異世界勇者認定試験面接係

T村

プロローグ

魔王は今日五人目なんですよね

 異世界勇者! それは世界に危機が迫り、なおかつああもうこれ自分たちじゃどうしようもないっすとなった時に異世界からさっそうと現れ世界を救っていく、皆の憧れのヒーローである! しかし、ほとんどの人間は彼ら異世界勇者がとある認定所にて面接試験に合格した者たちなのだという事を知らないのだ。という訳で、今日はそこでどういう面接が行われているのかを見て行こう!




「何やってんだレイン、暑さで頭がやられたか?」


 俺は何かちょっとさすがに心配になってきたので、目の前で何やらカメラに向かって熱弁している同僚の面接官、レイン・バガミールに声をかけた。


「あ、ちょラック、雑音入ったじゃねえかどうすんだ」

「どうもしねえよ仕事しろ馬鹿」


 レインはキレ気味で食いかかってきたが気にしない。というか本当に何やってるんだこいつ。面接室にカメラなんか持ち込んで。


「いいかラック、俺は今この面接試験のPRビデオをだな」

「いらんだろそんなの」


 レインが何かしようとするときは大抵ろくな事にならないので、俺は詳しい話をし始める前に釘を刺した。前にこいつが「良かれと思って!」とか言ってこの施設の中庭に納豆を撒き始めたときは流石に戦慄した。うん、まず何をどう良かれと思えば中庭を納豆菌でねばねばにするという発想に至るのだろうか。理解不能である。


「ちぇ、折角いいのが取れたら神様んとこにもっていって言い値で売ろうとしたのによ」


 またアホなことを言いながらカメラを弄るレイン。まず神にものを売ろうとするなよ。てかあのクソニートは仕事に興味関心が無いから絶対に買わんだろう。俺はあの無責任な上司の姿を思い出し――ちょっと今の境遇とかの諸々が辛くなったので考えるのをやめた。思考を放棄する事も時には大切なのである。


「まあ俺もそんなに本気で作ろうとしてたわけじゃないからいいんだけどさ」


 なんなのこいつ。そんな目で俺が睨みつけるとレインは「暇つぶしだよ」とぼやいてカメラをカバンにしまって頬杖をついた。

 まあその気持ちは分からんでもない。何せ予定時刻からかれこれ一時間は経つというのに次の子が面接に来ないのだ。


「もう一回呼んでみたらどうだ?」

「それもそうだな、次の人ーまだですかー」


 レインは気だるそうに放送用のマイクに向かってそう告げる。確かに放送はかかったはずだが、聞こえたのか聞こえていないのか、やはり部屋には誰も入ってこない。これは誘導係がまたサボっているのだろうか。

 右手で頬杖をついて、動かない扉を眺めていたレインは「やっぱりこねえ」と独り言ちて、机にぐでんと倒れこんだ。


「あー、机凄いひんやりしてる。なあラック、何でこの部屋エアコンついてないんだ?」


 9月になったとはいえ、まだ残暑が厳しい中での仕事である。室内で日光が直接差していないとしても、北国育ちのレインにはかなり応える様だ。


「レイン、いくら暑いとはいえ、少しくらいしゃんとしたらどうだ?」


 俺は呆れた様に言った。まあいくら暑いうえに誰も来ないといっても、ここは職場、それも面接の会場である。威厳ある面接官たるレインにはもう少し自覚を持ってほしいというのがラックの心境であった。


「………汗を拭いてから言えよ、そういうことは」


 じとー、とレインがその大きな瞳を細めながら俺の首筋を指さし、


「ふんっ」


 俺は躊躇なくその指を掴んで捻り上げた。メキィ、となんだか凶悪な音がした


「おま、いきなりなにすんだよ!」


 キレた。


「お前が上司に対する口の利き方というのを知らんからだ!」


 俺もキレた。


 その一言に、レインは驚いたように瞬きをして、わしわしと頭を掻く。


「そう言う事は俺のことを女扱いしてから言おうぜ」


 それなりに気にしていたのか、唇を尖らせて抗議してきた。

 この女、男みたいな口調をしているだけでなく、ズボンだからと大股を開いて椅子に座り、ガハハと俺より逞しい笑い声を上げたりして置いていまさら何を言っているのだろうか。


