最終話「エピローグ」
後に
三日が経過して、ようやく
僅か一時の平穏を、
「そういや、統矢。あの軍人さん、ほら、アメリカ軍の。すげえな、統矢。流石エースだぜ……海兵隊の大尉さんとももう、知り合いなんだもんな」
朝のホームルームが始まる前、クラスメイトの
自分の机に座ったまま、顔をあげた統矢の顔は晴れやかだった。
「グレイ大尉な、うーん……なんか、変に気に入られてんだよ。パイロット気質だな、あの人。まあ、悪い人じゃないさ。少し挨拶を交わしただけだ」
「でもまさか、アメリカ海兵隊じゃ
「トルクとパワー、装甲じゃ日本製パンツァー・モータロイドは
「またまたぁ、なにを
おどけてゴマを
自然と統矢も「まあな」と笑顔になった。
こんなにも普通に笑える日が来たのが、自分でも信じられない。だが、青森での新しい暮らしと、変わらぬ戦いの日々……その双方が、
幼馴染と決別することで、再び統矢は前へと歩み始めたのだ。
「で、統矢……そのくたびれた学ラン、そろそろ卒業したらどうだ?」
「ん? ああ。そういや、青森校区の制服がまだだったな。そうだな」
周囲はカーキ色のブレザーで、
もう、この青森校区の一員になる時が来たのだ。
そのことを、ふと背後に立った通りのいい声が教えてくれる。
「統矢君、制服でしたら購買部に手続きをすれば支給が受けられます。なにぶん戦時下ですので、遺品整理の中から
振り向くとそこには、白い菊の花瓶を手に持つ
相変わらず
このクラス、二年D組での戦死者は一人だ。
見詰める統矢は、勝ち得る
確かにあの時、お別れを告げたりんなは言っていた……生きてる人のために戦えと。
「そ、そういや、さ……統矢。五百雀さんも。今日からクラスの担任、変わるらしいぜ? それと、転校生も」
「先生が? それに、転校生……こんな時期に」
誠司が間をとりなしてことさら明るく作った声に、統矢は片眉を釣り上げる。青森校区の
最前線での盾にして弾除けである幼年兵の損耗率は、そのまま
皇国軍の主力は被害こそ出したものの、上手く幼年兵を使った結果か大損害を免れていた。
そのことに対して、統矢は今も納得出来ない
だが、今は一人の戦士として、
「こんな時だから、でしょう。噂をすれば……統矢君。柿崎君も。席に戻りましょう」
「五百雀さぁ~ん、コイツは統矢君で俺は柿崎君な訳? やっぱ、なんか、こぉ……ニシシ」
「私、勘ぐる人って嫌いですよ? さ、柿崎君。いい子だから着席してください」
「……ハイ」
教室内が
そして、教室の扉が開かれた。
だが、そこに引き戸を開け放った人物の姿はない。
統矢もクラスメイトたちも首を傾げたその時、声だけははっきりと響いた。
「
よくよく目を見開き、視線を下へとスライドさせると……そこには小さな小さな女の子が立っていた。出席簿を両手で抱きしめる、赤いジャージの女の子だ。年の頃は十歳前後、どう見ても小学生だ。
だが、その人物を統矢は知っている。思わず指さし椅子を蹴ってしまった。
「あっ、あんたは!
目付きだけが異様に鋭くて、あどけない顔立ちの中で違和感を奏でている。その少女の名は、御堂刹那……日本皇国軍特務三佐。そして、彼女が持つもう一つの顔は、ウロボロスなる人類同盟軍の
らしいとしか言えないが、彼女との再会で統矢の脳裏にまたあの言葉が走る。
――
その力が統矢にあると、彼女は言った。
それがなんなのかもわからぬままに、統矢はあの激戦を生き延びたのだ。
呆気にとられる教室内を見渡し、刹那は平らな胸を張って幼い声に緊張感を
「今日からこのクラス、二年D組は私が預かる。……これ以上、誰も死なせはしない。厳しく接して容赦はしないつもりだ、死にたくなければついてこい! 以上!」
そう言って刹那は、教壇の前に立ち……余りに小さくてスッポリ隠れて見えなくなってしまった。本人もそれを気付いたのか、黒板を背に教壇の上へとよじ登るや仁王立ちになった。
刹那は出席簿を片手に、腰に手を当てぐるりと周囲を見渡し、キンと響く子供の声を放つ。
「で、転校生だ! 貴様等の戦友になる、互いに
そして、再び教室にどよめきが走る。とりわけ、感嘆の声をあげたのは男子たちだ。どんな時代でも男が女に、少年が少女に抱く憧れが声になった。それを
統矢は統矢で、驚きに目を丸くしてしまう。
短く切り揃えた髪に、くりくりと大きな瞳。
小柄で
そこに立っていたのは――
「れんふぁ! 更紗、れんふぁ! どうしてここに、お前っ! あ、いや……ええと」
「そこ、うるさいぞ! ああ、摺木統矢か。貴様、先の戦役では活躍したそうだな……だが、私は特別扱いはせん。貴様の力、私が絞り出してやる……覚悟するのだな。で、おい! 更紗れんふぁ、自己紹介だ!」
どうにも締まらない、目元だけ険しい幼女に
そして、これからの統矢の運命を変える、全ての謎の中心にいる人物。
だが、今は誰もがそれに気付けない……その運命すら、完全に姿を見せていないから。
「更紗れんふぁです。今日から寮に入って、皆さんとこの教室でお世話になります。え、えと、記憶、ないです……でも、頑張ります! よろしくお願いしまぴゅ!」
静まり返った教室内に、次の瞬間笑いが連鎖する。
こうして統矢のクラスに、新たな仲間が加わった。
だが、
西暦2098年、春……四月を終えた青森は、ようやく雪の季節を脱しようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます