023-1 市 街 novicetown

 チーフに促され、りおなや後部座席のぬいぐるみたちは席を立ち昇降出口へ向かう。


「部長、お疲れ様」


 りおながねぎらうと部長は

「ああ、全くだ。早く着替えて一杯飲みたいぜ」と返し大きく伸びをした。


 ――ふわーー、きれいな街じゃな。テレビでよく見る中世ヨーロッパみたいな石造りの家がが多いにゃ。道が石畳でかっこいいし。


 りおなは街の入り口に置かれている巨大な石板に目がいった。

 楔形文字くさびがたもじとアルファベットの特徴を兼ねたような文字で、何行か詩のような文章らしきものが彫り付けられている。

 もちろんりおなには何と書かれているかわからなかった。


「なあ、チーフ。これ何? なんて書いてあんの?」りおなの荷物を運んでいるチーフに尋ねる。


「これは『ゲートモノリス』といって拠点の町には必ず置かれている物です。

 彫られているのは古代Rudiblium文字で、書かれている文面はこうです。


 『我らは 布と綿にして 内に光を宿し生きる者


  我らは よるべなき 魂たちの いしずえ


  我らは おさなごとともにすごす やすらぎの友


  我らは おさなごの大いなる物語のよすが


  我らは 人の現身うつしみ


  我らは 心の現身うつしみ


 一般にRudiblium憲章と呼ばれている、我々の心構えや在り方を刻んだ石板です。

 古くからいるスタフ族ほど、この教えに忠実な生き方を続けていますね」


「えーーっと、『よすが』って何?」


えにしとか、きっかけとかいう意味ですね。小さな子供たちのイマジネーションのとっかかりになるとかいう事です。

 で、街に入る際ですが、しばらくの間りおなさんは『バーサーカーイシュー』に装備変更していて下さい」


「えー、なんでー?」


「この世界に人間、それもソーイングフェンサーが街に現れたとなったら、この街は大パニックになって、しばらく行動しづらくなります。

 外出する時は必ずバーサーカーにイシューチェンジして出かけてください」


「えー、着ぐるみ着て表出んのー?」


 ――着ぐるみ姿じゃと、青いエイリアンの着ぐるみを着た角刈り兄ちゃんのこと思い出すから着たくないにゃあ。

 あんな勘違い男と同列には絶対並びたくないけん。変身アイドル特権で普段着で表歩いたらいけんのか。


「こらえてください。ここ以外で大きな街はそうそうないですから。

 トラブルが起きたらマイクロバスの中で生活することになります。

 それでもバーサーカーイシューでいるのはりおなさんが『インプロイヤーイシュー』を創るまでですから」


「ぶーーーー」

りおなはふくれっ面をして見せたが、これから何が起こるかわからない。チーフの忠告におとなしく従い腰のホルダーに入ったトランスフォンを取り出す。


「バーサーカーイシュー・イクイップ、ドレスアップ!」


 瞬時にりおなの着ている装備がキジトラ猫の着ぐるみ姿になる。

 ――通気性高いみたいじゃけ、蒸れたりせんけど、やっぱし好き好んで着るようなもんじゃないわ。


 ふと気づいて足元を見ると履いている靴は大きなバスケットシューズのままだが、上部分がキジトラ模様になっている。

 りおなは一つ息を吐き、糸目になっているトラ猫顔のフードを目深にかぶった。


「じゃあ、宿を取りましょう。みんな、はぐれないでね」


 課長が先頭に立ち、ガイドを務める。りおなとぬいぐるみ一行はぞろぞろと課長についていった。

 街の中は小奇麗こぎれいに片付いていて、石造りでできた家が立ち並んでいる。いたるところに住人らしき大小さまざまなぬいぐるみがいて、各々の仕事をしたりのんびりくつろいでいたりしていた。


 ――見た目ほんとに違和感ないにゃあ。

 ここが異世界って聞かされてなかったら、どっかテーマパークで着ぐるみイベントやってるみたいじゃ。

 んでも街全体が防虫剤の香りするけ、これは日本にはないか。


 りおなはふと上を見上げる。まだは高い。そもそもあれは太陽か? ただ着ぐるみを通じて当たる光は暖かく優しい。

 チーフに聞こうとしたが、この世界ならではの太陽なのだろうと勝手に納得して黙ったまま歩を進める。


「ここが拠点の宿になるわ。一旦部屋に行きましょう」


 課長に連れられたのは、三階建てで赤い瓦ぶきの大きな建物だった。

 ――おーー、入り口前にちゃんと“INN”って木の看板が下がってるわ。そこは異世界クオリティじゃ。

 ここで寝たらエイチピーエムピーがフル回復するんじゃな?

