019-2
「ただの着ぐるみ寝間着じゃん!!! これのどこがバーサーカーじゃと?」
「ですから、北欧神話に登場する伝説の戦士にちなんで開発された装備です。
魔法が使えなくなりますが、それと引き換えに身体能力が強化されて攻撃力が跳ね上がります。
また被ダメージの度合いによって各能力の補正値がプラスされます」
「そんなもんいらん、やられたぶん強くなんの? 少年マンガか!」
りおなは自分の手を見る。ステンシルやソーイングレイピアの通りにりおな自身が創ったものだが、ピンク色の肉球のように布が縫い付けられている。
足元はふかふかのボア製の内履き、頭は全体と一体化しているネコ耳フードをかぶっている。
りおな自身が創ったバーサーカー装備、その正体はキジトラ猫を模した着ぐるみ寝間着そのものだった。
戦いによる緊張感から遠くかけ離れたその格好にりおなは苛立ちを隠せない。
「だいたい表で着ぐるみ来てたら、おかしいじゃろ」
りおなの脳裏にあまり楽しくない記憶が蘇る。
――あれはりおなが小学校高学年くらいのころじゃったか、友達と一緒に
身体が青くてコアラみたいな宇宙生物の着ぐるみ着た身長155cmくらいの男の人が黒いスクーターで乗り付けて、りおなたちの近くにスクーター停めたんじゃった。
その青年は角刈りに三白眼の、いわゆるチンピラ風の容貌で、スクーターのカギを外した後ミラーを覗きこみながら、変わりようもない刈り上げた側頭部を手で撫でつけていた。
身だしなみを整えた比較的小柄な着ぐるみ男は、会心の笑みをミラーに向けて浮かべたあと(本人イメージで)悠然と立ち去った。
近くで一部始終を見ていたりおな達は、それまでの楽しい気分を全てはぎ取られた。
意気消沈したりおなと友達は逃げるようにその場を後にした。
ディスカウントストアなどで着ぐるみ寝間着を見かけると、りおなはいまだにあの青年の事を思い出す。
ああはなるまい、と。
「考えすぎですよ」
りおながなぜ着ぐるみ寝間着がイヤかを説明すると、チーフはやんわりとりおなをとりなす。
「バーサーカー装備は戦闘目的以外でも使用する場面がありますから」
「あるとは思えんけど」
りおなが無意識に首元に手をやると、鈴形のブローチがついている。
――つけたんは自分じゃけど、芸が細かすぎてげんなりするにゃあ。
りおなはポケットに入っているトランスフォンを取り出し、装備をファーストイシューに戻した。
「んで、次は何創ると?」
「はい、次は魔法に特化した『コンフェクショナーイシュー』です。『バーサーカー』よりも作りが複雑なので難しいですよ」言いながらチーフはステンシルを広げだした。
「ふわぁーーーーー……しんど」
「お疲れ様です、今日はこれで装備創りは終わりにしましょう」
「うん、あー疲れた」
りおなはトランスフォンを取り出し、変身を解除して普段着に着替え直す。時刻を確認すると午後3時半を過ぎていた。
「ダイニングで休憩しましょう」
チーフに促され部屋を出ると何か香ばしい香りがする。待ち構えていたように、エムクマとはりこグマがりおなに近づき話しかける。
はちのすワッフルがやけたよ。
かちょうにやきかたおしえてもらったから じょうずにやけた。
いっしょにたべよう。
エムクマは4歳児、はりこグマは3歳児くらいの子供と同じくらいのサイズだ。
――大部分ソーイングレイピアがやってくれたけんど、我ながらおっきいのんを創ったにゃーー。
ふたりのぬいぐるみはりおなの手を引き一緒にダイニングルームに向かう。
「りおなちゃん、装備創りで疲れたでしょ、おやつにしましょう」
課長がりおなの肩を持ってテーブルに着くよう促す。
りおながイスに座るとエムクマとはりこグマもそれに倣う。
ふたりのぬいぐるみのイスは脚立のように足が長く新品そのものといった感じにニスが光っていた。
りおなの向けた視線に課長が答えを返す。
「そのイスね、ながクマが作ってくれたの。組木細工だからとても頑丈なのよ」
「へえ」
――そういや絵本の中のながクマも、手先が器用でいろんなものを作ってたけんど、りおなが創ったながクマも同じなんか?
