038-3

「うん、それがいいと思う。この世界じゃ逆ハーレムとかはムリめみたいだし」


「え!? そんな世界あんの?」


「女子に生まれたら一回は堪能してみたいじゃない? 『私のために争うのはやめて!』とか。りおなはそういうの興味ない?」


「んや、あんまりそういうの考えたことないけん」


「ああーー、そうかなるほどなるほど。カレシいんのかー。んじゃー日本帰りたいって言うわねー」


「…………」


「おっ、黙ってるってことはーー、図星?」


「んや、彼氏はおらんけど、パシらせてんのはいる」


「そーいうのをカレシっていうんでしょー。かっこいい?」


「彼氏ではないけど背は高い。んで痩せてて細い。高いとこの物取らせんのには向いてる」


「ほー、そうかそうか。

 ……話は変わるけどチーフさんのことはどう思ってるの?」


「は!?」


りおなは意表をつかれ大声を上げる。声に驚いた鳥が数羽木立ちから羽ばたいて逃げ出した。

 エムクマはきょとんとした顔で二人の顔を交互に見ている。

「どうもこうもチーフは業務用ぬいぐるみじゃけど」


「ぬいぐるみだけどー。じゃなかったらアリなの? ナシなの?」


 にやにやしながら聞いてくる陽子に対して、りおなはチーフよろしくあごに手を当てて考え込む。

「まー、ナシじゃね」


「えー、仕事できるし優しいじゃん」


「いーや、チーフの本性知らんからそういう事言えるんじゃって。ある意味ラスボスよりおっそろしいわ。

 塾講師と鬼監督とステージママを足したくらい恐ろしい」


「そうなの? のほほんとしてるように見えるけど」


「それが怖いんじゃって。あと、アルバイトとかパートの人に笑顔でシフト押し付ける黒店長、それも追加じゃね」


「そっかー。んじゃあ、今言ったこと全部チーフさんに言ってやろ」


「別に言ってもいいけど。その場合はそっちにも当たり前みたいに仕事回しよるけ、それだけは言っとくわ」


「……だったら黙ってるわ。

 実はね、ここに来る前、北の凄い寒いとこでぬいぐるみさんたちからガラス製の食器とか鍋とか作るよう頼まれてねー。

 作るのはいいんだけどなにしろ数がね、ハンパじゃなくって。村のねこさんたちには悪いなーとは思ったけどぶっちゃけばっくれたいなーって思ってた」


「じゃろー? ここのヒトらには、労基法ローキホーじゃったっけ? そーいうの解らんのじゃって」


 りおなと陽子が歩きながら話し込んでいると目の前に誰か現れた。

「ほら、噂をすればじゃ」

 間もなくキャンプ地に着くというところでチーフがやって来た。手にはタブレット型端末を持っている。

「チーフさんどうしたの? 私たちもう寝ようと思ってたとこだけど」


「今、芹沢から電話がありまして、りおなさんと話がしたいと言っています」


「りおなもう寝たから明日にしてくれって言っといて。アイツあんまし好かんけん」


【……聞こえてるぞ】

タブレットから苦りきった渋い声が聞こえる。今朝も聞いた芹沢の声だ。


「うん、知ってて言った」


【お前にとって有益な話なんだが、いらないなら切るぞ】


「今立て込んでるけん、あとでこっちからかけ直すわ」りおなは差し出されたタブレットに手を伸ばしほぼ一方的に通話を切る。


「いいの?」

 陽子の問いにりおなも渋い顔で答える。


「うん、エムクマ寝かさにゃいけんし、それにアイツの言いなりってのは何となく好かん」


 りおなはエムクマをキャンピングカーのベッドルームに連れて行く。そこに双子とはりこグマとソルが先にに休んでいたので一緒のベッドに寝かしつける。

 表に出てホオズキホタルの明かりの元テーブルの前に座り、ホットミルクの入ったマグカップを持ってタブレット型端末で芹沢にテレビ電話をかける。

 チーフはもちろんの事、陽子も興味津々といった感じで見ていた。


【ああ、りおなさんか。待ちくたびれた】

画面にはジャーマンシェパードの頭に肩幅の広いスーツ姿といった、奇妙な姿が映し出される。


「話ってなんじゃい」

