擬人化娘達と行く異世界道中

森田ムラサメ

第1話 終わりと始まり

俺こと、守野青葉はその日も特にすることもなく一日を自室で過ごしていた。



 外は快晴。嫌気がするほどに強い太陽光が窓を通して机に差し込んでいる。こんなに明るいのに照明は全力で部屋に光を送っていて、昔なら電気代がもったいないとかなんとか言って消しただろうが、自分の過ごしてきた無駄な時間に比べれば大したことはないと点けっぱなしになっている。地球環境の敵だ。




 そんな時事件は起こった。


 注いであった麦茶が勢いよく今度はPCに注がれた。最悪だ。といってもここ最近使いづらく感じてきたころだったこともあり、俺はこの日久しぶりに外へ出ること決めた。長い間使ってない金もあるし、時間は誰よりも多く持っている。


 なぜ今まで引きこもっていたのに今頃になって家を出ようと思ったのかは自分でもわからない。まあ、気休めにはなるかもしれないが。



 久しぶりに出た外は大分変っているのではと少し期待してドアを開けるとそこには前と何の変化もない退屈な住宅街が広がっていた。


 隣の家の人に目が合う。向こうは哀れな目で俺を見るが軽く睨むだけですぐに視線をそらした。なんとなく気まずいので声をかけることにした。スマイル大事だ。そして長い間笑っていない衰弱した表情筋をフル活用して話しかける。


「あ、暑いですねー」

「……」


 すると隣人は何事もなかったようにスルーして家の中へ帰っていった。


 なんだよ、あのババア。なんて悪態をつくわけでもなくなんとなく傷ついて少しテンションが下がった。ここで言い返すようなバカではない。


 ここから、駅に向かい電車に乗って家電の街へ。久々に外に出たせいでこれだけのことに大分緊張している。なにせ、ここ何年か人とまともに会話していないのだから仕方ない。さっきも無視されたばかりだ。


 ここから駅まではそんなに距離があるわけではないが途中に大きな道路がある。小学生ぐらいの頃はよくスリルを味わうために歩道橋を使わずに渡ったりしたもんだが今となっては渡り終わる頃には車に轢かれてミンチになっているだろう。


 しかし、実際に来てみると時刻は真昼。当然小学生などいなかった。


 歩道橋を渡り、反対側につくと階段のせいで息切れしていた。何とも情けないことだ。


 さて、あとは少しばかり歩けば駅に着く。

 しかし、ここで気付いた。財布忘れた。急いで帰るために車道を渡ることにしよう。幸い前に自転車に乗った婆さんがいた。これの後に続くことにしよう。


 婆さんが自転車をこぎだすと俺も後に続いた。しかしだ、真ん中ぐらいまで差し掛かると婆さんがよろけて倒れた。何も考えていない俺もそれに巻き込まれて倒れてしまう。不味いことになった。昔転んで車に轢かれそうになった記憶がフラッシュバックする。おっかない、昔から馬鹿な奴だった。



 当然、歩行者など想定されていない道路には車が走っている。だが、昼間時。自動車の数は少なかった。ちょうどこの車線に一台大きなトラックがいるだけで。死にそうになると人間はゆっくりとした時間の流れを感じるらしいがこれは本当だ。


 俺だけでも助かろうと体を起こしたとき婆さんの自転車のカゴに買い物リストを見つけた。書かれているものは、『リョウくんの誕生日プレゼント』。どうやら俺んちの近くのおもちゃ屋を目指しているようだ。


 一瞬で脳の回転がマックスに達する。ははーん、それで急いでいたのか。孫の誕生日プレゼントなのだろう。


(俺なんかより……)


 ふとそんな思いが過ると最後の力を振り絞って婆さんを押した。少し荒っぽいがこれで車道から外れたはずだ。


 あとは俺が逃げればいいだけ。そう思い顔をあげるとそこにはすごいスピードで迫ってくるトラックがいた。当然普段から動いていない人間が立ち上がることが出来る訳もなく――――。



 メキメキという感じの音がして俺の体は空を飛んだ。不思議と痛みは感じない。すぐに地面に叩き付けられると、急に瞼が重くなってきた。薄れゆく景色の中婆さんがゆっくりと立ち上がり俺に近付いてくるのを見届けると俺はそこで息絶えた。