「女扱いしてほしいんなら女らしくしてから言え」

「無理」


 相も変わらず男らしい即答である。俺はやれやれとため息をついてポケットから取り出したハンカチで汗をぬぐった。


「ところで、いつ来るんだろうな、次の人」


 汗をぬぐったハンカチを胸ポケットにしまいながらぼやくと、レインも「そうだな」と頷いた。


「また誘導係のアスティアが居眠りでもしてるんじゃないか?」

「何であいつクビにならないんだろうな」


 この採用所の七不思議である。


「なあ、何かもうあれだから寝てもいいか?」

「いや、いくらなんでも寝るのは―――」


 こん、こん、こん。


 扉が三回ノックされた。どうやら、やっと次の面接者が来たらしい。俺は静かにレインに目配せをし、きちんと椅子に座らせた。

「勇者希望者だな? どうぞ」

 扉はゆっくりと開いていく―――。





 俺とレインの職場は『異世界勇者認定所』という神公認の特殊施設である。神の創った亜空間にあるここでは、日々さまざまな世界へと派遣する『勇者』を募集している。そして、ありとあらゆる世界からやってきた『勇者希望者』が、勇者として他の世界に行かせることができるかどうかを判断する場が、勇者認定所の二階に位置するここ、『異世界勇者認定試験面接係』である。

 なぜこのような施設が出来たかと言うと、簡単に言うならば勇者の偽物があちこちの世界に横行し始めたからだ。

 まあもともと勇者に偽物も本物もないわけだが、それでも勝手に人間達は神が勇者を選んだものだと決めつけていて、その勇者が悪さをしたともなれば関係のない神の評判まで落ちてしまうわけである。信仰心をエネルギー原としている神にとってこの事案はかなりの重要性を持ち、結果として、神公認の勇者には特殊な刻印が刻まれているのだと全ての世界に吹聴したのである。

 そして、その『刻印』を与えるにふさわしい人物なのかを確かめるため、どの世界にも属さない亜空間を創り、勇者を面接試験することにしたのだった。

 もっとも、最近は希望者の全体的な質の低下が嘆かれていて、めったに合格者は出ないのだが。




「ああ、え、えぇっと………」


 俺の隣に座るレインは困惑したように声をあげた。滅茶苦茶に目が泳いでいる。いっそクロールでもしてるんじゃないかと言うほどの目の泳ぎ具合である。普段なら「馬鹿かお前は」と言って隣に座っている俺がツッコミを入れるのだが、俺も、なんだか神妙な顔をして笑うしかないという状況だったので、彼女の狼狽にストップをかけてくれる人間はいない。

 まあ、それも無理はないと思う。


 何せ今回の勇者希望者は、角の装飾を施した黒の額当て、こいつ痴女かよと叫びたくなるほど面積の少ないこれまた黒のビキニアーマー、そして「そこの装甲とりあえず胸か股間にわけてやれよ」と言いたくなるほどごつくて硬そうな角付きの肩当てマントと腰当てという凄まじい恰好をしていたのだ。

 装備だけでそれである。肝心の本体の方はというと、かなりのモデル体型で、所謂ボンキュッボンという感じで、紫がかった硬質そうな黒髪を無造作にまとめている。この段階で特徴しかない感じだが、一番すごいのが顔だった。

 濃い紫のアイシャドウに、「え? ツケマですか?」と問いたくなるような長いまつ毛。紫の口紅を下唇に添えている。


 なんかこう、悪の女幹部の典型を見ているような感じだった。いや、さすがにこんな格好しねぇよと本職の方にキレられそうなレベルのそれである。プロポーションに関してはモデルなんて目じゃないレベルなのだが、その風体だけで圧倒的な近寄りがたさを醸し出していた。

 てかこいつ来るところ間違えてるんじゃないのか?

 実は悪の幹部募集してる処とここを間違えたんじゃないか?

