第15話:「この街が滅ぶわ」
<ロールの秘密日記>
というわけで、ミュー=ミュリアリアのゼペットの記憶取り戻し計画『びっくり作戦』は開始されたのだった。原理は簡単、壊れたテレビと同じように、ゼペットに多種多様なショックを与えることで、その記憶の闇に埋もれた取っ掛かりを表に出そうというもの。
その第一弾は、シィ=ライトロードの『にゃんにゃん作戦』だったのだけど、結果は見るも無残なかたちで失敗し、シィはその後部屋に閉じこもることになった。その間にファフロッキーズが一体降りてきたりして現場は大変だったけれど、ミューが対応して事なきを得た。
ちなみにそのときにオペ子が全館に流した『シィさん!? シィさん!? え、ゼペット君とにゃんにゃんしたけど失敗しておちんこでる!?』という放送のせいで、シィが部屋から出てくるタイミングはさらに遅れることとなった。
しかし、それにしても調子に乗って『マスター』と呼んでしまったのは失敗だった。『ご主人様』とかにすればよかった。ゼペットの記憶が封じられているがゆえのこの日常だというのに、わたし自身が切り崩しに行ってどうするというのか。しかし、人型機械の矜持として『マスター』とついつい呼んでしまうという事情は、ご承知おきいただきたいところ。
第二弾は『ちらちら作戦』だった。反省したというミューは、一緒に『ディラック』の整備を手伝ってくれていたのだけど、こう、ちらちらと緩いショートパンツで上方のコックピット周りの整備を行うミューに、ゼペットは困っていた。
一方、その光景を見てどうにも怒りが収まらなかったわたしは、レンチを二三本握りつぶしてしまった。めきょりという音がデッキに響き、ミューが言葉を喪っていた。ゼペットは慣れっこだった。
「失敗かー」
「それにしてもどうしてそういう方向で攻めるのよ」
「え、だって使える武器がこちらには生来あって、あちらには克服しようがない弱点が生来あるんだよ?」
「なるほど、合理的」
と手を叩いてしまった。
「でも、ゼペットはわたしにメロメロだから。この機娘(わたし)の良さを知ってしまったら、いまさら生娘(あなた)になんて欲情しないわ」
「エロい」
「ミュー、わたしはあなたの何倍生きていると思っているの。年季がちがうわ、年季が」と調子に乗って言ってしまったところで、ミューがその眠たげな眼を光らせた。
「ほほう」
口が滑った。とっさにバイザーに『嘘』と表示させてみるも、バレていないかどうか。もし生身の人間だったら、冷や汗がだらだらと流れていたことだろう。
「しかし、これがそれほど衝撃じゃないということは、もうこういうイベントに慣れ始めているのかもしれない。シャワーも少なくとも三回覗いたわけだし」
ミューが考えこんだ。わたしは話題を逸らすために、ひとつのありえない仮定を提案する。
「あるいは女体に興味がないとか?」
「いや、それはもう織り込み済み」
と、きょとんとするミュー。
「どういうこと? リウス司教のシャワーシーンでも覗かせるってわけ?」
「ううん。だって、ボク、男だし」
「は?」
ミューがウィンクをした。
「だからシィでダメならと思って、ボクがひと肌脱いでるんだよ? 女でダメなら男でって。どれほどゼペットが倒錯してても、どっちかひっかかるでしょ。さすがにあの年齢でどちらにも興味がないってわけもないだろうしさ」
「はぁ」
開いた口が塞がらないわたしだった。口ないけど。
「もしかしてマジで気づいてなかった? 一人称『ボク』なのに。もしこれがゼペットが主人公の小説だったら、地の文で一度もボクを『彼女』と表現していないはずだよ?」
「ゼペットは知ってるの!?」
「昔、シャワーを覗かれたからね」
『シャワーも少なくとも三回覗いたわけだし』という言葉の真意がわかったところで、第二弾の『ちらちら作戦』は失敗に終わったのだった。
