第16話「朝霧の銃口」

 冷たいきりの煙る中、青森市街地はあわただしい。県境けんざかいへ向かう国道七号線は今、緊急疎開きんきゅうそかいする市民たちの車列で昨夜から大渋滞だ。空に海にと人々が逃げ惑う、その流れに逆らって軍の部隊は集結しつつある。

 摺木統矢スルギトウヤが愛機97式【氷蓮ひょうれん】の中から見る校区内の景色も、一変していた。

 射撃場へと向かういびつな改修機体【氷蓮】を一瞥いちべつして、次々と皇国軍こうこくぐんのパンツァー・モータロイドが擦れ違う。人類同盟じんるいどうめいの参加国にも輸出されている、御巫重工ミカナギじゅうこう製の94式【星炎せいえん】だ。

 だが、奇異の視線を装甲越しに受けても、統矢は心ここにあらずだった。


「りんな……いや、更紗サラサれんふぁ。どういうことなんだ、クソッ! あれは……あのはどう見ても、りんななのに」


 昨夜のことを思い出すたびに、統矢の心はかき乱される。

 許容できぬ現実が今、統矢の精神をさいなんでいた。

 死んだ幼馴染は、再び統矢の前へと姿を現した……だが、その少女は更紗りんなではないという。記憶がないと言うその声も、りんなそのものだというのに。

 統矢にとって戦う理由であり、戦い続けるための原動力。

 それが今、音を立てて崩れ去ろうとしていた。


「……いや、考えるな摺木統矢。あの娘はりんなだ……混乱してるだけなんだ。りんなは生きていた、ならそれを守るために戦う。なにも変わってはいない」


 早朝の射撃場には、他のPMRパメラは一機もいない。まだ時刻は五時を回ったばかりで、さすがの生徒たちも起床前だ。

 そのまま目覚める前に、この青森ごと地図から消えてしまうかもしれないが。

 未だ行動不能で沈黙を続けるパラレイド、セラフ級ゼラキエルが再起動すれば、それは不可避の死。地球は再び表情を歪ませ、人の住む土地がまた消滅するのだ。

 そのことを努めて考えぬように意識から遠ざけ、統矢は今できることへと専心する。

 そうすることで、りんなとれんふぁのことを考えないようにしていた。


「りんなの機体が装備していた、この剣……佐伯サエキ先輩も解析してくれたけど」


 包帯姿の重傷者しにぞこないにも見える【氷蓮】が、肩に担いで運んできたのは巨大な剣だ。刃渡りはPMRの全高ほどもあり、その刀身は単分子結晶たんぶんしけっしょうでできている。絶対元素Gxぜったいげんそジンキによる爆発的な科学技術の発達を果たした現在の地球でも、このサイズの単分子結晶の精製は不可能だ。

 だが、目の前にそれは広刃の大剣として存在する。

 そして、整備科の佐伯瑠璃サエキラピスの解析は新たな事実を統矢に告げていた。


「確かに、この部分が……そう、共通規格ユニバーサルきかく。そして」


 不意に統矢は、乗機を操作して剣の鍔へと手を伸べる。地面に突き立てた巨大な刀身の、そのつばの部分……巨大な十字架の左右へ伸びた突起は、共通規格である機能を有しているように思えた。

 そっと手を添え、慎重に操作する統矢。

 コネクターが合致してPMRが接続を認識し……そのまま抜いて、構える。

 剣から分離した鍔の部分は、大型拳銃となっていた。


「やっぱりか。つまり、この剣自体がマルチプラットフォームの武器庫なんだ」


 剣の柄と刃を分ける鍔は、それ自体が連結された二丁の大型拳銃……そして、それは現在のPMRの共通規格でできている。威力や装弾数、射程の関係上、あまり多用される装備ではないが、各国のPMRにはオプション兵装として拳銃タイプの火器も多数あった。