 思わずそんな感じで現実から目を逸らしそうになる自分を、さっきから俺は必死に押さえつけているのだ。


「え、えぇぇっとぉ、そこの椅子に掛けてくれ」

「……? ああ、わかった」


 こちらを訝しげに見つめながらも、言われた通りに椅子に腰かける勇者希望者をもの凄い笑顔で見守る二人。こんな壮絶な笑みを浮かべたのは、この職場に就いて初めての経験だった。

 ばっ、と俺はすばやくレインの肩を抱き寄せると、回転式の椅子の許容限界にでも挑むのかよとツッコミたくなる速度で回転して勇者希望者から背を向けた。


(何あれぇ、なぁにあれぇ?)

(その気持ちは十二分に理解できてるから落ち着けレイン)

(俺はいつだってフルスロットルじゃないと気が済まないんだよ)

(じゃあ居眠りするなよ)

(俺のアイデンティティが喪失しちゃうでしょうが)

(えええええええー。あれが個性とか悲しすぎるだろお前)

(んあこたぁどうでも良いんだよ。で、どうするよアレ)

(どうする、とは?)

(いやほら外見について一応聞いてみるとかさ)

(いやまて、サベツヨクナイ。ここは普通にいこう。普通に面接して、普通におかえりいただこう)

(そ、そうだよな。よし、それじゃあ振り返ったらいつも通りいくぞ? いつも通りだぞ?)

Hurrahうらぁぁぁ!)

(文字表記で読みづらいこというの止めて?)

Entschuldigung.すいません

(言語統一しろ)

Ich brauche Hilfe. 助けてください

(統一すればいいってわけじゃないよ話に一貫性をもたせろよ)

Ich bin krank. 病気です

「頭のな⁉」


 なんかもうキレた。というかこいつ後半関係のない話だけしかしていなかった気がする。相談し甲斐が無いにも程があるんですがね。


「ど、どうかしたのか?」


 勇者希望者の紫幹部(仮)が心配そうに声をかけた。まあ誰だって面接始まると思って待機してたら面接官が突然口論を始めだしたりなんかしたら心配にもなるだろう。具体的には近くに大成功とか書いてある看板が無いか心配になる。ドッキリとかされる側からすれば冗談とかじゃ済まないから。あれは精神的にかなり来るものがある。だって自分だけ知らなかったとか、イジメかよって話じゃないか。


「ああ、いや、うん。何でもない、こっちの話だ」


 ぶんぶんと首を振って否定。フォローにはなっていないが、さっきまでの事はとりあえず忘れることにしよう。今とれる一番賢明な判断である。


「ああっと……、まずは名前、あと前の世界の認証コードとそこでやってた仕事を教えてくれ。敬語が嫌ならタメでもいい。べつにそこ評価してないからな」


 机の引き出しから、面接の評価シートを取り出しながらそう告げる。何とかして面接の体裁だけでも整えなければ。俺が冷や汗を流しながら促すと、紫幹部(仮)は、んんっと咳払いをした。


「俺はダァトフラウ・ゾス・ガタノソトア。Aln-658の出身で、魔王業を営んでいた」

「魔王業、ね。破壊神系? 魔族系?」

「……い、一応魔族だ」

「へぇ、んじゃあ質問に移ろうか」

「あの、ちょっといいか?」


 ささっと必要事項を用紙に記入していた俺は顔を上げた。このタイミングで質問してくるのは中々見ないなーと頬を掻く。というか質問するようなとこあったか? と首をかしげるが、まあ分からないことに答えてやるのも面接官の仕事みたいなもんだからなと納得することにした。とりあえず。他意は無い。


「どうかしたか?」

「いや……」


 信じられないような顔をしていたダァトフラウは、一瞬ためらってから、口を開く。


「魔王という事には驚かないのか?」

「「ああ、えっとぉ……」」


 ダァトフラウの言葉に、俺とレインは同時に苦笑いをした。まあ普通は驚くだろうと思ってくるもんだよなぁと頭を掻く。


「……非っ常に言いづらいんだがな?」


 居心地が悪そうに目を泳がせる。そりゃあもう自分でもわかるくらいに。

 気遣いのできる紳士な俺はダァトフラウの様子をうかがい、どうにかして上手いこと言えないかなと思案する。あれだ、こういうのは出だしが大切なんだ。


「魔王は今日五人目なんですよね」

「俺の気遣い返して」


 でも全く気を遣えない奴が隣にいた。


「イエーイ」


 しかもこれ見よがしにピースまで決めてきた。こいつ最低である。

 レインはこういう時全力でからかいに掛かってくるので厄介だった。というかさっきまで俺と一緒にわたわたしていたくせに、相手が無い面は普通だと分かったとたんこれとか、正直同僚として恥ずかしい。