俄然興味がわいた。
「一段落したらおやつ食べに来るだろうから、私たちは先に食べてましょう」
各々の席の前には皿の乗ったはちのすワッフル、テーブルの上にはハチミツを入れた陶器やバター、ジャムなどが並んでいる。
「今出てるのはエムクマとはりこグマが焼いてくれたものだから味わって食べてね」
言われてみるとワッフルの形が少々いびつだったり焦げ目がついていたりした。いかにも小さい子供が初めて作った感じだ。
「さあ、食べましょう」課長がクマふたりのカップに片手鍋で温めたミルクを注ぐ。
いただきます。
いただきます。
オレンジ色とアイボリーのクマのぬいぐるみは、両手を合わせてからナイフやフォークを手に取り食べ始めた。
その牧歌的な様子を見ながら、りおなは心の中で「なんだかなーー」と思う。
――ファンタジックな光景じゃけど、怪人フィギュアと戦うのんとはかなりかけ離れてるにゃあ。
だが、この平和なひと時にどっぷり浸れるほど今のりおなは純真ではなかった。
りおながフォークでワッフルを割りながら食べていると、二足歩行のウサギ、レプスがダイニングに上がり込んできた。
機嫌が良さそうにピンと伸びた耳を撫でつけている。
「おっ、美味そうなもん食ってるな」
「ええ、エムクマとはりこグマが焼いてくれたのよ。よかったら召し上がる?」
「ああ、一仕事終えて小腹が減ってたんだ。いただくぜ」
レプスがイスに着くと課長がワッフルを皿にのせて差し出す。
「――仕事ってあんた何しよると? なんかの仲介ブローカーけ?」りおなはレプスに尋ねる。
「俺の仕事は言うまでもねえ、『春の欠片』集めだ。とはいえ自分じゃ大して戦えねえからな、ほかのにやってもらってる。
今日のは強かったからな、だいぶ稼げたぜ。俺としてはあんた方さまさまだ」
レプスはワッフルをほおばりながら嬉しそうに話す。
「ふうん」
りおなは生返事を返す。りおなもしおりから卵形の石『春の欠片』をもらったが、どんな価値かまでは解らない。
立ち入ったことを聞くのはしおりの事もあって何となくはばかられた。
「おお、そうだ。ちび達、お前たちにも一個ずつやるよ」
レプスはタクティカルベストから卵形の石を二つ取り出しテーブルの上に出した。
エムクマとはりこグマはワッフルを食べる手を止め、一個ずつ手に取って眺めだした。
ありがとう。
ありがとう。
クマたちはレプスにお礼を言うと、エムクマはお腹のMのアップリケの中に、はりこぐまは前掛けの内側に『春の欠片』をそれぞれしまった。
レプス おはなしきかせて。
レプス おはなしのつづきして。
はちのすワッフルを食べ終わったあとクマたちがレプスに何かせがむ。
「お話って?」
「ああ、俺がガキの頃ばあちゃんにせがんで何度も話してもらってたおとぎ話だ。 じゃあ皿片づけたら向こうで続き話すか。ごちそうさん、うまかったぜ」
レプスはクマたちに礼を言う。
ごちそうさま。
ごちそうさま。
クマたちは両手を合わせレプスとリビングへ向かった。
「りおなちゃんはもういい?」
課長に聞かれ、りおなは砂糖抜きのカフェオレを頼んだ。課長はテーブルの上の空いた食器を片付けだす。
りおなは自分の携帯電話のメールを確認する。足を投げ出して携帯電話を操作するのは充実感こそないがまあ楽しい。
今晩何か好きな番組が無かったか考えをめぐらす。
りおながしばらく『おやつ的』な気分に浸ってると、ポケットに入れてあるトランスフォンに着信が入る。その音でまったりした気分が吹き飛んだ。
無視するわけにもいかずりおなは電話に出る。
【はい、『洋裁部』です。ただいま顧問の先生と部長は外出していますが、ご用件は……】
【お疲れのところ申し訳ないです、『午後の部活は戦闘実習』になります】チーフはりおなの冗談に普段の口調で切り返す。
りおなは返ってきた言葉に疑問を持つ。
――戦闘実習? 初めて聞く単語じゃ。っちゅうより『洋裁部』というところにはツッコまんのかい。
【ひょっとしてまたヴァイスフィギュア? 『種』は『Gホイホイ』みたいに集められるんじゃなかと?】
【実はですね、部長から連絡がありまして『種』をおびき寄せたまではいいんですが、捕獲装置に不具合が生じて取り逃がしてしまいまして……】チーフは歯切れ悪そうに話す。
