020-1 湾 港 harbors
「くっさ! ヴァイス、納豆くさっ!」
りおなは左手で鼻を押さえる。りおなは普段納豆を食べる習慣が全くない。本能レベルで拒絶しているといっていい。
――それ言うとみんなから『ただの食わず嫌いだ』って言われっけど、嫌なもんは嫌なんじゃ!
「りおなさん、納豆製造業者の方々に失礼です」チーフが冷静に突っ込む。
「鼻が痛い! 鼻が痛い!! 鼻が痛い!!!」一方のりおなは取り付く島もない。
「作戦変更です。りおなさんコンフェクショナーイシューに装備を変更してください」
りおなは左手で首元の鈴を口に寄せる。トランスフォンに連動しているマイクになっているのだ。
「コンフェクショナーイシュー・イクイップ、ドレスアップ!」
りおなの身体が閃光に包まれ服装が白と黒の装束に切り替わる。その様子は子供が思い描くケーキ屋さんの制服のようだ。
チーフの説明ではトリッキートリートの威力が増す装備だというが、りおなが置かれている状況は悪い。
――元は大掃除の時にでもいらなくなったぬいぐるみ、不法投棄したんか!?
今度の怪人フィギュアのモチーフは……なに? 虎、犬、そんでリスって。全然脈絡ないにゃあ。
身体全体が薄汚れているうえに肩や首のほつれた部分が、化膿した傷口のようにただれていて、それがりおなに
ヴァイスのうちの一体、体長1,5mほどのリスのような姿の異形がコンテナの上から飛びかかり、りおなに腕を振り下ろす。
りおなはレイピアで迎撃しリスのヴァイスを弾き返すが、汚水で濡れた腕は重くりおなは後ろへ大きく後ずさる。
悪臭のために、周りに対する注意も普段より散漫になる。
――このままじゃととジリ貧やけん、態勢立て直さんと。
とりおなが思った次の瞬間、ヴァイスフィギュア三体の身体が大きく跳ねた。
どのヴァイスも何かから逃れるように悶えだす。
「よし、今の内だ! 魔法とやらを決めてやれ!」
りおなが振り向くとそこには部長が立っていた。手にはトランシーバーのような機械が握りしめられている。
「思った通り、この機械は今『種』を混乱させる効果が出てる。富樫、こいつに早く指示してやれ」
「はい、りおなさんヴァイス達を一度凍らせます。『トリッキートリート、フローズンパイン』と唱えてください」
言われた通りにりおなが唱えると、ソーイングレイピアが黄色と青白い光に包まれる。
「レイピアをヴァイスに向けて―――と唱えてください」
動きの鈍くなったヴァイス達に切っ先を向けてりおなが叫ぶ。
「フローズン・パインショット!」
凍った輪切りパインを模した魔法弾は激しく回転し、ヴァイス達に大きな音を立てて衝突する。
異形の怪物たちは腕や身体で直径1mほどの魔法弾を止めようとするが、ヴァイスフィギュアの身体は触れた部分から見る間に凍結していく。
数秒もかからず、ヴァイス達は物言わぬ氷像に姿を変えた。
りおなは間髪入れずヴァイスの首元に憑りつく元凶『種』を突き刺し切り落とす。
オレンジ色の光が上に立ち上り、三体のヴァイスフィギュアは元のぬいぐるみに戻った。
「ふう」りおなは一息つき、チーフの方を向く。
「このぬいぐるみら、どうしよう。放って帰るのもかわいそうじゃけん」
「ああ、それでしたら効果的な装備と魔法があります」
りおな達は捨てられていて、汚れたぬいぐるみ10個ほどを一か所に集めた。
「ヒーラーイシューイクイップ・ドレスアップ!」
りおなの衣装が白い看護師風のものに切り替わる。頭の看護帽にネコ耳が付いているのは各装備共通だ。
「剣を縦に構えてヒールクローバーを使ってください。ぬいぐるみの汚れが落ちて一気に乾かすことが出来ます」
りおなが心の
そのままレイピアをぬいぐるみ達にかざすと、布や綿の汚れは見る間に落ち所々
そのままりおなはソーイングレイピアの鍔の背のスイッチを押す。
レイピアの剣針は細かく振動しだした。
アスファルトに置かれているぬいぐるみ達の傷や
ものの三分も経たず、ぬいぐるみたちはすべて元通りに治された。
「これなら大丈夫です。全員どこか保育園などの施設に譲りましょう」
「やれやれ、ひとまず終わったか。しかしお前たち悪かったな」