「え、え、え?」

 そしてダァトフラウは何だか面白い顔をしてキョドっている。こいつのキョドり方から見て、もしかすると天然系の性格なのか? と思ったが、それより早くなんかフォローしてあげないといけない。今にも泣きそうな顔になってるし。


「いやな、別にだからどうこうとか言うのは無くてだな―――」

「早い話キャラがダダ被りなんだwww。むなしい個性ですねwwwよくそれで採用されると思ったなwww」

「ひうぅ……」


 鬼かこいつは。俺は信じられないというか信じたくないといった様子でため息をついた。神に勧められて「SNS」とやらを始めてからこの人色々とヤバい気がする。他人を嬉々としてしてからかうし、そのくせただでさえふざけてるなキャラと信じられない位ふざけたキャラをTPO関係なく切り替えるので手におえない。何なんだろうこの迷惑な生き物。

 というか、そろそろ本気でダァトフラウのキャラ崩壊が取り返しのつかないことになり始めている。俺は気を利かせて隣に移動し、「ほら、うん落ち着けって。別に誰もお前を責めてないだろ? え、あの赤いのは何なのかって? いやあれはああいう生き物なんだ関わったら負けだからさ。な? おい泣くなよ……ほら、俺は味方だぞ? な?」とさきほど背中をさすりながら全力でフォローをしているが焼け石に水である。なにこの状況。

 俺はこのカオスを生み出した張本人を睨みつける。


「(^ω^)」


 もういやだこいつ。何でこの状況であそこまで楽しそうに出来るんだろう。俺はもう泣きたい気分だというのに。

 俺は額を手で押さえながら扉を指さした。


「ああもうレイン、この子の面接は俺がやるからお前は資料室に行って明日使う資料をフォルダにまとめて来い」

「(´・ω・`)」

「顔文字で会話するのやめて?」


 恐いから。どうやって発音してるのか分かんないのに何が言いたいのか分かっちゃうところとかが恐いから。


「へいへい出て行きますよっと」


 こいつ本当に面接官かよと言う問いを禁じ得ない感じの態度で頷いて出て行った。もう何なんだろうアイツ。俺はまたため息をついた。ひたすらにふざけに掛かってくる変わるやつほど絡みにくい奴はいない。

 俺はひとまずあの阿呆の事は記憶からシャットアウトし、椅子に座ったダァトフラウに目線を合わせるようにしゃがんで、肩に手を置いた。


「それでだな、ちょっといい―――」

「|д゚)………お前だけ捨てられると思うなよ」

「なんでそういうこと言うの」


 そもそもここで捨てる度胸があるんならあんな不名誉な称号いまだに持ってるわけないだろ、とぼやく俺を見つめながらレインは扉の隙間から消えた。何であの人ああいう恐いことするんだろう。楽しいからですね分かります。涙目で自嘲気味に笑った。


「捨てるってなんのことなんです?」


 ぐずっ、と鼻を鳴らしながらダァトフラウは問いかけた。口調が敬語になっている、きっと素が出てきたのだろう。


「穢れなき心と身体、かな」


 俺はきっと傍から見たら今日一番の悲しそうな顔をして呟く。ダァトフラウにはよくわからなかっただろうが、とにかくこの話題がヤバいという事だけは理解できたようだ。


「若いうちは大切にしてるんだが、30を超えだすと一刻も早く捨てなければという強迫観念にかられるんだ。60を超えたらもうあきらめるしかないがな。まあ男は物心ついた時から捨てたがるもんだけど」

「へ、へぇ……」


 ダァトフラウは鼻水と涙でえらいことになってる顔で頷いた。よくわからないけど頷いた。


「まああれだから、俺の下半身事情とかはどうでもいいから、うん」


 そう自分に言い聞かせるようにつぶやく俺からは、きっといまどき魔界の住民ですら見せない程の哀愁が漂っているのだろう。と言うか今ので流石にダァトフラウも察してくれたみたいだ。なんだかさっきとは違う理由で泣きそうな顔になるダァトフラウである。


