上げ、肩に乗ったソルは陽子の頬に頭をすり寄せてくる。
両方とも言葉を発することは無いが陽子の考えや感情を察して落ち込んだ時はこうして慰めてくれる。
――誰もなんにも保証してくれないこの旅で、この子たちの存在はほんとに助かるわーー。まあ、誰に似たんだか両方とも食費はかかるけどね。
ソルののど元を撫でたあと陽子は再びカメラに目をやる、とそこに今まで見たことが無いような異様な巨大建築物が映し出されていた。陽子は思わず息を呑む。
「何、これ……」
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