003-1 襲 撃 assault
すっかり日も暮れ、街中に灯りが点々とついた。
不規則に明滅する街路灯の下を走り抜けると、心の不安は否応なく増す。
雑居ビル街のごみごみした細い路地に入ると、りおなは荒い
しかしあまりの恐怖で、一旦乱れた呼吸は容易には戻らない。
「あれが、ヴァイスフィギュア。人間界を脅かす存在です」
「フィギュア……も動く……の?」呼吸を整えつつ確認する。
「我々のように生命を与えられているわけではなく、負の精神エネルギーで動く仮初めの命を持つ人形です」
チーフはりおなの手を離れ、近くのポリバケツへ飛び移る。
「情報の海。
こちらではインターネットと呼ばれる情報空間に生成される、
そのマイナスの精神エネルギーを注入された、忌まわしきソフトビニール人形です。
今現れたのは、サージェントフロッグマンというモデルで、跳躍力に優れ比較的知能が高く人語を解しますが、いかんせん話が通じません」
チーフは普段通り淡々と説明する。
「……どうやったら帰ってくれる?」
無駄だと知りながら、りおなは一応聞いてみた。
「トランスフォンを渡せ、という向こうの要求には応じられません。
変身した上で、ソーイングレイピアによる迎撃が一番有効です。
トランスフォンに今からいう番号をコールすれば、サービスセンターの担当につながります。そこでの音声ガイドに従って下さい。
ソーイングフェンサーに変身すれば、レイピアの能力を最大限に引き出せます」
一方公園では、りおな達から目くらましの奇襲を受けた緑色の異形、サージェントフロッグマンがいた。
フラッシュを受けた視力が回復してきた。
回収すべき物、あの小さい女が持っていた丸い物だ。
あれを奪って、命令を受けたマスターに渡せばいいだけだ。
だが、当初受けた命令とは別に、フロッグマンは自身の内側から怒りや憎悪が湧き出していくのを感じていた。
ただの小娘と油断して、不意打ちを受けたというだけでは説明できない。
それとは原因を
頭を左右に振り最初に受けた命令、目的を確認する。
公園を出たフロッグマンは軽く目を閉じ、意識を内に集中させる。
自分が回収すべき物、トランスフォンの位置を特定するためだ。
自分にはそのような能力が備わっている。という認識はあるがそれに対して喜びも何も感じたりはしない。
命令が与えられれば遂行し、外部からの刺激に対しては怒りか憎悪しか抱かない。ヴァイスフィギュアとはそんな悲しい存在だった。
そんな怪物に追われる身となった女子中学生、大江りおなはまだ迷っていた。
――今の今この場をなんとかやり過ごしても、直接解決はせんじゃろなあ。
4~5歳の子供だったら、なんも疑わんで変身するんじゃろけど。自分の慎重さが今は恨めしいにゃあ。
「やっぱりやらなあきまへんか?」わざとふざけて聞いてみた。
「あきまへんなぁ」
チーフは申し訳なさそうにしながらも、それでも即答する。
りおなは一つ息を吐く。
「よし、やるか」
りおなは唇を引き結んだ。
――事情を聞かされても分からんもんは分からん。じゃったら引き受けて切り抜けるしかないじゃろ。
チーフは、神妙な顔つきで心持ち声を低くする。
「もう奴は近くまで来ているかもしれません。先んじて変身して迎え撃ちましょう」
りおなもつられて無言で頷く。
トランスフォンの画面を操作して、チーフに言われた番号を打ち込んだ。コールボタンを押して右耳に当てる。
聞きなれたコール音がやけに長く感じた。
りおなは一秒でも早くサービスセンターの担当者が出てくれるように、目をぎゅっとつむって祈った。
一方で、チーフはどこからか電話がかかってきたのか、スーツのズボンから自分の携帯を取り出した。
もう片方の手を、やおらズボンのポケットに突っ込んでコールボタンを押す。
そしておもむろに
【はい、こちらコールセンター!】
と声高に告げる。
【――――って、アンタが出よっと!!?】
今日一番の驚きだった。
思わず、というより脊髄反射レベルで声が出る。
同じく反射的に、左手でチーフのネクタイをつまんで引っ張り上げる。
次の瞬間、ズシャッという衝撃音が頭上に響く。
振り向くと一番見つかりたくない相手がそこにいる。
ヴァイスフィギュアのフロッグマンが、雑居ビルの屋上、鉄柵から身を乗り出していた。
緑色の偉業は一言だけ発する。
「見つけた」
りおなはチーフを力任せにつかみ、
【もーー!!! 敵が来る前こっそり変身しようって言ったのアンタじゃろ!? 何やっとうと!?】
雑居ビルのすきまを出て走りながら、トランスフォンを耳に当てりおなは怒鳴りつける。
【申し訳ないです。なにぶん人手不足でして、私がオペレーターも兼任しています】
【こんな非常時にツッコミ入れさすなっ!!