第三弾の『らぶらぶ作戦』については、イプシィが大変な目に遭って、失敗に終わった。
「ほら見てよ、イプシィがいつもより一層人形の世界に没入してるよ。過去のトラウマレベルの現実逃避をさせるんじゃないよ」
とミューに苦情を言われて、困るゼペットだった。
こうして卑劣なるゼペットの手によって、この基地のコッペリアパイロット三名が散ったのだった(本当ならここで『うら若き乙女三名が』と表現したかったのだけど)。当のゼペットは困惑するばかりで、まぁ、ショックなことにはショックなことだっただろうけど、当然、記憶を取り戻すには至ってなかった。
ミューも考えたようで、第四弾『こっつん作戦』はいままでとは方向性が違っていた。性的な路線で攻めることはやめ(ゼペットはロボにしか興味を持たない変態だ! というのはミューの言。わたしは鼻が高い)、物理的なショックを試みた。
「ちょ、死ぬ! 死ぬ!」
「記憶さえ戻れば、全身が千切れていようが構わない。それで街の何十万という生命が救われるのだ!」
というミューのマッドサイエンティストめいた言が本気かどうかわからないけれど、イプシィの『エレクトリシタス』の操る『エレクトロン』に全身をさえ付けられたゼペットに、ミューの『マグネス』のデコピンが迫っていた。緻密な操作はミューでも難しいようで、機体の指がぷるぷると震えている。
それにしてもなんという大掛かりで贅沢なデコピンだろう。
とりあえずゼペットの脳漿が炸裂する前には、わたしが『ディラック』で止めに入ったけど、本当にそんな物理的衝撃で、彼の記憶が戻るのならば簡単な話だ。
それにしても、ミューたちはまるで一発逆転の裏ワザのようにゼペットの記憶を捉えているようだけれど、あれはそんな簡単なものじゃない。たしかにそういう面も否定はできないけれど、おそらくおまけでついてくる厄災のほうが遥かに大きいだろう。何事にも、それ相応の代償は必要だという話だ。
そのころ本日二体目のファフロッキーズが降りてきて、イプシィがなんとか撃退した。ゼペットとわたしはとりあえず『ディラック』で出撃はしたものの、特に活躍することなく、『エレク』『トロン』の連携攻撃によって、ファフロッキーズは倒されていた。ちなみにシィはまだ引きこもっていた。
「ほらー、次の作戦もあるし、ゼペットも顔が見たいって言ってるし、出てきてよ」
と、わたしとゼペットが部屋に帰ろうとしていると、ミューがそんなことを言いながら、シィの部屋をノックしていた。
「あ、あの人は脚が見たいだけでしょ……!」
「まんざらでもないでしょ〜?」
「ま、まぁね」
聞いてはいけないものを聞いてしまったような気がして、そそくさをその場をすり抜けようとしたわたしだったけれど、ゼペットがなぜだか反応した。
「そうだ、シィ、君の脚のことで大事な話があるんだけど……」とか言い出したものだから、わたしはゼペットの腹を殴って担いで帰ることにした。まったく。記憶を喪う前はそんな性癖もなかっただろうに、いったいどうしてしまったんだろう。そんなにあの娘がいいんだろうか。いいんだろうけどさ。
むかむか。
それはそれとして、ミューによるゼペットの記憶取り戻し作戦の最終フェイズが行われることになった。
「で、なんでわたしが手伝わないといけないの?」
「ロールがまずその場に連れ出してくれないと。もちろん見返りはあるよ。『ディラック』の整備だって手伝うし、希少パーツの融通もしちゃう。ゼペット大喜び」
「モノで釣ろうってわけ?」
「じゃあ、いつか、司教とふたりきりで話しているのを盗み聞いた内容、ゼペットに余すところなく話しちゃうけど」
「ちょ……」
