020-2

 いつもの『猫公園』に来たが、白い母猫も子猫たちもやはり見当たらない。りおなは少し不安になる。


 ――近所の人らにに通報されて……考えたくないけど保健所送りにでもされたんじゃろか?

 付けとかしてんのに後ろめたい気持ちがあったんは確かじゃけど、いくらなんでも急すぎやせんか?


 猫たちが雨よけに使っていたタオルを入れた木の箱も、きれいさっぱりなくなっている。

 早めに写真を撮って、里親募集をかけるべきだった―――牛乳パックをもったままりおなは少し泣きそうになった。


 下を向いて公園の土をぼんやり見ていると自分に近づいて来る足音が聞こえる。

 顔を上げるとチーフがいた。



「あの猫たちなら大丈夫ですよ」

 青いミニを運転しながらチーフはりおなに説明する。

「あの公園の近くに賃貸マンションの家賃収入をもとに、木造一軒家でひとり暮らしをしているおばあさんがいます。

 その方が猫好きで飼い主がいない野良猫を多数引き取っているようです。

 りおなさんが牛乳をあげていた猫の家族は、その方が里親になりました」


「―――詳しいのぅ」


「部長がそのおばあさんと話したそうです。住所もあの公園から近いですから、今度会いに行ってみたらどうですか」


「そうか」りおなは返事をしながら脱力し、助手席から少し前にずり落ちる。

 ――毎日会えんくなるんはちょっと寂しいけんど、保健所送りにされるのよりははるかにましじゃな。なんしかよかったわ。


「でも、なんで部長が?」


「部長もあの猫の親子は気になっていたようで、様子を見に行ったらおばあさんと知り合ったそうです。連絡先も交換したと言ってました」


「それはなによりじゃ。あーでもこの牛乳どうしよう」

 りおなは500ml入りのカルシウム補強牛乳のパックをちゃぷちゃぷと振る。


「それなら、エムクマたちにあげるといいですね」




「よっ、嬢ちゃん精が出るな」


 チーフたちが事務所兼住居として使っているマンションに入ると、二足歩行で三白眼さんぱくがんの白いウサギ、レプスがりおなに声をかける。


「うん、おはよう」りおなは一応の礼儀で挨拶だけ交わす。


「きょうはクマたちの仲間を増やすらしいじゃねえか、俺も楽しみにしてるぜ」


「ああ、うん」


 ――このウサギは部長の飲み友達みたいじゃな。だいぶ入り浸ってるわ。

 見た目とか住む世界なんかはともかく、中身はサラリーマンそのものじゃからいろいろ付き合いもあるんちゃろう。


「あれ、エムクマたちは?」


「クマたちはロフト部分に住まいを作って、そこで寝泊まりしています。見てみますか」


 チーフに促され子供部屋らしき部屋に行くと、一階部分はながクマ用とおぼしき簡素だが大きなベッドが置いてあった。

 上には寝具や毛布が几帳面にたたまれて積んである。

 はしごの上には創りたての木製の箱がいくつも置いてあった。物音でりおなに気付いたクマたちが顔を出す。


 りおな おはよう。


 りおな おはよう。


「おはよう」りおなが上を向いて手を振るとふたりのクマも手を振り返す。


「ちょっと上見てもいい?」


 いいよ。


 いいよ。


 クマたちから許可が出たのでりおなが梯子はしごを登って様子を見る。

 ロフト部分は幼稚園児が作るような『ひみつきち』のようになっていた。

 真新しい木箱や木製のおもちゃがいくつも置いてある。


「この木箱、だれが作ったと?」


 ながクマ。


 ながクマ。


 クマたちは口々に答える。


「へーー、すごいにゃあ」りおなは素直に感心する。


 ――確か絵本のながクマは森に住んでて、たいがいのものは自分で作る頼もしいクマだったはず。 

 りおなが創ったながクマもおんなじみたいじゃな。となるとほかのぬいぐるみたちも絵本での設定が反映されるんか?


