032-2
「面白い状況になってきたな
Rudiblium Capsa本社の一室でジャーマンシェパードの顔を持つ人間型のぬいぐるみ、自称『グラン・スタフ』の芹沢は同僚の安野に告げる。
社屋の中は社員がほぼ退社していて、オフィスには芹沢と安野しかいない。
「今度来たのは何でかは知らんが、人間世界からわざわざ極寒の山脈“Arcticum taurus”にやって来てる。
今は“Onusuta Mensa”の辺境の村で奉仕活動かなんかやってる。
能力は……ただの石ころとか砂利をガラス製品に変えられるようだ。
村の連中に頼まれてやってるようだが、なんでだろうな?」
コーヒーを飲みながらパソコンの画面を見る芹沢はなぜか嬉しそうだ。その様子を安野は少し呆れたように腕を組みながら尋ねる。
「それはいいんだけど、地球の人間がRudibliumの辺境の村に来てるなんてどうやって分かったの?」
「手順はこうだ、デジョンクラックが起こった規模や場所を特定する技術は知ってるな?」
「ええ、知ってるも何も、あなたと富樫君が共同で開発したものでしょ」
「あいつの名前は出すな、コーヒーが不味くなる。
まあいい、その技術の応用でデジョンクラックが発生した周辺の『情報の海の住人』の視線をカメラで追えるようにした。そしてその情報をRudiblium本社に転送できるようにしたんだ。
さすがに時速100km以上で飛ぶ相手を追ったり意図的に操作はまだできないがな。
あの吹雪の山脈を超えて森林地帯の最寄りの村までの最短距離を割りだしたらこの山間の村が一番確率が高そうなんで、網を張って待ってたら案の定だ」
言いながら芹沢はパソコンを操作する。
「多少画質は落ちるがな、この技術さえあればRudibliumのほぼ全域の様子が分かるようになる。改良を加える余地は十分にあるな」
楽しそうにタイピングする芹沢を安野は横目で見やる。
新しい技術を開発するたびおもちゃを手にした人間の子供のようにはしゃぎだす。
その様子自体は嫌いではないが問題はその後だ。その開発した技術が思わぬ事態を引き起こす事もかなりある。
結果的には利益になることが多いがその過程が問題なのだ。
細かい微調整や雑務に追われるのはだいたい彼の周囲、特に自分が負担する事が多いのだ。
普段から無口な五十嵐、誰かを疑う事を知らない三浦は黙って対応するがそれすらも楽しんでいるように安野には見える。
仕事に関してもふざけるわけではないがどこかに遊びの要素を入れたがるのだ。
今回彼が見つけた異世界の能力を持った人間というのも彼にしたらどうやったら自分に有利になるかしきりに画策している最中なのだろう。
「で、ソーイングフェンサーはともかくこっちの方はどうするの?
