022-3

 部長がハンドルを握りながら悲鳴を上げる。ぬいぐるみたちは縮こまって震えたままだ。


「トリッキートリート・グミショット!」

 りおなが呪文を唱えるとソーイングレイピアの剣針けんしんが七色に強く輝きだす。


「チーフ! 窓開けて!」

 言われるままチーフはマイクロバス後方の窓を大きく開けた。りおなはレイピアの切っ先を窓の外に出し、呪文の最後の文言を唱える。


「トリッキー・グミ、アソートショット!!!」


 りおなが呪文を唱えると、剣針から様々な色のハート形の大きなグミが大量に撃ち出される。

 その数は優に100以上もあるだろうか、巨大なグミは赤茶けた大地に次々と突き刺さっていった。

 乾いた大地だけでなくバスの中にまで甘い香りが広がっていく。


 次の瞬間、狂ったようにマイクロバスを追っていたディッグアントたちの動きが止まった。

 各々が甘い香りの出どころを探るように触角をせわしなく動かす。

 すぐに香りの出どころが巨大なグミだと知ると、ディッグアントは地面に刺さった魔法の生成物、トリッキーグミに一目散に向かった。


 もうバスには目もくれず巨大なグミに群がり、大きな顎でグミにかぶりつきなめとっている。

 さらには大きなグミを顎でがっちりくわえ巣に運んでいくようだ。


「部長、今の内じゃ、なるたけこの場から離れて!」


 りおなに促された部長は改めてアクセルを踏み込んだ。大きく息を吐きながらバスを走らせる。

 バスに何も傷が無いことを確認したりおなは、遠ざかっていくアリたちを見つめゆっくりと息を吐いた。



「ああーーーー、つっかれた、つっかれた、サノヨイヨイ」


 巨大なアリ、ディッグアントたちをなんとか倒さず無事に逃げ切れた。

 無事を確認すると、緊張から解放されたりおなはソーイングレイピアを持ったまま伸びをしつつ、大きなあくびをした。


 そのとなりではチーフが感心したようにりおなを見る。

「さすがはりおなさんです。ディッグアントたちにダメージを与えず、トリッキートリートをあのような形で使うとは」りおなは褒められても少しも嬉しくはなかった。


「よし、さっそくじゃけど日本に帰ろう!

 アリノスコロリを段ボールで8箱くらい買ってこんとおちおち夜も眠れん」


「そうはいきません、ディッグアントたちはあれで『大消失』からの再興を担っている生き物の一つですから」


「あれでー!? 今やられてたら、

『異世界についた途端、アリの大群に殺されかけました』

 とかになっちょったぞ。

 ラノベのタイトルにもならんわ!」

 りおなは大いに憤慨する。


「ディッグアントたちは一見不毛に見える深い大地を掘り起こし、地中から様々な鉱石や古い財宝を掘り起こしてくれています。

 危険が伴いますがRudibliumの住人は多少のリスクを承知で彼らの巣を探索し貴重な鉱石や財宝を手に入れに赴くのです」


「んじゃ何? あのアリらーは入るたび毎回形が変わるダンジョンでも掘ってんのけ?」

 りおなの軽口に対して生真面目なぬいぐるみは真顔で「はい」と返してきたので、質問したりおなは軽く絶句する。


「さらに言えば彼らの巣穴はRudibliumの失われた文明や、こちらとは全く違う次元につながっている可能性もあるようなのです。

 それに、今の今ディッグアントたちは凶暴そうに見えましたが、調教師、『インセクトティマーズ』がうまく育てれば彼らはヒツジのように従順で穏やかな一面も持ち合わせています。