 無邪気に遊ぶクマたちを見ながら、りおなはあれこれ考えをめぐらす。


「りおなさん、そろそろ作業場の方にお願いします」チーフに呼ばれてりおなは我に返る。


「うーーい、了解ーー」りおなは少し名残惜しかったが梯子を下りた。



「さて、今日は昨日の続きでエムクマたちの住んでいる村の住人たちを創ります。ステンシルは何枚かずつ一気に撮影して取り込みましょう」

 落ち着いた口調でチーフは説明する。


「えっと、村の住人ってどれくらいいるんやったっけ」


「ぬいぐるみだけでいえばタレ耳ウサギのロップ、とこやのトリマー、白黒ヒツジのリバーシープ、おばあちゃん猫のメイプルグランマ、村長のライオンのレオじい、その孫のこどもペンギンポーラ、あとは……」


「あーー、わかった」りおなは手を左右に振る。

「さんにんくらいずつまとめてやるわ、それでいいじゃろ」


「そうですね、では最初はロップとトリマー、リバーシープのステンシルをお願いします」


 きれいに掃除された部屋の床に、チーフは紙を6枚広げる。


「あれ、さんにんじゃなかと?」


「ええ、羊のリバーシープと犬のトリマーはそれぞれ着ぐるみを着ていますし、ウサギのロップはおしゃれ好きですから持っている服が多いです。

 今日は本体から先に創って、それぞれの着ぐるみや服はまとめて創りましょう」


「んー、わかった」

 返事をしつつりおなはトランスフォンを開いて床のステンシルを撮影していく。

 撮影が終わると今度はトランスフォンを耳に当て文言を唱えるとりおなはソーイングフェンサーに変身した。

 足元に目をやると屋内にも関わらず大きなバスケットシューズを履いていた。


 ――家内で土足なんはどーなんじゃろ。ま、いいか。チーフもなんも言ってこんし。


「まずはリバーシープからですね」

 チーフは巻かれて筒状になった白い大きな布をりおなの前で大きく広げた。

 りおながソーイングレイピアの切っ先でチーフが拡げた布を指し示すと、布は広がったまま浮き上がりステンシルと同じ線が刻まれた。

 りおなは数拍呼吸を整えるとソーイングレイピアを一閃させ線に沿って一気に布を裁断する。



「次は耳とひづめですね」

 チーフはピンクとアイボリーの小さな布を広げるとりおなは同じ要領で各パーツを斬りだしていく。

 必要なパーツだけ浮いた状態でりおなはソーイングレイピアの鍔の背にあるスイッチを右手親指で押す。

 レイピアがモーターのような駆動音をたて剣針が光に包まれる。


 そのまま右腕を突き出し親指を右にずらすと剣針が布に撃ち出され布同士が正確に縫い合わされていく。

 ものの20秒も経たず顔が横に長い羊の身体が出来上がる。首の後ろ部分の後ろ部分は一か所だけ綿を詰めるためにあけてある箇所がある。


「続けて綿を詰めてください」


 チーフは大量の袋の口を開けた綿を差し出す。りおなはソーイングレイピアを握る手を自分の額に近づけ軽く眼を閉じた。

 チーフに教わった通り息を吸ったときに綿の繊維一本一本が光り輝くように、息を吐いた時に光が和らぐように心の中で思い描く。


 数拍呼吸した後、りおなは目を閉じた状態でも強い光を目に感じた。

 ゆっくりとまぶたを開ける。イメージした通りに綿それ自体が強い光を放っていた。

 ソーイングレイピアを浮いたままの縫い合わせた布に向けると光を放つ綿は一粒一粒がゆっくりと縫い合わせた布の周りをらせん状に回りだした。


 綿全体が少しの間周回した後ヒツジの首の後ろ、意図的に開けてあった部分から吸い込まれていった。

 光の粒と化した綿が残らず吸い込まれたのを確認して、りおなはソーイングレイピアを羊の首筋に撃ち込み体全体を縫い合わせる。

 ぽてっと軽い音を立てて出来立てのぬいぐるみが床に落ちた。うつぶせになっていた状態からむくりと起き立ち上がる。


 わたし リバーシープ。つくってくれてありがとう。あなたは?


 ヒツジのぬいぐるみは起き上がってすぐにりおなたちに自己紹介を始めた。


「ああ、私はりおな、大江りおな。で、こっちはチーフ、よろしく」


「初めましてリバーシープさん、私は富樫といいます。が、普段はチーフとお呼びください」


 はい よろしくおねがいします りおなさん チーフさん。


「あちらにあなたのお仲間エムクマとはりこグマがいます。会って挨拶してはいかがでしょう」


 はい いってきます。


 チーフがドアを開けると、毛を刈り取られたばかりのようなヒツジのぬいぐるみはエムクマたちの所へ向かった。


「まずはひとりですね。では続けてトリマーをお願いします」


 言いながらチーフは生成りの大きな布を広げる。りおなは一つ息を吐き、開いた布の前で大きく袈裟切りに素振りをした。

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