「いえ、まだ試作品でしたし『種』を混乱させるのも思わぬ効果がありました。
これはこれで使い道があるかもしれません。思わぬ怪我の功名でしたね」
――チーフは何でもいいように取るにゃあ。
「りおなさん、慣れないイシューチェンジで疲れたでしょう、大丈夫ですか」
「えー、ヴァイス退治よりも鼻が痛い」
――雨とかで汚れたぬいぐるみが怪人フィギュアに変身すっとゾンビってか、アンデッドっぽくなるみたいじゃな。
見た目もそうじゃし、ほんっとくっさかった。こればっかりは気をつけようもないし。
「悪かったな」珍しく部長がりおなに謝る。
「いや、いーよ。コンビニアイス一個で手ぇ打つわ」
りおなは満面の笑みで部長に返す。
「………
「えーん、鼻がいたーい」りおなはわざとしくしく泣く真似をして見せた。
「……わかった、一番高いカップアイスをおごってやる。それでいいな」
「うん、ありがとう。んじゃみんな帰ろっか」
りおなは笑顔になり、部長はいつも以上に苦虫をかみつぶしたような顔になった。チーフはいつも通りにたった今の戦闘データを携帯電話に入力しだす。
「今日も疲れたでしょう、ご自宅までお送りします」
帰り道、一行は部長が普段使っているレトロなマイクロバスに乗っていた。
運転手は『種』の対応に追われて疲れ切った部長に代わり、チーフが担当している。
当の部長は一番奥の座席で横になりながら、なにかぶつぶつつぶやいている。機械の改良の事を考えているようだ。
夕方の港町はとても綺麗で、りおなはさっきまでのヴァイス達との戦闘で消耗した心が癒えるような気分を味わっていた。
乗っているのがバスというのもあって、りおなは子供のころの遠足の帰りを思い出す。
ほかの座席にはりおなが治したばかりの、生命を吹き込まれたぬいぐるみがいた。
各々バスのシートから背伸びして、りおなと同じく外の風景を眺めていた。
他の人の手に渡ればまた動かなくなるというのが、チーフから受けた説明だったが、りおなは寂しく感じたりはしなかった。
「明日もなんかあるんじゃろ」
りおなはいつもの『猫公園』でチーフに尋ねる。自宅前にバスを停めると家族に怪しまれるためだ。
「はい、『エムクマとはりこグマ』の村の住人を創ってもらいます」
「あー、あれね」りおなは絵本の内容を思い出す。
――確か普通の動物よりぬいぐるみの住人の方が多かったはずじゃな。
「今日は最後の最後が大変でしたから、長めの半身浴をお勧めします。
あと、手や腕を自覚している以上に酷使していますから、手指マッサージを入念にしてください」
「……解った」
――そこまで言うくらいじゃったら、チーフが自分でやってくれればいいんじゃなかと?
……んでも頼んだら本気でやりそうな気もするけん、黙っとこう。
「じゃあ、明日起きるの遅いかもしらんから電話して」
「わかりました、じゃあお休みなさい」
「うん、おやすみ」
りおなが手をひらひらと振ると、チーフは片手を上げバスは去った。
公園内に人がいないのを確認してから、大きく伸びをして辺りを見回す。
白い母猫が見当たらないので口で
◆
りおなは今朝は目覚ましをかけていなかったが、夜明けとともに目が覚めた。
洗顔し、鼻のあたりを丹念に洗って家族と一緒に朝食、部屋に戻って身支度を整えているとチーフから電話がかかってきた。
【おはようございます、りおなさん】
【おはよう、もう、そっち行けばいいと?】
【いえ、九時くらいで十分です。昨日いた公園に集合でお願いします】
【んー】
用件だけ伝えるとチーフは通話を切った。
「友達と勉強しに行く」とママに伝えて勉強道具一式とトランスフォンを持って、りおなは予定より心持ち早く家を出た。
コンビニに立ち寄って雑誌をチェックし、新作のチョコ菓子とパック牛乳を買って待ち合わせの公園に向かった。
お菓子のストックはトランスフォンの機能の一つ『冷蔵庫』に常に(食べきれない程)あるが、コンビニやデパ地下の棚に並んでいるとつい買ってしまう。
――なんとなく思うけど、これこそが女子の悲しき
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