【しょうがないにゃあ、部長はやられとらんの?】一応は部長の心配をする。
【はい、ただ捕獲装置が故障したせいで少々取り乱してまして】
【わかった、見殺しにすんのも後味悪いけ、助けに行くわ。チーフ、現場まで連れてって】
【はい、さっそく向かいましょう】
通話を切るとりおなはカフェオレを一息に飲みほし、マンションの玄関に向かう。ドアを開けると人間の姿になったチーフが待っていた。
「部長ってなんかトラブル多くね?」
ヴァイスフィギュアや『種』を倒すべく向かう車中で、りおなはハンドルを握るチーフに話しかける。荒事に向かうためクマたちはマンションに置いてきた。
「かもしれないですね」とチーフ。りおなの意見を否定するつもりはないらしい。
「ですが優秀なエンジニアなのは間違いないです。今回のも試作品でしたから」
「うん」
りおなとしてもそれは承知しているので必要以上に文句は言わない。悪いのは『種』をばらまくどこかの誰かだ。
しかし何かあるたびヴァイスや『種』が現れる。口には出さないがりおな達の動向がまるわかりなのか? 考えたくないことまで考えてしまう。
「着きました」
車は30分ほど走ったあと港近辺のコンテナ置き場に着いた。周りには人影もまばらだ。
「部長は? どこじゃ?」りおなは車を降りてチーフに尋ねる。
「あそこです」チーフが指差したところを見るとなぜか虫取り網を持った部長が荒い息をしてコンテナにもたれている。
「大丈夫ですか? 部長」チーフは部長に駆け寄る。
「ああ、俺より『種』をなんとかしてくれ」
部長が上を示すと悪い意味で見慣れてしまった緑色のコウモリのような奇妙な物体が三つほどせわしげにぐるぐると飛び回っている。
「『種』を誘導、捕獲する機械の調子が悪くなってな。
ジャミング装置みたいな効果を生んでるんだ。このまま放置するわけにもいかねえしな。それでお前たちを呼んだんだ」
「あんな遠くて速いとレイピア当てづらいにゃあ。部長、変身したら合図するけ機械一回止めて」
「ああ、わかった。ムチャはするなよ」
「りおなさん、実戦も兼ねて新装備に変身しましょう。最初はバーサーカーでお願いします」
「えーー」りおなは下唇を突き出していやいやながらもトランスフォンを出して変身を始める。
「バーサーカーイシューイクイップ・ドレスアップ」
りおなの掛け声にトランスフォンが反応し、りおなは自分が創ったばかりのキジトラ柄の着ぐるみ姿になる。
りおな自身は着ぐるみ姿で表を歩くのは好きにはなれない。頭に手をやるとネコ耳までしっかりとついている。
「んじゃ部長、機械一回切って。降りたら『種』斬りよるわ」
「分かった、じゃあ切るぞ」
部長が手に持ったトランシーバーのような装置のスイッチを切ると旋回するように飛んでいた三つの『種』は静かに浮遊しだした。
そして少しの間滞空したあと何かを見つけたようにコンテナの奥へ飛び去った。
「え、何?」
りおなは慌てて『種』を追いかけた。迷路のように積まれたコンテナの間を走り抜ける。
『種』を再び見つけたとき、状況はりおなが考える最悪のはるか上を行っていた。
港の奥には人通りがほとんどなく、死角も多いため心無い人間が雑多なものを不法投棄していた。
そのゴミの中に野ざらしになって、元の色が分からないほど汚れきったぬいぐるみが十個ほど無造作に詰め込まれていた。
『種』は自らの悪意を辺りにまき散らす依り代を見つけ、打ち捨てられたぬいぐるみに下部の針を打ち込む。
三体のぬいぐるみがみるみるうちに膨れ上がり、凶悪な姿に変貌を遂げる。りおなはひるむことなく手前の一体にレイピアの一撃を繰り出す。
だがその攻撃は巨躯の剛腕による裏拳ではじかれる。『種』によるヴァイス化が完了したのだ。
りおなは追撃を試みたが反射的に後ろへ数歩下がる。ヴァイスフィギュアの元が放置されたぬいぐるみというのが、思わぬ副次的な攻撃をりおなに与えていた。
「くっさ! ヴァイス、納豆くさっ!」
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