見た所、ソーイングフェンサーより年上みたいだけど、使える能力っていうのは石をガラスに変えるってだけなの?」
言いながら天野もパソコンの画面をのぞいて見る。画質は粗いが確かに地球の女性がスタフ族にガラス製の皿を作って渡していた。
「突き詰めて言えばそれだけなんだろうが、見た所加熱も触媒も無しでほぼ常温で砂や石をガラスに変化させている。
おそらくは高度に発達した魔法か、科学だったらミクロン、いやナノサイズの機械を媒介にして変形させているんだろう。石や砂利限定ということは後者かな、『んー、実に興味深い』」
芹沢は両手をすり合わせたあとタイピングを始めた。
「私はもう上がるけどまたサービス残業するつもり? 社長が見たら喜んで他にも奨励するわよ」
「何、これは業務とは関係ない、俺が趣味でやってることだ。一区切りしたら家に持ち帰るさ」
芹沢は画面から目を離さず安野に返事をする。
安野は遠からず自分に降りかかる面倒事がなるべく少なくて済むように願いつつ、天井に目をやりながらオフィスを後にした。
◆
「ふぁあああーーー、結局夕方まで途切れんかったーーー」
りおなはギルドホールの中で大きく伸びをする。
近隣の住人たちの装備を『ウェアラブル・イクイップ』に変え続けて最後の希望者が帰ってから〈冒険者ギルド〉から出ると、すでに陽はとっぷりと暮れていた。
――りおな、丸一日ごはんと休憩以外は全部『うぇあらぶるいくいっぷ』つくりしてたんけ。
ネコ耳とメガネをポケットに入れてチーフに電話をかける。
「つながらんわ、しゃあない一人でもどろ」
三毛猫柄のバーサーカーに装備を替えりおなは街中に向かう。
――初めて来た時より賑やかじゃな。街灯の数も明かりも増えてるわ。
はーー、こういうとこはファンタジーってか異世界じゃなあ。
オレンジ色の明かりが街を優しく照らしているが天には星が瞬いている。そんな喧騒を好ましく思いながら宿屋に向かっていると途中で部長に会った。
「おう、ご苦労だったな。寺田が開拓村から戻って来るから、今富樫がエムクマたちと晩飯作ってる。
今手が離せねえから迎えに行ってくれって言われてな。バーサーカーイシューならまず大丈夫だと思うが、疲れてる時に住人に話しかけられたら面倒がると思ってな」
言いながら部長は宿屋に向かう。ついて来いということらしい、りおなは後に続く。
「ふーん。話変わるけどあの街灯の明かり変わっちょるけど、ガス? 電気?」
「いや、ダンジョンで採れた『輝きの欠片』を細かく砕いて火を点けるとああいう風に灯るんだ。
今までは在庫が品薄状態だったんだがな、『岩山の洞窟』が復活したしお前が創る『ウェアラブル・イクイップ』のおかげで、良質な素材アイテムが以前より多く手に入るからな。街としては遠慮なく使えるわけだ」
「なるほど」
「ここより大きくて発達した街や都市もあるし、Rudiblium本社の企業都市なんかは日本のトーキョーよりもハデで科学技術も発達してる」
「んー、そこにイザワっちゅうのが
「あ、ああ、そうなるな。……気になるか?」
部長は歩きながらりおなの方を振り向く。表情は明らかに失言しまったという感じだ。
「気にならんったらウソになるけんど、
ボスじゃったらこっちから向かわんと。こっから『ウェイストランド』より遠いと?」
「ああ、単純計算で4~5倍くらいか、まず今日明日向かうわけじゃないがある程度知っておくか?」
「んや、知りたいは知りたいけんど今はいいにゃ。今日一日だけで一生分脳細胞ピカピカさしたから疲れた。
美味しいもんみんなと食べてぐっすり寝たい」
そうこうしている内に二人は宿屋に着いた。相変わらず食堂の中は明るい喧騒に満ちている。
「
おかえりなさい、りおな。
「おかえりなさい」
エムクマとはりこグマ、それに部長の双子の孫、このはともみじがりおなを出迎えてくれた。
りおなはなんとなくほっこりする。
「あ、りおなさんお帰りなさい、お疲れさまでした。今夜はカレーですよ」
カウンターの奥にいるチーフの声の方向に振り向いたが次の瞬間動きが止まった。半目開きで調理に余念がないチーフを注視する。
しばらく自分の作業に没頭していたチーフだったが、やがてりおなの視線に気づいた。
「どうしました? りおなさん。もう配膳しますから席に座って待っていて下さい」
「んや、座っけど……」
「けど、なんです?」
相変わらず大鍋をおたまでかき混ぜて、鍋に目を向けたままのチーフがりおなに尋ねる。
「なんじゃその格好は!
怒鳴られたチーフは不思議そうに改めて自分の姿に目をやる。
「……そんなにおかしいですか?」
「いや、逆じゃ! まとも過ぎるから余計におかしいんじゃ!」
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