今朝の今日のこともありケンカ腰になる。


【つれないな、というか何の用意もなくこちらへ向かうつもりか?】


「心配せんでもお泊まりセットとかは持ち歩いとるけ、タオルとかパジャマは用意せんでもいいわ」


【そうじゃない。伊澤、というより『縫神ほうしんの縫い針』からの闇の攻撃、『縛られた棺チェインド・コフィン』をもう一度喰らったらどうするつもりなんだ?】


「どうもうこうも、後ろからこっそり近づいて後頭部にネコキックくらわすわ。針はそれから取り上げる」


【……つまりは無為無策なんだな。それでよくのこのここちらに来られるもんだな】


「あーん? 来いっちゅったのはそっちじゃろ。行かん方がいいのか?」


【いや違う、闇に対抗できる装備の型紙ステンシルがこちらにあるんだ。

 最初は富樫が開発を進めていたものだが、制作過程で必要なものが創る側にかなりの負担を強いることになる。

 そういう理由で、ヤツはこれを放棄したんだ。

 だが、この装備イシューを創る材料は揃っているな】


 何のことかわからないりおなはチーフの顔を見る。チーフは目線で合図を送った。


【『ダークマター』だ。それさえあれば闇に対抗できる装備を二つ創れる】


「ダークマターってあれじゃろ、

 『ラスボスから一回だけ盗めるけど何に使うかよく解らんアイテム』じゃろ? そんなもん持っとらん」


【何の話だ? まあいい、富樫が闇を抽出してあんたがそれをソーイングレイピアで浄化したろう。

 それが一番肝心な素材『ダークマター』だ。それを持ってこい。でなければまた闇に飲まれるぞ】


「あー、解ったわ。じゃけど、型紙ステンシルじゃろ? データ転送とかできんの?」


【今は無理だ。こうして連絡を入れているのも正直ぎりぎりでな】


 ふたりのやり取りに陽子が手を挙げて割って入る。

「ねえ、状況とかよくわかんないけどあなた、芹沢さんはりおなの味方なの? りおなをあんな目に合わせたのは、このおもちゃの世界の社長なんでしょ?」


【あんたは……陽子とか言ったか。あんな辺境の村で勤労奉仕ご苦労だったな】


「なんで知ってるの!?」


【さあな。それで今の質問の答えだが、味方かと聞かれれば『No』だ。俺は俺の利害で動いている。なれ合いはキライでね。

 あまり長話していると今度はこちらの足元に火が付く。じゃあな】


 それだけ言うと、今度は芹沢の方が通話を切った。少しの間夜の闇に沈黙が広がる。

「闇に対抗できる装備って言ってたけんど、チーフが開発やめたと?」


「ええ、やめざるを得なかったというのが本当のところですね。

 装備資格者が闇に打ち克つか、本人から抽出、生成されたダークマターが必要になる前提でしたから。

 そんな危険な賭けをりおなさんにさせるわけにはいきません」


「でも結果オーライでダークマターっていうアイテムはあるんでしょ? んじゃ取りに行けばいいじゃない」

 陽子がまとめに入る。


「それはそうですが……私が以前開発を手掛けた闇に対抗できる装備イシューのステンシルは一種類だけですが」


「まあいいや、またチーフの腕ぐちゃぐちゃにさすのもなんじゃしステンシル取りに行くわ。部長も助けに行かにゃいけんし。

 んで、その装備イシューの名前、なんちゅうの?」


「――――」


 チーフに装備イシューの名前を告げられたりおなは口をへの字に曲げた。 そのあと右手を挙げてチーフに話す。


「私ちょっと急用ができたんで『ノービスタウン』で居残りしてます。ステンシルは富樫せんせいが取りに行ってきてください」


「なんでー? その装備の名前アメコミヒーローみたいでかっこいいじゃない」


 陽子の言葉を受けてりおなはさらに返す。


「んじゃ、この装備はお譲りします。役立てて下さい、陽子先輩」


 陽子は何秒か沈黙した後りおなとチーフ、課長に重々しく告げる。



「……辞退します」

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