 ひょっとすると寝起きにレベルが上がるやもしれん。


 課長を先頭にした一行は、入口を入ってすぐの受付でチェックインを済ませる。

 フロントを務めているのは、焦げ茶色で体系が丸っこい大柄のクマ、宿の中の雑用を扱うのは体の色がアイボリーで、ヘッドドレスとエプロンドレスをつけた細身のクマのぬいぐるみだった。

 身長はどのぬいぐるみも小柄なりおなと同じくらいか、大きいのもざらにいるため、りおなとしては自分が小さくなったようで少し面白くなかった。


 メイドの格好のクマに案内されたりおなの部屋は角部屋の個室だった。

 早速さっそく出窓を二面開け換気をする。

 部屋の大きさは10畳ほどで大きなベッドが一つ、鏡台とテーブルと椅子がひとつと質素なものだった。

 ――シンプルで赤毛のアンみたいな部屋じゃ。掃除が行き届いてるんは助かるのう。


「りおなさん、入ってもいいですか」

ノックの音がしたので返事をするとチーフがりおなの荷物を持って部屋に入ってきた。


「どうですか? 部屋の感じは」


「うん、悪くはない。ちょっと防虫剤くさいけど」りおなはベッドに腰かけて返事をする。


「それは慣れてもらうしかないですね。部屋の調度品、例えばベッドなどはチェックアウトの際元に戻せば変更は可能ですが、どうしますか?」


「どんなのあんの?」


「普通のパイプ式やハンモック、天蓋付きベッドなど寝具だけで10種類ほどあります。

 部屋の内装も和室や昭和40年代風、ログハウス、ロココ調など15種類ほどから選べますね」


「……今んとこハンガーラックだけあればいいや」


 ――なんでそんなムダにバリエーションがあるんじゃ? とかはツッコまんどこう。

 何事なにごとにも限度が無いんが業務用ぬいぐるみの流儀みたいやけ。


「あと、公園から持ってきたクローバーけたいから植木鉢出して」


「分かりました。ほかに何か必要になったら言ってください」


 チーフは慣れた手つきで携帯電話を操作すると、部屋の片隅にハンガーラックと、大きめの植木鉢と受け皿、袋に入った土、移植べらとペットボトルに入った水が現れる。


「それで今日の予定ですが、もう間もなく夕方になりますから、夕食までは自由行動にしましょう。

 街の中だったら自由に散策しても大丈夫です。ただし出歩くときは必ず今の衣装、バーサーカーのままでいてください」


「わかった、んでこの街お金とかはどうなっとるん? 見た感じみんななんか仕事しよるみたいじゃしお店みたいのもあったけど」


「はい、通貨はあります。これを使ってください」


 チーフが取り出したのは、首からかける紐のついた大きながま口の財布だった。 りおなが受け取るとずっしりと重い。

 口を開けると500円玉より二回りも大きな金貨が大量に入っていた。


「これがこの世界に流通しているRudiblium金貨です。価値としてはおよそですが一枚10万円くらいですかね」


「…………」

りおなは言葉を失う。

 ――このぬいぐるみと長い間いると金銭感覚がマヒしそうじゃ。

 『お金カウンターストップ』のチートでも使っとるんか?

 金貨を一枚取り出し刻印を眺める。


 金貨の片面には恰幅がよく、弦のない眼鏡をかけた男の肖像画、もう片面には何か花のようなものが浮き彫りになっていた。


「表はアメリカ26代大統領、セオドア・ルーズベルトの肖像画で、裏面は我々ぬいぐるみの象徴ともいえる植物、綿花めんかをデザインしています。

 貨幣の呼び方は『セオドア』になりますね」


「綿花はわかるけど、なんでルーズベルトなん?」


「この国のぬいぐるみ、スタフ族に一番多いテディベア、その由来になった人物です。

 スロ-ガンは『穏やかに話し大きな棒を運ぶ』、大口を叩かず必要な時に力を揮う。とても精力的に活動された方です、

 一方で親日家から日本脅威家に転じていったり、ネイティブアメリカンに対する迫害など経歴にきずが無いわけではありません。

 それでもRudibliumにとっては人口が増えるきっかけを作った存在として崇められています」


「まあ、その話はいいや。これじゃと重たいけ、もうちょっと小銭とかちょうだい」


 ――せっかくやけ、異世界での食べ歩きしてみたいにゃ。

 でもムシとかトカゲの店じゃったらスルーしよう。


「そうですか、でしたら」

 そう言いつつチーフはスーツの尻ポケットから自身の長財布を取り出し硬貨を何枚か取り出す。


「これくらいでどうでしょう」


 りおなの両手には先ほどの金貨より小さめの金貨が数枚、大中小様々なサイズの銀貨が乗せられた。

「中金貨が日本円で10000円ほど、続いて小金貨が5000円、大銀貨が1000円、中銀貨が500円くらいですかね。

 あと、今は渡してないですが、小銀貨が100円、銅貨、黄銅貨が10円、5円、小さい黄銅貨が1円です。

 夕食はみんなで摂りたいので、あまり買い食いしすぎないでくださいね」


「ああ、わかっちょる」


「あと、この世界にピッタリの小銭入れがあります。よかったら使ってください」


 言いながらチーフが渡してきたのは口の部分にひもが付いた小さな麻袋だった。紐には小さな鈴が付いている。

 りおなは袋を見せられて三秒ほど固まったが、黙ったままチーフの手から麻の小袋を受け取った。


 チーフが部屋を出てからりおなは自分の荷物を改めだした。キャリーバッグからお気に入りの服を取り出しハンガーにかける。

 ――この世界じゃと私服はあんまし着られんみたいじゃが、こういうのは気分の問題やけ。

 続けて植木鉢に土を入れクローバーを移植し水をかける。植木鉢は日当りのいい出窓に置いた。



「んじゃチーフ、ちょっと出かけてくるけ、あとよろしく」

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