009-2

 市街地を模した仮想空間で対戦が始まると、りおなはアバター同士の理不尽ともいえる戦力差に驚いた。


 ――りおなはソーイングフェンサーとして実際に戦っとるし。

 何よりこのシミュレーションは、一回プレイしてコツはつかんどるけんね。

 二人には悪いけどゲームだからって手加減せんけん、覚悟しい。

 ふっふっふーー。


 などと、意地の悪い笑みを胸の内で浮かべていた矢先だった。


 二人のアバターの攻撃が、自分のそれと明らかに違っていた。

 しおりのアバターは変身アイドルなどでおなじみ、ステレオタイプと言っても差し支えない杖を装備した。

 杖を一振りするたびに、アバターの前方に扇状に広がる炎を繰り出す。

いわゆる範囲攻撃という種類のものだ。


 慌てて距離を置くと、今度はバスケットボール大の火の玉が放物線をを描いて飛んできて、着地したとたんに巨大な火柱が上がる。


 ルミのアバターは自身の身長ほどもある長剣を装備している。

 ただ振り回しているだけでもりおなのアバター、ソーイングレイピアのリーチを軽く上回っていた。

 こちらも距離を置いた途端、唐竹割からたけわりに振られた剣から直線状に降り注ぐ稲妻で追撃される。


 りおなのアバターは、二人の猛攻を受け瞬殺された。

 両ひざをついた後力無く地面に突っ伏す。

 やがて一対一の闘いになり、ルミが初戦を勝ち取った。


「けっこう面白いね」


「それにしても、りおな弱くない?」


 無邪気に喜ぶ二人だが、かませ犬のように攻撃を食らったりおなは面白いはずがない。怒りの矛先は当然チーフに向かう。


「あー!なんか、マユゲ書きたくなってきたなー!!!」


 声量は大きくないが怒気をはらんだ口調で言う。


「どうしたの急に」

 と、友人たちは不思議がるが、その意味を知るチーフは麻袋の中でびくっと体を震わす。

その様子を見たりおなは少しだけ溜飲を下げる。


 ――基本的に争い事とかモメゴトは嫌いじゃけど、勝負事じゃと話が別やけん。

 負けることはだいっきらいじゃからね。生まれ持った性分だきゃーーどうにもならん。

 シミュレーションのバランスが悪過ぎようが関係ないし。


 チーフのメールによれば、移動や回避を使いこなせば勝てるはずだ。

 友達二人に対してではなく、チーフに向けて闘志を燃やしだした。

 それは結局チーフの思う壺なのだが、当のりおなは自分が焚き付けられている事に全く気付いていなかった。


 りおなは先程のメニュー画面で見た移動、回避のスキルと発動のボタン操作を脳内で再生する。

 何種類かあったが、順に使っていけばどれが有効かわかるだろう。


「んじゃもっかいやろ」


 しおりの一声で具体的な作戦も立たない内に第二戦が始まる。

 しおりとルミの狙いはこの中で一番弱いアバター、つまりはりおなだ。

 二人とも開始直後から先を争うように、りおなのアバターに向かって距離を詰めだす。


 ――二人の攻撃スキルはしおりが範囲、ルミがリーチでりおなのんより勝ってる。

 それに比べるとりおなの強みは、この場合は移動と回避、つまりは脚じゃ。 

 一回目はそっこーでやられたけんど。なんも見とらんわけでないけんね。

 両方とも攻撃力は高いけど種類はそう多くは無い、あっても4~5種類じゃろ。


 ――二人の性格とプレイ時間からして、なんかしらの隠し玉を持っているとも思えんし。


 りおなは相手のアバターの技が届かない距離で、試しに『チーターストライド』を使ってみた。