 死に顔は自分なりの最高の笑顔で。十人いたら三人は気持ち悪いと思うような笑顔だがこれでいいだろう。PCも壊れていてデータ削除の必要もなし。


 これで俺の短い人生も幕引き――――――。






 のはずだった。なのにどうしてか意識が戻った。


「ん、ここは?」

「ようこそ、アオバ」


 どこからか、中性的な声がした。女性とも男性ともとれる声。


「どうして、俺の名前を……」

「それは、ボクが神様だからだよ」

「神、様?」

「そう。この世界の創始者でいてすべての生物の生みの親だ」

「あ、もしかしてこれ異世界へ行ってみないか的な流れですか?」

「おお、話が早くて助かる。最近、どうも説明がめんどくさくてね」


 そんなことで神という職業は務まるレベルなのだろうか。まあ、そんなことは置いといて。


「で、異世界というのはどんな世界ですか」

「うーんと、前の世界とは全く違う原理で全てが成り立っている剣と魔法の世界かな」

「よし、決めた異世界に行ってやろうじゃないか」

「物わかりのいい人間だ。しかし、そのまま向こうに行ってはきっと数時間もしないうちにまた死ぬだろう」

「だろうな、見ての通りの駄目ニートだ」

「そこでだ、一つ能力を授けよう。おそらくどれをとってもかなり便利に暮らすことができるだろうがな」

「それはありがたい」

「はいこれ」

「これは?」


 それは何の変哲もないただのサイコロだった。


「ちょっとまった、これじゃあ六個からしか選べないじゃないか」

「いや、これはだな『戦闘』『生活』『職業』『時間』『スペシャル』と……」

「と?」

「『ハズレ』の六つのジャンルが選べるだけで、そこから先は基本的にランダムなんだ」

「ほう、で。『スペシャル』はなんなんだ?」

「それは……」

「それは?」


 あまりに焦らされるのでゴクリとのどを鳴らした。空間に緊張一色の空気が漂う。


「それは……」

「……」

「ボクにもわからない」

「なんで、溜めたんだよ少しは自重しろよ」

「う、すいませんでした」

「まあ、早速転がそう」

「はい、どうぞ」

「それ!」


 サイコロは軽く転がりすぐに回転をやめた。もっとこう、すごい転がってダイナミックにバーンとなるのが俺の予想だったんだけど


「こ、これは」

「これは?」

「『ハズレ』だね」

「おい、さっきのことは忘れてないよな?」

「も、もちろん」

「なら、もう一度回させてくれてもいいよな?」

「そ、それとこれとは……」

「んー、聞こえないなあ。もっとちゃんと話してくれないと」

「なら最後の一回ですよ」

「よっしゃ。それ!」

「もう、次はないですからね」

「お、これぞダイナミックにバーンだ」

「無視……。それになんて低い語彙力」


 今度は勢いよく回ってサイコロは回転を止めた。上を向いている面は金の文字で彫られた『スペシャル』だった。やっぱりダイナミックにバーンだ。


「おっし!」

「それでは、能力の鑑定をしてみますね。地面に手を置いてください」

「こうか?」

「はい、そのままキープして」


「わかりました」

「なんだ?」

「これは……」

「もう、このくだりはいいから」

「はい……どうやら、ユニークスキル『擬人化』らしいです」

「擬人化だと!?」

「擬人化ですが!?」

「ですが?」

「乗ってみただけです」

「……」

「あれ、面白くなかったですか?」

「もういいから、異世界に送ってくれよ」

「はいはい。それじゃあ、お元気で」

「おう」


 するといきなり体が光に包まれた。どうやらやっと連れて行って貰えるようだ。


「あ、言葉とかって大丈夫なのか」

「うん、どうせ君しか送らないと思うから公用語は日本語にして誰もが使えるようにしておくよ」

「おう、ありがとうな」

「いえいえ。あ、目標とかないんで自由にどうぞ。あ、体力とか平均ぐらいにはしておきましたからー」


 その言葉を聞き取ると俺の体はすぐに消えてしまった。

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