 統矢が操作を続ければ、Gx感応流素ジンキ・ファンクションが思惟を拾って【氷蓮】は銃を構える。

 スイッチを念じた瞬間、銃爪トリガーを押しこまれた銃口が火を吹いた。

 そして再び、統矢は驚愕に言葉を失う。


「な、なんだ今のは……今のは、なんだっ!」


 思わず取り乱して、頭を左右に振りながら目を疑う。

 再び今度は、【氷蓮】に両手で構えさせて、慎重に拳銃で射撃を試みた。

 二発目もまた、光の矢となって射撃場を真っ直ぐターゲットへと吸い込まれる。

 そう、光が放たれた……炸薬が撃発して弾丸が射出された形跡は、ない。


「光学兵器……ビーム兵器だって? このサイズで! どうやって……いや、どういうことなんだ。実用化されたなんて話は全然……!?」


 驚愕に震える統矢は、背後に他者の機体が接近したことを察知する。

 慌てて銃を剣へと接続して戻し、それを隠すように【氷蓮】を振り返らせた。

 そこには、鮮やかな新緑色に塗られたPMRが立っている。清冽せいれつなまでに澄んで冷たい、朝の空気が見せる幻影のようだ。だが、確かにその機体は近付いてくる。

 すぐに統矢には、89式【幻雷げんらい】のカスタム機……つまり改型かいがただと知れる。

 戦技教導部せんぎきょうどうぶだけで使用される、徹底したチューニングを施された特化仕様だ。

 統矢はヘッドギアの無線越しに、とても落ち着いた穏やかな声を聞く。


「おはようございます、摺木君。朝、早いんですね」

「あ、あなたは……確か、その声は」

「改めて自己紹介しますね。わたくしは戦技教導部副部長、御巫桔梗ミカナギキキョウと申します。どうぞ、桔梗と呼んでください」

「は、はい……桔梗、先輩」


 統矢はすぐに、先日のパンツァー・ゲイムを思い出す。ラスカ・ランシングとの一騎討ちに勝利したものの、青森は久しく本州が忘れていたパラレイドの襲撃を受けた。その時、桔梗はまるでおびえてすくむように絶叫を張り上げ、頭を抱えながら震えていたのを覚えている。

 そのことをあちらも気にしてるようで、クスリと小さな笑いが耳に届く。


「先日はお見苦しいところをお見せしました。笑わないでくださいね、摺木君。自分でも情けなくて……でも、忘れられなくて」

「それは、その……誰にでも、あると思うんです。だから、俺は別に」

「ありがとうございます。でも、これからの実戦ではわたくしも少しはお役に立ってみせなければ……そう思ったら、寝付けないままに夜を越してしまいました」


 桔梗の改型は、恐らく弐号機にごうきだろう。外見は通常の【幻雷】をベースにしているが、細部が全く異なる。頭部には精密照準器等のセンサー系を増設したバイザーがあり、両肩にはレドームや観測機器が追加されている。なにより目を引くのは、手に持つ長大な対物アンチ・マテリアルライフルだ。銃身10m程のそれは、超長距離からの狙撃に特化した機体であることを如実に語っている。

 そして、統矢がなによりも以前から引っかかってたいことを口に出そうとした、その時。


「先ほどの兵装、普段は別のものと交換しておいたほうがよろしいですね。巨大な単分子結晶も目を引きますが、オプションが光学兵器というのは前例がありません」

「! こ、これは、その」

「佐伯さんから話は聞いてます。共通規格ですので、通常の30mmオートと互換性があるでしょう。既に佐伯さんが換装準備を手配してくれてます」

「は、はい」

「そのサイズでのビーム兵器は、人類に前例がありません。うちの会社では、粒子加速器りゅうしかそくきを小型化できず艦船への搭載すらできない状況ですから」


 そう、確かに桔梗はうちの会社と言った。

 御巫桔梗、その名を改めて統矢は呟き、ようやく気付く。


「御巫……御巫重工? あの、日本有数の軍産複合体ぐんさんふくごうたいが、まさか」

「わたくしの実家です。……でした、と言うべきでしょうか。以前はわたくし、東京に暮らしてました。まだ皇都こうとだったころの、東京へ」


 それだけ言って桔梗は、自身の乗る【幻雷】改型弐号機を並べてくる。

 長い長い銃身を射撃場の向こう、一番遠くのターゲットへと向けると……改型弐号機の頭部を、狙撃用スコープを兼ねたバイザーが降りてきて覆った。

 射撃ポジションへと身構えた改型弐号機は、そのまま片膝を突いて狙いを定める。


「東京が皇都ではなくなったあの日……わたくしもまた、弟を失いました。父も母も……わたくしだけが、生き残ってしまった」

「桔梗先輩、それは」

「生きてれば丁度、弟は摺木君……あなたくらいでしょうか。ふふ、摺木君は少し弟に似てます。だから、つい」


 乾いた発砲音が響いて、遥か遠くでターゲットが木っ端微塵になる。

 撃ち出されたハイコート50mm弾頭は、円を描くターゲットのド真ん中を射抜いていた。

 統矢は黙って桔梗の話を聞きながら、彼女の射撃を見守った。宙へと回転する空薬莢を吐き出し続けて、桔梗の改型弐号機は淡々と現れるターゲットを全て撃ち抜いていた。

 皇国軍は改めて、兵練予備校へいれんよびこう青森校区の全生徒を幼年兵ようねんへいとして招集したと後に知らされる。

 戦争が再び始まり、統矢にとって終わらぬ戦いが続くのだった。

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