 その途端、アバターの移動した後に流れるような残像が現れ、実際の移動速度も格段に上がる。


 技を発動させると、画面下に黄色いバーが現れ時間とともに減少する。

 おそらくこれが制限時間だろう。バーが尽きると元の速度に戻った。


 続けて『ピューマステップ』を使うと移動速度が若干落ち、大股でぴょんぴょん跳ぶように移動する。

 そこへしおりのアバターが攻撃を仕掛けて来た。

 杖を横に払うと帯状に炎が放出される。炎の射程外にジャンプで逃れると、ジャンプ時の高度、滞空時間、飛距離が格段に増加するのが解った。


 一戦目と違い、攻撃が当たらずしおりは悔しがる。

 それに対してりおなは

 『当たらなければどうという事は無い』

 と心の中でつぶやく。


 ――公共の場で言うと『かわいそうな子』確定やけ、心の中だけで言わしてもらうわ。


 着地点近くにはルミが待ち構えていた。

 間髪を入れず『ステルスステップ』を使うとりおなのアバターが半透明になった。画面下にはごく短いバーが現れる。


「あれ? りおないなくなったよ!」とゲーム画面をのぞき込みながらルミが騒ぎ出す。

 ――反応から察すると、ちょっとの時間だけ相手から見えんくなるみたいじゃな。

 思った通り、効果が切れるんはあっという間じゃな。これは使いどころを間違わんかったら実戦で有利に戦えるわ。


「りおなさっきからズルいよ!」


「そうだよ、逃げたり隠れたりしないで正々堂々と戦えー!」


 ゲーム機に視線を落としながら二人は文句を言う。それに対してりおなは

「勝負の世界は非情じゃけん」

 と、まるで取り合わない。


 ――確認はしとらんけど、恐らくしおりとルミ両方のアバターにも、りおなのとの同じ移動用のスキルが実装されてるんじゃろな。

 もしそうでも教える義務はないけん、第一これはりおなの訓練やけ。


 もっともその考え方は、たださっきのリベンジを二人にしたいだけなのだが。


 例えば、お菓子の買い出しに誰が行くかを決めるのに、いわゆる『爆弾男』ゲームで対戦する場合。

 負けが込んでくると、頭蓋骨を模したパネルを自分で取ったうえで、自分以外の対戦相手にわざと触れて、マイナス効果をなすりつけ合うのが恒例になっている三人だ。


 操作方法を知らない方が悪い、とりおなはゲーム画面から目を離さず、口の端を吊り上げ小悪魔の笑みを浮かべる。


 ――他にも相手の攻撃範囲がわかる『ライオンズアイ』。

 そんでから相手に気配を悟られなくする『ハイドステップ』、直接攻撃を回避する『アボイダンスステップ』か。実践でも遠慮なく使わしてもらうわ。

 問題はこの状態でどう勝つかじゃね。


 移動や回避のスキルを使えば、二人がかりの攻撃の大部分が直撃を受けずに済むのは解ったが、それだけでは決め手に欠ける。


 以前のシミュレーションでは有効だった、足止め用の技が今回はほとんど効かない。

 その上、技を何とか当ててもすぐに解除される。

 おまけにいつもの対戦ゲームなら三つ巴になるのが恒例なのに、今日に限って一対二の構図になっていた。

 負けてもペナルティは何もないとわかっていても、負けたくないのが人のさがである。


 膠着こうちゃく状態を打破しようとして、りおなが使ったのは移動、回避の項目の最後に入っていた『ネコキック』という技だった。

 ――なんじゃこれ、移動、回避のカテゴリに入っちゅう意味がいまいちよく解らんけど、ここに入ってるってことは移動技なんじゃろ?

