破滅の種子
012-1 仲 間 anassociate
その日の晩りおなは、自室の窓を開け屋根に飛び移った。
ソーイングフェンサーに変身した時のりおなの動きは、猫のように俊敏かつ優雅だ。
屋根を伝い地面に下りるときでも、物音ひとつ立てない。
誰にも見られていないのを確認すると、りおなはチーフの同僚と合流するため、部屋で打ち合わせた場所へ駆け出す。
15分ほど走ると、りおなは小高い丘の頂上付近に着いた。
――去年の遠足の時以来じゃな。
江戸時代に、ここいら一帯を治めてた城があったとか説明聞いたけど、今は普通の公園じゃね。
この地域で、人通りが一番少ないからっていうのが、チーフが合流地点に選んだ理由らしいのう。
だが、例外的にだれか不良や妙なカップルが車で乗り付けて、たむろっている可能性があった。
りおなは慎重に辺りを見回し、首元のネコ耳フードに入れたチーフに声をかける。
「誰もおらんみたいじゃけど」
「はい、そのようですね。では二人を呼びます」
チーフはネコ耳フードの中で携帯電話を操作する。メールを打っているようだ。
「今連絡しましたので、間もなく来ます。
車道に現れますので、りおなさん少しお下がり下さい」
車道に、というのが気にはなったが、りおなはチーフに言われるままアスファルトの車道から出て、刈り込まれた草むらに入った。
ソーイングフェンサーになっている間、りおなが着けているゴーグルは非常に高性能だ。
――街路灯とか、明かりなくても普通に本とか読めそうじゃし、動いてる虫とかもはっきり見えるにゃ。本物の猫ってこんな感じなんかなーー。
不意にりおなの右側から、バスのクラクションの音が響いた。
反射的に、音がした方に顔を向けるが何も見えない。夜の
次の瞬間、車道に前触れなく
色は一定ではなく赤、青、緑、紫といたる所で絶えず変化している。
もう一度クラクションが鳴ると、靄の中から大きなバスが走ってきた。
車両の形は、フロントガラスの下が大きくせり出していて、車体のカラーリングがモスグリーン。塗装は小奇麗だがレトロなデザインだ。
20人乗りぐらいの中型のバスは、りおなの前で静かに停車した。
ドアを開け、窮屈そうに身体をかがめて出てきたのは巨漢の男だった。
いや、チーフの同僚というからには、りおなの目の前にいるのは業務用ぬいぐるみなのだろう。
――でっか! 身長190cmくらいか? 一瞬山かと思ったわ。
りおなにはその姿は小山のように映った。
小山の頂きには雪山の救助犬、セントバーナードの頭が載っている。その下には
下は太くて長い足、足元はりおなが履いているバスケットシューズに引けを取らないぐらい大きなローファーがあった。
――何も説明無かったら、犬のマスクしたレスラーにしか見えんのう。
りおなが、その巨体を無言で見上げていると相手がぬっと動く。
突然丸太のような太い腕が・りおなの身体を取り囲むように突き出され、声を上げる間もなくりおなの身体は1m程上に持ちあがる。
「よーーやく会えたわーー! ソーイングレイピアの持ち主ーー!
うーーん、もう想像してたよりずーーっと可愛いいいーーっ!」
巨体にふさわしい野太い声で、乙女のようなセリフを並べつつ、りおなを抱き上げて顔に激しい頬ずりをしかけてくる。
りおなはなすすべなく、目を閉じて唇を突き出しされるがままになっていた。
「もうそれぐらいにして、自己紹介したらどうです? 初対面でいきなり抱きつくのは少々不作法ですよ」
いつのまにか、ネコ耳フードから出て人間と同じサイズになったチーフが巨体に向かって注意する。
「あら、そう言えばそうだったわ。あんまりかわいいからつい抱きしめちゃった、ごめんなさいね」
そう言うと巨体のぬいぐるみ(?)は、りおなを熱い抱擁(客観的には巨漢がいたいけな女の子に問答無用でサバ折りしているように見える)から解放し地面に下ろした。
「改めて自己紹介するわね。私は総務部総務課の課長、寺田です。
こっちの富樫君の同僚、Rudiblium Capsaからやってきました。
普段は『課長』って呼んでね、今後ともよろしくお願いします」
やたらと高いテンションで告げられ、りおなの返事を待たずに、りおなの両手をごつい両腕で持ちぶんぶんと上下に振る。若干肩が痛い。
「富樫君から聞いてると思うけど、私の担当はスイーツよ。ヴァイスフィギュアとの戦いで疲れた体には、甘い物が一番だから楽しみにしててね」
「そうじゃないだろう、お前の担当は各システムのプログラミングだ。
菓子作りなんてもんは、ヒマな時にやるもんだろうが、全く……」
寺田と名乗った巨体の後ろから、何やら文句を言う声が聞こえてきた。バスの乗降口からもう一人現れる。
乗り付けてきたバスを運転してきたのだろう、制帽をかぶり紺色のスーツを着て白い手袋をはめている。
「ああ、お前か。トランスフォンとソーイングレイピアに選ばれた人間は」
りおなは、初対面で『お前』呼ばわりされたことで若干むすっとする。
が、運転手らしき服装をしたぬいぐるみは腹を突き出し、ふん、と鼻を鳴らす。
「なんだ? 思ったよりもだいぶ小さいじゃないか」
「そう……かな?」
りおなは、怒るよりもあきれて普通に返事をする。
自分の事を小さいと言った相手は、小柄なりおなよりもさらに身長が低い。
目算で147cm位だろうか、頭部はチーフや寺田と名乗った課長と同じく犬そのもの。
それもヨークシャーテリアで、真夜中だというのに、レノン風の丸いサングラスをかけている。
腹部は文字通りの太鼓腹、体形だけで言えば小太りの中年、といった感じだ。
「まあ、礼儀だ、一応名乗っておくか。
俺はRudibliumから来た、総務部総務課の部長、皆川だ。
担当は技術開発と、このバスの運転をやってる。
ま、せいぜい俺たちの足を引っ張るなよ、小娘」
――自分のが小っさいくせに、人のこと小娘呼ばわりするんかい。
こっちのでっかい課長はともかく、チーフとはえらい違いじゃな。
りおながなにも返事をせずに唇を尖らせていると、間に課長が入り場を収めだす。
「そんなこと言うもんじゃないわ、部長。
このバスをメンテナンスしてる間ずっと
『早く直してソーイングフェンサーに会いたい』
って言ってたじゃない」
「バッ……! 余計な事を言うな!」
完全に真上を見上げる形で部長が課長にがなる。
――ほう? どうやら口は悪いけんど、中身はそうでもないんけ。まあうまくつきあうか。
「あー、んじゃこっちも、自己紹介します。
ソーイングフェンサーをやっとる中学二年、大江りおなです。よろしくお願いします」
一応頭を下げる。
――二人とも課長、部長というくらいじゃけ、役職はチーフより上なんか?
ぬいぐるみ相手に敬語使わにゃいけんかのう。
すると、チーフが皆に告げるように説明を始めた。
「それでは時間も時間ですし今後の流れを説明します。
まず課長はヴァイスフィギュアや『種』の位置確認や誘導をお願いします。
それと並行して『種』を生み出している発生源の調査ですね、重要度はこちらが上でしょう」
「あー、ちょっと質問、『種』の発生源て何になるん?」
チーフは少し考え込むようなそぶりを見せるが、すぐに口を開く。
「できた経緯はともかく、明確な意志を持ってぬいぐるみをヴァイスフィギュアに変身させているのはRudibliumの住人か、あるいは」
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