「はぁ、とりあえず顔拭けよ」


 どうにか自分の中の敵に打ち勝った俺は、ダァトフラウにハンカチを手渡した。勿論先程自分の冷汗をぬぐったものとは別のハンカチだ。


「は、はい」


 ぐじゃぐじゃっと顔をハンカチで拭くダァトフラウ。流石魔王、豪快である(?)とちょっと理解できない感じで感心した。うん、やっぱり俺ももう駄目かもしれないな。というかまともな奴が一人もいないぞこの職場。どうなってるんだ。


「ん? 何だよお前、結構かわいい顔してるじゃないか」


 不思議そうな顔をしてこちらを見上げるダァトフラウはハンカチで涙や鼻水と一緒に女幹部メイクが剥がれて、その素顔が現れていた。

 一言で言うと、ヤバい級の美少女である。カワイイヤッターである。分厚いメイクで隠れていた素肌は透き通る様に白く、それでいてほんのりと健康的な赤みを帯びたそれは、触れれば脆く崩れ落ちてしまいそうに繊細な存在感を放っている。紫色だった唇も、鮮やかなピンク色の姿を現している。ただ、長く整ったまつ毛は自前の様であったが。

 と、ここで一つの疑問が生じるわけである。


「何でお前こんな格好してるんだ?」

「魔王軍は男所帯だから……」

「OK分かった」


 疑問は生じるとともに消えていった。疑問先生の次回作にご期待ください。

 と、俺は感慨深くに腕を組み直す。


「男よけ、かぁ。女魔王ってのも大変だな」


 つまるところそういう訳である。男モンスター、具体的に言うとスライムとかゴブリンとかオークとかそういうのばっかりの中にこんな美少女をぶち込むわけだ、何かしらの対策が必要になるだろう。

 で、この女幹部な感じに落ち着いたと。


「……効果あったの?」

「一度繁殖期のオークに捕虜にされたときに、「あ、いやちょっと自分らこういうの無理っす」とか言われてなにもされない程度には」

「お前貞操の代わりに女として大切な何かを失ってるぞ」


 俺が悲しみを湛えた顔をして呟く。


「………おかげさまで天寿を全うしたのにまだ純粋なままですよ、ハハ……」

「お前もか、ハハ……」


 ついでに言うとレインもである。えっと、何だろうこの集団。チェリーズとでも呼べばいいのかな?





「ああっと、魔王なのに天寿をどうこうは良いとして、お前も俺やレインみたいに死んでから過去の肉体に変わったって奴か?」


 数分後、俺は何とか立ち直ってダァトフラウに尋ねる。ちなみに、俺は勇者認定制度制定前の勇者であり、九十五歳で死んで神にスカウトされこの職に就いた。レインはその二年後にやってきたのだ。だが、神の手により魂に最もふさわしい「かたち」を与える「最後の慈悲」という儀式によって、彼の最盛期であった二十四歳の身体を得て、レインは十七歳の時の身体を得た。曰く、「この頃が一番多く殺せた」「この頃が一番速く動けた」だそうだ。思考が勇者時代から全く変化していない。なにこの悲しい職業病。

 ちなみにこの「最後の慈悲」、魂は純粋―――つまり心根は優しいのに外見がアレなせいで酷い暮らしを強いられてきたものには、外見を魂に見合ったものにするというサービスが付いており、死んでからここに来た者全員にそれが実施されるため、召喚ではなく、死んでから転生―――というような一般的な認定勇者は美男美女である。

 その上、ここに留まっている間は年を取らないのに加え、この世界に「死」は無いので、ここの職員は基本的に不老不死である。

 とってもサービス満点で、さすが神様太っ腹、いよっ大将とか思う輩もいるそうだが、神からの恩恵はこれだけで、特殊な武器ももらえないし、チート能力とかナニソレオイシイノ? である。世界はそこまで甘く無いというわけだ。