舐めていた。いつも眠たい無気力少女(少女という部分は訂正しなければならない)だと思っていたのだけど、こいつ。わたしがデュアルアイを真っ赤にしていると、ミューは悪戯げな眼でわたしを見つめた。
「賢いロールなら、何が一番合理的でみんなのためになるか、わかるよねぇ」
「……わかったわ」
「げに美しきは友情なりき、ってね」
最終作戦の概要を聞きながら、一段落ついたところで、わたしはミューに聞いてみた。
「どうしてそんなゼペットの記憶に躍起になるの。あなたはそういうキャラじゃないと思うし、好奇心でやってるとすれば、しつこすぎるわ」
「責任感や義務感でやっているとすれば?」
「ふざけすぎてる」
ミューは笑った。
「それに、わたしが前もいったでしょう。もしかしたら妄想豊かな小説家だったかもしれない。戻ったゼペットの記憶が、アンティキティラに技術革新をもたらすとは限らないわ」
「それでも、やれることはやっておかないとね」
ミューは立ち上がり、窓から見えるアンティキティラの街を見つめた。
「もうボクやイプシィの帰る場所はなくなっちゃったけど、ボクはあの街が好きなんだ。だから、こうしてコッペリアを駆って、ファフロッキーズと戦っている」
『マグネス』。砲撃特化のその機体は、円環状の背負いものを装備している。『グレートマグネス』とミューが呼んでいるのは単にあの人の趣味なだけであって、正式なコードは『モード:トカマク』だったか。強力な磁場を練りあげて、荷電粒子を加速、物質化寸前までエネルギーを凝縮し、相手に叩き込む。
魔石炉の毒性も考えれば、磁場の影響もプラスされて、コッペリアの機体群の中でも特に代償の大きい機体。リスクがある分、見返りの期待も大きい。
「ボクはもう数年したら死ぬからさ。残せるものは残しておきたいんだ。こどもとか、未来とか。たとえそれが中身が外れかもしれない賭けであったとしても」
「それは……」
「リウス司教から直接聞かされたわけじゃないけどさ、何事も等価交換の世の中だ。コッペリアという圧倒的な力を借りる以上、代償はあってしかるべきだし、その代償をいつまでも払い続けられるほど、ボクは持っていない。体調の回復もますます遅くなってるしね、もう何回も乗れない」
かけてあげる言葉が見つからなかった。何倍も生きてきて年季の違う機娘であるわたしだったが、この儚く散っていく生命に何もしてやることができなかった。否定も、気休めも、できやしない。
「そんな悲痛な顔してないでよ」
「してないわ。わたしに表情はないもの」
「してるって」
ミューはいつものようなはにゃりとした笑顔で、再び席についた。頬杖をして、わたしを見つめる。
「ボクには理解できない理由で、ロールはゼペットの記憶が戻るとまずいことがあるんだろうけど、ボクが拘る理由はいま説明したとおり。やめろっていうなら、まずい理由を教えてもらわないと」
「……」
「言えないでしょ? なら――」
「この街が滅ぶわ」
わたしは席を立つ。アンティキティラの街を指差す。『あの程度の規模』なら、跡形もなく。ここと同じレベルの前線基地があと3つあるって? いくらコッペリアがあったところで、土人が乗っているのであれば、たかが知れてる。
「そんなSF小説じゃあるまいし。いや、もうファンタジーのレベルの表現だよね」
猿に機械を見せたら、それを魔法と思うでしょう――、というのは言わないでおく。
「嘘じゃないわ。でも、」
わたしはここでの生活を愛しているのだ。
「でも、あなたの覚悟や責任も理解できないわけじゃない。ゼペットの記憶はそんなことで戻らわないとは思うから、協力させてもらうわ」
「は、はは。言うね」
「たまにはふざけたい気分なのよ」
かくして最終作戦『もっとらぶらぶ作戦』が幕を上げた。
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