っていうか、こんな近距離でケータイで話しよるし!!】
そのやり取りを真上から見下ろし、フロッグマンは追跡を開始する。
見失わないように標的を注視しながら、ビルの屋上から地面へ苦も無く飛び降りる。
変身されては目的を達成するのが難しくなる。フロッグマンは逃げ惑う目標の前めがけて跳躍した。
――あのジャンプ力だったら簡単に時間稼ぎはできん。早くどっかで――――
次の瞬間、りおなの目の前に緑色の大きな塊が降ってきた。衝撃音がビルの間に響く。
「これが最後のチャンスだ。その携帯をよこせ」耳障りな声で要求してきた。
りおなは身構えつつ、チーフに教わった文言をトランスフォンに叫ぶ。
「ファースト・イシューイクイップ・ドレスアップ!!!」
音声に合わせてチーフが自分の携帯のボタンを押してデータを転送した。
りおなの足元、アスファルトに直径50cm程の丸い図形が十個現れた。
地面から上空に向かって、光がりおなの体をすり抜けるように放たれる。
フロッグマンは思わず腕で両目をガードした。
次の瞬間、りおなは奇妙な衣装に身を包み、ソーイングレイピアを操る魔法少女、ソーイングフェンサーに変身した。
最初は何が起こったのか、りおなには解らなかった。
チーフに言われたとおりの文言を携帯に向かって唱えた瞬間、下からライトのような強い光を浴びせられた。
――アニメとかでは一分以上かかるんじゃがのう。
いきなり視界が薄いブルーに染まる。顔の上半分を覆う大きなゴーグルを着けていた。
右手に目をやるとトランスフォンではなく、ソーイングレイピアを握っている。
両手にはレザー製の黒い指なしグローブ。
目線を下にやると黒いレザースカートの下に赤いギンガムチェックのミニスカートを穿いている。トランスフォンは専用のポーチに入っていた。剣針などのホルダーなども付いている。
足元は普段履いているローファーではなく、NBA選手のような大振りのバスケットシューズ。
頭の上に違和感を覚えたので軽く揺らすと、ツインテールの結び目にひときわ目立ちそうな、大仰なネコ耳バレッタが着けられていた。
だが、今のりおなに身なりを気にする余裕は無い。
レイピアを握りしめ見よう見まねで眼前の敵、サージェントフロッグマンに正対し構える。
「やった! 成功です!」チーフが歓声を上げた。
「えっ」りおなは左手に持ったままのチーフに目をやる。
「いえ、何も」チーフは何事も無かったように、りおなから顔を背けた。
「今、なに
無意識に彼を持つ手に力が入る。
チーフの身体をギリギリと締め上げながら、彼ののど元にレイピアの切っ先を当てた。
「あっ! ああっ! りおなさん! ヴァイスフィギュアが近づいています! 早く倒さないと……」
チーフに注意を促されたりおなは、頬を膨らませた。
チーフを、首元についた白地で内側が赤いフードに(これにもネコ耳が付いていた)放り込んだ。
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