思春期のディスコード

松江塚利樹

(1)

 スタンドのざわめきが歓声に変わった。突き抜けるように澄みきった青い空の下に生える鮮やかな緑のグラウンドへ、赤と白、それぞれのユニフォームを身に着けた選手たちが飛び出し、両チームのイレブンはセンターラインを挟んで整列した。満席ではないが、中学生サッカー地区予選の決勝戦ともあって、両スタンドからの応援は一際熱がこもり、割れんばかりの拍手とエールがフィールド上の選手に向かって送り続けられている。

 赤のユニフォームに身を固めた私立城北学園は、キャプテンのエースストライカー工藤雄二を中心に順調に勝ち進んできた。城北は古くからのサッカーの名門校として名高く、これまでにも何度となく全国中学校サッカー大会への切符を手にしている実績も持ち備えている。

 今期においても優勝候補の一角に上げられ、特に今年はセンターフォワードの工藤の活躍が目覚しく、対戦相手の追随を許さない俊足と鍛え上げられた足腰のバネが生み出すシュートから、今大会においてトップクラスの得点率を上げている。客席の中には、工藤の実力に目をつけ、来たる高校進学の時期を狙い、我が校のサッカー部に引き抜こうとするいくつものスカウトの目が光っている。ただ、彼の実力ゆえに独断的なプレイが目立ち、一方では「今の城北は工藤のワンマンチームにすぎない」と非難の声を浴びせられることも少なくない。

 対するは県立相模北中学。長い地区予選の歴史においてはさほど目立った活躍もない学校だったが、ここ数年メキメキと実力を伸ばし、他校との練習試合において着実に勝ち星を挙げていることから一目置かれているチームである。それというのも、3年ほど前にサッカー部顧問が変わり、新たに着任した体育教諭清水の熱心且つ適切な指導によるところが大きい。清水自信も学生時代サッカーに打ち込み、国立のグラウンドに立つことを夢見て精進してきた経歴を持っていることから、教員になった今でも少年サッカーに向ける思いは人一倍強い。弱小の部類に属していた相模北中学サッカー部を一から育て上げ、選手各自の個性を的確に把握したチーム作りを経て、今日のような攻守共にバランスの取れたチームを作り上げた。

 そして今年いよいよ地区予選結晶までコマを進め、後一歩で全国というところまで近づくことができた。監督者である清水にとっても節目となる大切な試合、ベンチから見守る彼の拳にも力が入る。

 「工藤だ。工藤を抑えればこっちのペースに持っていける」

決勝戦前、清水はイレブンにそう告げた。今の城北は攻撃面では工藤を中心に動いている。その基盤となるキーパーソン工藤にボールを回さないよう動きを封じ込めれば、城北の連携を崩すことができる、そう彼は考えていた。

 試合前、両チームの挨拶とコイントスが終わり、各選手はグラウンド中に散っていった。いよいよ試合開始だ。

 「おいっ! 真也……ポジションに着け!」

相模北のフォワード杉山は、まだセンターライン上に突っ立っているバックスの広崎真也にポジションに着くよう指示を飛ばし、「ああ」とはっと我に返った彼を横目に「ボサっとするなよ」と捨て台詞を残して足早に立ち去って行った。

 「やばいやばい」と真也は瞬間目をつぶり、まぶたに手を当ててブルブルと顔を振った。こんな大事な時にぼんやりするなんて……。ここで気を引き締めなければ、今までの努力が水の泡だ。あと一つ、あと一つ勝てば、憧れの全国大会のグラウンドに立てるんだ。そして、そして……。

 顔を上げカッと見開かれた真也の瞳の奥には、ただ一点、スタンドからグラウンドを見下ろす一人の女生徒の姿を映し出していた。(続く)

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