 んじゃ、試しに――――


 コマンドを選択すると、近くにいたしおりのアバターへ猛然と突っ込んでいった。

 しおりが反応する間もなく、りおなのアバターは体をかがめて跳びかかる。


 次の瞬間、りおなのアバターの両足がしおりのアバターの顔と胸に触れた。

 かと思うと、今までにないほどハデな効果音とエフェクトが起こった。

 しおりのアバターも、エフェクトと同じくらいハデに吹っ飛ばされた。


「…………」


 三人の間に何とも言えない沈黙が広がる。

 りおなにとっての移動や回避の特技の予習、二人にとっては対戦アクションゲームの体験版の勝敗の行方はことのほかあっさり終わる。


 りおなのアバターが繰り出した『ネコキック』の威力できょうが削がれてしまいなんとなくうやむやになってしまった。

 そうなると女子の切り替えは早い。


 三人はゲームの事はきれいさっぱり忘れたように、ゲーム機の電源を落とし伸びやあくびをし、同じ体勢を取り続けて固まった身体をほぐした。

 その後ははちのすワッフルと飲み物が尽きるまで、三人は井戸端会議に花を咲かせた。


 はちのすワッフルは売れ行きが好評なので、マグナだけでなくコンビニとも提携して販売を開始する事。

 それとはちのすワッフルにちなんだ変なお菓子が、作者公認のもと関連商品として売り出す予定という事。


 都市伝説で、人の言葉を話すガラの悪い兎から変な卵を渡されそうになった、というのがネットで少し広まっている事。

 女子同士での話題は尽きることが無かったが、店員の視線が少し痛くなってきたのを肌で感じ取り、三人はトレーを回収する棚に下げ、マグナバーガーを後にした。



「あのゲーム、バランス悪くない?」


 とルミ。言うまでもなく、さっきの『ネコキック』の話だろう。しおりの気持ちをルミが代弁する。


「あー、なんか開発中じゃけ、技の威力とかバラバラなんじゃろ」


 りおなからすればソーイングフェンサーが使える技を事前に知っておくためのツールだ。ゲーム内で大技を連発してひんしゅくを買い、友達をなくすのは避けたい。

 女子中学生にとって教室内での人間関係とは非常に重要なのだ。


「作った人に話してバランス調整してもらうけ、今度新しいの来たらそれで対戦しよ」


 りおなが二人に手を振って見送る。

 気が付くとバッグにカラビナで留めてある、“LONG PUPPY”のロゴが入った麻袋からチーフが顔と両手を出している。彼のいつもの定位置だ。

 繁華街を抜けて人通りが少なくなると、りおなは先程の一件について尋ねる。


「あの『ネコキック』ってなんじゃの? みんな引くぐらい吹っ飛んだけんじょ」


 現実対比なら優に15m程、テレビの罰ゲームの人間大砲のようにしおりのアバターは吹き飛ばされた。


「移動やらよける技の中にあんな攻撃技入れたらいかんじゃろ」


「いえ、『ネコキック』は敵を蹴りで吹き飛ばし、そのまま数秒行動不能にするれっきとした回避技です」

 チーフはきっぱりと言い放つ。


「それはそうなんじゃろうけど、あの技練習できるやつもっちょいバランス良くしてくれん? あれだと友達無くすけ」


「わかりました、次は魔法を有効に使えるカリキュラムを組んだのをダウンロードします。

 今回のは少し技巧に走り過ぎたきらいがありましたね。実戦ならまだしもご友人の方と訓練するには不向きな内容でした」


 それはそうだろう。移動スピードやジャンプ力を跳ね上げて逃げ隠れしつつ攻撃されて、挙句に蹴り技を食らって吹き飛ばされれば現実のケンカになりかねない。


「ああそうだ、あと『ネコキック』についての補足ですが」


「うん、何?」


「『ネコキック』は発動すると通常攻撃の4倍の威力があります。

 『えぐる』の2,5倍よりさらに威力が高いので物理攻撃に関してはかなり強い部類に入りますね」


 どこから突っ込んでいいのかわからないのでりおなは

「………やっぱり攻撃技じゃんか」とだけ返した。


 今の話題を忘れたようにチーフはりおなに話しかける。


「見て下さいりおなさん、夕陽がきれいですよ」


 チーフが指さす方向を見ると、確かにビルとビルの間に吸い込まれるように陽が落ちていく。ゲーム画面を見続けたりおなは何度か夕陽に向かってまばたきをくり返し


「あー、あしたも晴れるといいな」と誰に言うともなくつぶやく。それを受けてチーフは特に何を返すでもなく目を閉じる。



 りおなが住む街はゆっくりと夜を迎えようとしていた。


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