「はい、わたしはは二十九で勇者に殺されたんですけど」

「じゃあ天寿全うしてないじゃん」

「いやそこはスルーしてくださいよぅ……」

「努力はしよう、で」


 俺はひきつったような笑みを浮かべるダァトフラウの肩―――もとい肩当をポンとたたいた。


「そろそろ椅子に座れ。何かグダグダになっちまったが、一応面接はしとかないといけないんでな」




「志望動機は?」

「えっと、人の役に立ちたくて」


 面接一つ目の質問で俺は黙り込み、無言で手元の資料とにらめっこする。魔王。うん、確かに魔王とかいてある。


「それはどういう意味だ?」

「もともと私は誰かの役に立ちたかったんです、それで魔王になったんですけど……」

「あーうん分かった」


 俺はカリカリと手元のメモに簡潔に書き留めた。

 面接の形はいくつもあるだろうが、ここ異世界勇者認定所では基本的に一人ひとり行う個人面接で、面接官(二人しかいないが)が面接の最中気付いたことや聞いたことをメモしたりして、それを踏まえたうえで相手の全てを見抜く(神様談)俺の眼帯の下の『神眼』で視て判断するという形式をとっている。

 俺はテンポよく質問を繰り返し、ダァトフラウは、どうやら本気でツウ者に成ろうと思っているらしく、熱のこもった回答をしてくれた。

 そして数十分後、予定していた最後の質問が終わり、俺は顔を上げた。


「……」


 真剣な顔をしている。この真剣さを少しでもレインに分けてほしいものだ。

 俺は静かに右の眼帯を外し、閉ざされた右目を開ける。


「『魂の閲覧ジャッジメント』」


 そう呟くと気味の悪い文様の刻まれた右目に、情報がなだれ込んでくる、これをもとにして、最終的な合否を決めるのだが、若くして死んだとはいえ流石は魔王。流れ込んでくる情報量の桁が違う。ごく一般の人間の希望者がコップ一杯くらいだとすると、彼女のこれは二五メートルプール二杯分位だろうか。まあプールの数え方「杯」で良いのかは知らないが、ともかく尋常でない。

 うっかりすると存在を上書きされそうなレベルだ。だが、しかしこの感じは、ふーむ。


「……うん、結果が出たぞ」


 俺は外した眼帯をもとに戻してそう告げた。俺の言葉にダァトフラウはごくりと生唾を飲み込む。俺はできるだけはっきりと口を開いた。


「不合格だ」

「……っ」


 何で、と言いたげに顔を歪めるダァトフラウ。ま、その気持ちは分からないでもない。

 ここには、大きく分けて二つの方法で希望者がやってくる。

 一つ目は、無責任な快楽主義者の神様方が、勝手に異世界に送り込もうとして『検閲』に引っかかったという「漂流者」。そしてもう一つが、死んだ者たちが存在を抹消される前にいっそ消されるくらいならと言う覚悟でやってくる俗に言う「転生者」。前者と違い、後者には後が無い。勇者として認められなければ、そのまま記憶を消されて地獄に向かう事になるからだ。

 彼女は後者であった。つまり、もう後がないのだ。


「……分かりました」


 そう静かに口を開き、椅子から立ち上がるダァトフラウ。どうやら諦めたようだ、が。


「おいおい、何処に行くんだダァトフラウ、控室はあっちだぞ」

「え?」


 そう言って入口と反対方向のドアを指さす俺を見て、理解できないといった風に首をかしげる。ああいや、なんていうのかな。


「勇者としては合格とは言えないが、お前さえ良ければここで面接官として働いてくれないか?」

「え? え?」


 ううむ、まだわからないか。おれは「だーかーら、」とわざとらしく口を開く。


「ここ最近は昔と違って色々変わってきててな、元勇者二人だけで面接するのもどうかって話はちょくちょく上がってたんだが、如何せんまともな神経をしたいい人材が居なくて困ってたんだ」


 あとはもう分かるよな? とにっこりとほほ笑む。


「元魔王の面接官として、勇者の面接を手伝ってほしいんだ」

「……」


 大丈夫なのか心配になるくらい目を見開いていたダァトフラウは、こくりと頷いた。


「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします」




 かくして、異世界勇者認定試験面接係に、実に五十年ぶりの新メンバーが参入したのである。

 ……レインの相手を一人でやるのに疲れたとか、決してそういう事ではない。

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