012-2
チーフは一旦言葉を切り、続ける。
「人間の可能性もあるかもしれません」
「…………」
りおなは黙って聞いていたが、少なからずショックだった。
――チーフが言いにくそうなとこ見ると嫌な予感はしてたんじゃが、実際に口に出して言われっとやっぱし応えるのう。
「その相手が解ったらどうすっと?」
「まずは、相手の素性や具体的な能力、目的を知る事ですかね。
ただ相手の出方次第では、発生源を奪うか破壊した方がいいかもしれません。
なにしろ『種』が原因でヴァイスフィギュアが発生し、一般市民に被害が及んでも現在の法律では罪に問えませんから。
ですが、『種』の発生源自体が持ち主を支配、操作しているとしたら……」
「もう、そこは考えても仕方が無いんじゃない? 『種』の出所は私が突き止めるから」
課長がまとめにかかる。
「もし仮に人間が相手だったとしても、りおなちゃんがソーイングレイピアで相手を倒すなんてこと、しなくて済むように私達で対策を立てるから」
「おい、その『私達』ってのは俺も入っているのか?」
今度は部長が話に加わる。
「俺はやらんぞ、受け持ちを仕上げるだけで精一杯だからな」
「そうですね、部長には当初からの目的、Rudibliumへ安全に行き来できるルートと、バスのメンテナンスを重点的にお願いします」
チーフが部長の意見に賛成する。
「話がまとまったみたいだし、今夜はこれで解散しましょう」
課長はりおなに向き合い、左手の人差し指を立てる。
「心配しなくても大丈夫、今は私からの連絡を待って。
あ、そうだ、近いうち仕事の合間に紅茶のシフォンケーキ作るから楽しみにしててね」
「うん、わかった」
りおなが答えると、課長はセントバーナードの顔を大きく崩した。
――多分このヒトなりの笑顔なんじゃろなあ。
りおなが大きく一回うなずくとバスに乗り込む。
「じゃあ、俺も立て込んでるんで仕事に戻る。
富樫、もろもろの事は頼んだぞ」
部長も同じくバスに乗り込む。振り向いてりおなに向かって何か言いたそうにしていたが運転席に引っ込む。
すぐにレトロなバスのエンジンが始動し走り出した。課長は体をかがめて窓越しにりおなに手を振り続けていた。
バスが走り去ってからりおなは両腕を上げ、胸を逸らしゴーグルを外した。
街路灯が無い公園で見上げる夜空は、ビロードの上に砂金をまいたように星が
「あの、『種』とか呼んどるやつ、誰か人間が操っとるかもしれんの?」
隣に立っているチーフに話しかける。
――考えにゃいけんこと、やることは相変わらず多そうだにゃーー。当面一番気になるんはそこじゃね。
質問と共に視線を向けると、チーフは答えを返す。
「恐らくは、個人的には可能性の一つ、と言いたいところですが。
ただ、りおなさんが考えているようなことはならないですし、させません」
チーフはりおなを見据え、いったん言葉を切る。
「りおなさんは『種』操っているのが人間だった場合、自分が倒さないといけないと考えてはいませんか?」
りおなは返事をしないが、表情で肯定の意思を伝える。
「
ですが、種を意図的に発生させているのが、生身の人間だったとしてもレイピアで倒してしまうというのはやはり避けるべきです。
やむを得ない場合も含めても、ソーイングレイピアは人を殺傷する武器ではありません」
「んじゃ、『種』出すやつ取るか壊すかしたら使ってるやつは、何もなしで帰すと?」
――それはそれで納得いかんけど。
病院の屋上でクラゲのヴァイスフィギュアに遭遇したとき、元のぬいぐるみの持ち主であろう車椅子の女の子は、これ以上ないくらい怯えていた。
放っておけば今後も被害は増えるだろう。
それを『種』の発生源だけりおなかチーフに渡すか、さもなくば壊してしまう。
――そんだけでチャラっちゅうんは、少しムシが良すぎるんじゃなかろか?
「まあ、りおなさんの心情を考えると、説得や訓戒、説諭だけで無罪放免というのは釈然としないでしょう。
ネコキックはやりすぎでも、往復ビンタとかボディーブローぐらいはアリだと思います。
でないと被害にあった持ち主の方や、『種』を植えつけられたぬいぐるみは泣き寝入りですからね」
ぬいぐるみの立場も考えるのは、さすがチーフといった所か。
「それでも改心しないようなら、課長に頼んで5分ほどハグしてもらいましょう」
「ああ、そりゃいいわ、相手ももう悪させんじゃろ」
「なんにせよ、課長からの連絡待ちですね。『種』から相手の手掛かわかったりをつかむ、それが一番の近道ですね」
「わかった」
「さて、そろそろ戻りましょう。夜露は体に毒ですし、夜更かしや睡眠不足はお肌の大敵です」
「うん、まっすぐ帰るわ」
チーフは携帯電話を操作し身体を小さく戻した。すぐさまりおなの差し出した手に飛び乗り指定席のネコ耳フードの中に入る。
「さて、帰るけ」
りおなは両足のアキレス腱を伸ばし、夜の公園を駆けた。
チーフはさらに続ける。
「少なくとも私は、いえ私達三人は何があってもりおなさんの味方です」
決意を込めた低い声は風に紛れりおなの耳には届かなかったが、チーフは満足だった。
最悪の、本当に最悪の場合手を汚すのは我々だ。そう心の中でつぶやきネクタイを締め直した。
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