 要は飼いならし方一つですよ」


「いんせくと、てぃまーず?」

 ――またわけのわからん単語が出てきた。


「簡単に言うと『虫使い』ですかね。

 特定の昆虫や動物と心を通い合わせ飼い馴らすことができる職業です。

 もっとも『大消失』の影響かその数が多いに減ったため、ディッグアントもあのように野生そのものの生態に戻りつつあります」


「『蟲使い』ってあれじゃろ、『その者、蒼きころもまといて金色こんじきの野に―――」

 りおなはしわがれた声を出して老婆の声マネをする。


「ああ、そんなファンタジックな存在ではありません。平たく言うと『アリ農家』という言い方が一番しっくり来ますかね」


「なーんだ」

 りおなは少しだけがっかりする。


 ――できるんじゃったらあの映画のワンシーンみたく黄金色きんいろ草原くさはらを小さな動物と一緒に歩いてみたかったのう。

 らんらん、らんらら らんらんらーーん。


「おい、富樫、説明もいいがもうアリは来ないんだろ? こっちは運転しっぱなしで疲れた、少し休ませろ」部長のだみ声がバスに響く。

 ぬいぐるみたちもおびえてはいないが、どことなく落ち着かない感じだ。


「そうですね、運転は私が替わります。部長は少し休んでいて下さい」

 チーフは制帽をかぶり白手袋をはめて、バスの運転を部長と交代した。



「大丈夫? りおなちゃん」

 課長が足を投げ出してシートに座っているりおなに、心配そうに声をかける。


「うーん、なんじゃろうこの感じ、『家族旅行で知らん土地に来たら、スクーターに乗ったチンピラ集団に絡まれた』ってとこかのう。

 今のはりおなの偽らざる本音じゃ」


 ――異世界へ来てすぐ大歓迎されるとは思うとらんかったけんど、巨大なアリの大群に襲撃されるとは夢にも思わなんかった。


 りおなはトランスフォンの機能の一つ、『冷蔵庫』から『せんべいバケツ』と呼んでいる大きなブリキのバケツを取り出した。

 中から歌舞伎揚げやオランダせんべいを大量に取り出して、わざとバリバリと大きな音を立てて食べだした。

 ――今の今、甘いもんはしばらく見たくもない。


「部長もみんなも食べるーー?」

 りおながぬいぐるみたちに勧めるとぬいぐるみたちはバケツに集まった。

 せんべいを美味しそうに食べだす。それを見たりおなは少しだけ溜飲りゅういんを下げる。


「まったく、『ウエイストランド』なんかいつでも見られるんだから、さっさと『ノービスタウン』に行けばよかったんだ」

 海苔のりせんべいをかじりながら部長は運転中のチーフに文句を言う。


「まあ、そう言わずに。今の一件で今後の課題もはっきりしましたし、部長はもう少し休んでいて下さい。部長が落ち着くまでは私が運転します」

 チーフは相変わらず落ち着いた様子で部長に返す。



 小一時間程運転をした後チーフは部長と運転を替わった。

 道路を取り巻く風景はだいぶ変わり、道のわきは徐々に小さなな規模だが林や畑、住居が並ぶようになってきた。村が点在してきているのだ。


「この辺りが一番Rudibliumらしい風景ですかね。人間界の多くの人々がぬいぐるみと遊ぶ時に抱く心の原風景、それが反映されています」


「なるほど」


 りおなは大きくうなづく。


 ――確かにりおながちっちゃいころ絵本やアニメで見た気もするにゃ。

 ヨーロッパとか、アーリーアメリカン? あんな感じの風景だにゃ。


 りおなはバスの後方をちらりと見る。さっきのアリ騒ぎの影響だろう、エムクマたちぬいぐるみは座席に横たわり、すやすやと眠っている。


 ――こーいうとこにエムクマたち住まわしたら喜ぶだろうにゃ。

 自分の考えをチーフに提案するが、彼の意見はりおなとは違った。


「彼らには我々が最初についた場所『ウエイストランド』に行き、村や林を開拓、開墾してもらいます。 

 最初の内はなかなかはかどらないでしょうが徐々に人数を増やしてもらいます」


「……ふやしてもらう?」


「また、りおなさんがソーイングレイピアでぬいぐるみを創ってください」


「……あーーー、やっぱり」

 ――やれって言われればやるしかないけど、やっぱしめんどいにゃ。


「ほか、どんなぬいぐるみ創ればいいと?」


「はい、今現在候補に挙げているのは

 『きこりのジゼポ』

 『もりづくりフリッカ』

 『メイプルグランマと三人のとうぞく』

 『お菓子職人テオブロマとライオンになったチョコレート』

 『ゴードンのおおきなわたばたけ』

 それから『さばくとかげフリザードうみにいく』それから―――

 挙げていけばキリがないですがないですが、ざっとそんな所です」


 りおなはがっくりと肩を落とす。どれも聞いたことのないタイトルの上、第一数が多すぎる。


「皆、ここ最近出版された絵本よ。今バスの中で読むと車酔いしちゃうからあとで渡すわね。

 登場人物やストーリーを熟知しておいた方が出来上がりが格段に良くなるから」課長が説明を補足する。


「……ふうーーん……」

 そういうもんかと自分をむりやり納得させる。


「なんか、違う絵本のキャラ同士、ケンカせんの?」


「お互いに利害が一致すれば協力し合いますし、ほかの住人を攻撃したりおとしいれたりというのは絶対にありません。

 本来、ぬいぐるみことスタフ族含め、Rudibliumの住人は他者を傷つけるのを極度に嫌いますから」


「なるほど」


 チーフの説明を聞きながら、りおなは今度こそ安心してチョコ菓子をゆっくりとかじる。

信号も標識もない道路をマイクロバスは目的地に向かって順調に進んだ。



「おい、お前ら着いたぞ」


 部長が大声でバスの乗客に告げる。座席に座ってうたたねをしていたりおなは目を覚まし辺りを見回すと目の前に大きな街が見えた。



「あれが当面我々が拠点にする街『ノービスタウン』です。街中にバスは入れませんからここからは徒歩で行きましょう」

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