011-1 絵 本 illustratedbook

「あー、つかれたーー」


 りおなは自分の部屋にたどり着くとそのままベッドに突っ伏した。


 ――しんどいわーー身体がすごく重く感じるわ。 

 それもそうか。一日に怪人フィギュア二匹もやっつけて、そんでから女の子の足の骨折まで治したんじゃから。

 やっぱし怪人やっつけんのは、テレビと同じで二週間に一匹ずつぐらいがいいなあ。

 あんときはなりゆきでやったけんど、こんなしんどいなら人のケガまでほいほい治すのは控えにゃいけん。


 チーフは、床に無造作に置かれた麻袋の中から出てりおなに話しかける。


「回復魔法は精神的消耗が激しいです。ましてやご自身のではなく、他の方の骨折ともなるとその消耗度合いは計り知れません」


「何? 説教? 今はもう聞いていらん」


 りおなは少々きつめにチーフに返す。疲労のせいか口調もなげやりだ。


「いえ、そんなつもりはありません。

 ただケガをした人を見るたび、治療を施していけばりおなさん自身の心身が疲弊します。くれぐれも乱用は控えて下さい」


「うーん、わったーー」


 りおなは顔を枕に押し付けて、足をバタバタさせながら返事をする。


「それでは、着替えて夕食を召し上がってください。体力回復には食事をとるのが一番です」


「うん」


 りおなはバッグの中から、トランスフォンを取り出し『クローゼット』のアイコンを開く。画面を左右ににスライドさせ服装の一つを選んだ。


「えーい、生着替えーー」


 人差し指を上から垂直に下ろし、トランスフォンの決定のアイコンをクリックする。

 りおなの身体が光り、服装が学校の制服からグレーのスゥエットの上下に瞬時に切り替わる、と同時に制服が宙にふわりと舞う。


「んにゃ~~~~」


 りおなは起き上がりながら、両手を突き出し大きく伸びをする。

 そのままの勢いでベッドから降りて階下のダイニングへ向かった。


 夕食を終えて部屋に戻ると、チーフが机の上に彼専用のプレハブにこもっていた。

 ベッドの上に散乱していた、りおなの制服はハンガーに吊るし壁に掛けてある。

 プレハブのドアをノックすると、すぐにドアを開け顔を出す。


「はい?」


 いつも通りスーツの上着を脱ぎ、ドアを開ける前にネクタイを締め直したようだ。

 初めてあった時、りおなが手縫いで治したのとは違い、のりの効いたシャツを着ている。


「ごはん持ってきたけど、食べる?」


 刺身の醤油皿に、白米と肉を少々取り分けたのをチーフに見せる。


「ああ、これはどうも。遠慮なくいただきます」


 ――りおなからすれば小皿じゃけど、チーフからするとワンプレートじゃろ。


「今夜はなんかやるっと?」


「そうですね、『エムクマとはりこグマ』を読むのもいいですが、今夜は勉強にしますか」


 自前のプレハブからテーブルと椅子を出し、自分のサイズに合ったフォークで夕食を食べながらチーフは提案する。


「えーー、べんきょうーーーー」


 りおなは露骨に下唇を突き出す。


「ソーイングフェンサーを任されたとたんに成績が下がったとあっては一大事ですから」


 ――ソーイングフェンサーの方はやめれんのか。

 内申書に

『変身アイドルのし過ぎです。家庭内でも変身アイドルはひかえるよう、お子さんに指導してください』

 とか書かれたら、コイツと先生とりおなで三者面談確定じゃし。



「ごちそうさまです」


 食べ終わると、チーフは皿に向かって律儀に合掌する。


「ではりおなさん、教科書やノートを出して下さい。復習をおさらいします」


ーーーーーーーー」


 りおなは不承不承といった感じで、バッグから教科書やノートを出し自分の机に広げる。


「それでは今の私のサイズでは不便ですので、大きさを変えますね」


 そう言うと、チーフはりおなの机を飛び下りると自前の携帯電話を操作した。

 次の瞬間、チーフの身体が急激に大きくなった。


 身長は175cm位、その変化が急すぎて反射的にりおなは

「うぉう!」

 と声を上げ、あわてて口を押える。

 あまり騒いで家族に怪しまれるのは絶対に避けたい。


「あんた、なにしよっと?」

 ――一応は知ってたけど、改めて見るとびっくりするにゃあ。


 声を潜めて抗議するが、当のチーフは意にも介さない。


「小さいままだと、手間がかかりますのでサイズを変更しました。何か問題でも?」


「いや、なんも」


 りおなは若干ふてりだす。

 ――今までネコ耳フードとか、麻袋にすっぽり入ってたぬいぐるみに見下ろされるんはなんとなく面白くないにゃあ、まあいいけど。


「では始めましょう、お座りください」


 チーフは机の上の自分のプレハブを、机の上から退去させる。

 代わりに机の上の椅子を同様に、携帯電話を操作して大きくしたあと腰かける。 

 りおながふとチーフの足元に目をやると、スリッパのデザインまで“LONG PUPPY”のロゴが入っていた。

 それを見たりおなは、少し思考が停止する。


 ――どんだけ好きなんじゃ“LONG PUPPY”―――


 小一時間ほど、数学と英語の復習を見てもらう。

 教え方がいいのか声の調子がそうさせるのか、りおなは睡魔に襲われる事もなく個人授業を受けていた。


「今日は色々ありましたし、これくらいにしましょうか」


 チーフは、左手の腕時計に目をやってりおなに告げる。

 りおなは椅子にのけぞり、天井に向けて大きく息をつく。


 ――変身アイドルやりながらの、中学生生活はなかなか大変じゃーー。


 さっそくトランスフォンを操作し、大きなブリキバケツを出現させた。小袋に入ったチョコレートを何個か物色しだす。


「そういえば『エムクマとはりこグマ』って絵本じゃけど」


 チョコレートを食べながらチーフに質問する。


「はい」


 チーフはりおなのノートに、何か書き込みながら目線を合わさずに返事をする。

 このぬいぐるみは、基本的に手を休めるという事をしない。


「あの絵本流行っとるの? 病院の屋上にいた子も持っとったけんど」


「どうでしょうね、今は知っている人は知っているぐらいでしょうか。

 マグナバーガーや、コンビニエンスストアでコラボした商品は現段階でも多数出ています。認知度が高くなるのはそうかからないはずですね」


「コンビニでも?」


「はい、基本のはちのすワッフルは同じです。

 ですがアレンジメニューというべきお菓子。

 はちのこマシュマロと、パインヨーグルト味のさなぎグミなどが販売されていますね」


「…………」


 りおなは言葉を失う。

 ――聞いただけで、買うどころか見る気も失せるわ。


「そんな変なもん買う人いんの?」


「はい、昆虫好きの男子小学生や、いわゆるキモカワ好きの女子高生などからマニアックな人気がある模様です。

 はちのすワッフルのくぼみに一つずつはめ込んで、携帯電話で撮影してから食べるのが流行りのようですね。


 さすがにマグナバーガーでは、見た目の問題もありますからはちのこマシュマロやさなぎグミは販売せずに、ワッフルの種類を増やして、違いを楽しんでもらおうとする販売戦略のようですね。


 草原のはちのすワッフルを基本として、卵たっぷりでふわふわしたのが

『陽だまりのはちのすワッフル』。

 ブランを入れた堅い食感のものが

『もりのはちのすワッフル』

とバリエーションが豊富です。

 まさに適材適所というか、販売戦略における適応放散と言えますね」

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