第4話「暴嵐の拳姫は風に舞う」
多くはないが少なくもない、
そして、放課後は二人きりで黙々と97式【
限られた資材での作業は難航を極めたが、不思議と千雪は黙って手伝ってくれた。
そんな二人のここ数日を、周囲のクラスメイトは
『転校生! 見せてみろよ、
『ヘマするようなら後ろからでも撃つぜ? 言い訳なんてどうとでもなるからな』
『ちょっと男子! くだらないこと言ってないで、フォーメーション!』
『男子ってホントにバカ……五百雀さんも災難よね、周りがこんな連中ばかりで』
回線越しに伝わる、自分自身もくくって
「本土の校区で配備されてるのは、この89式【
カーキ色に塗られた統矢の乗機は、
「俺たち
校区内に広がる
彼の一挙手一投足から揚げ足を取ろうと、複数の男子生徒たちが機体を背後へと連ねていた。だが、構わず統矢は計器へと目を配り、同時にレーダー内の磁気反応を拾う。
既に、今回の
全神経を研ぎ澄ました統矢には今、不思議とそれが数値や数字で表せぬ直感で知れていた。
『なあ、転校生! お前さ、五百雀さんとはどういう関係なんだよ?』
『放課後、二人きりでなにやってんだ? 教えろって』
『へへ、返答次第じゃただじゃ済まさないぜ?』
加えて言うなら、どうでもいい。
どの校区にもある、PMRのパイロット適性が高い生徒を集めた部活動、
そのことを伝えてやってもいいが、統矢には久々の実技教練の方が重要だ。
「無駄口を叩くな、敵が来る。
『おーおー、張り切っちゃって! さっすが、実戦経験者は、グッ! ガッ――!?』
『
遅い、遅過ぎる。
柿崎と呼ばれたクラスメイトの機体が、視界の隅っこでひっくり返る。慌てて周囲の者たちは、今しがたの攻撃へと
その時にはもう、統矢は機体を
「本土の連中は
失望にも似た呟きを
ヘッドギアに装着されているレシーバーが、
『こういう時は即座に回避です。皆さん、
もうもうと銃撃の煙が立ち込める中から、一回り巨大な影が踊り出た。
巨大に見えたのは、同じ89式【幻雷】とは思えぬ程に、肥大化した両手両足が特異なシルエットを刻んでいたから。
そう、太くて厳つい両手両足は、格闘専用にあつらえた特殊仕様のカスタマイズだ。ただのマニュピレーターでしかない標準仕様とは異なり、まさしく鉄拳としか言い表せぬ一回り大きな両の手。肘には
「出たな……フェンリルの
その場から離脱できたのは、統矢の機体だけだった。
残る全ての【幻雷】が、突如として吹き荒れる嵐の爆心地へ巻き込まれる。
あっという間に、空色のPMRは周囲の【幻雷】を無手の格闘で
ようやく空色の機体、千雪の乗る
『……? 一機、足りませんね。D班は二小隊、八機編成の筈ですが』
淡々と回線の向こうで呟く千雪の声に、気付けば統矢は操縦桿を全力で押し込んでいた。
鞭を入れられた
ブラインドとなる木々の間から躍り出た統矢に、千雪は自慢の愛機を振り向かせた。やはり、よく見れば両腕両脚こそ大きく異なるが、ベースとなった機体は【幻雷】だ。だが、辛うじて原型を留める頭部には、純血の乙女だけを許す
『そんなところに。やはり、残ったのは統矢君ですね。では……お相手します』
「それはこっちのセリフだ、千雪ッ! 見せてもらうぞ、【閃風】と恐れられた実力を!」
センサーが拾う、互いの入り混じって甲高く響く駆動音。重金属が楽器のように歌う金切り声の中を、統矢はパイロットとしての全ての経験と感覚で掴んでいた。右の拳を引き絞って身構え待ち受ける千雪の機体は、ハイチューンのカスタム機特有のメカニカルノイズを奏でている。腹の底に痺れるように響くのは、高トルクの瞬発力を極限まで高めたセッティングに違いない。
それを示すように、千雪が空色の愛機の
まるで瞬間移動のように、距離を殺して目の前に千雪の機体が肉薄してくる。
だが、その時……統矢の時間は一秒が永遠にも思える感覚へと引き伸ばされた。
「なんだ……? 相手の、千雪の動きが……いやっ、だが! チャンスだ!」
そう思った時にはもう、統矢の乗機は右手のカービン銃を乱射。
カービン銃での射撃を牽制に、それを敢えてガードさせる。
千雪の操るマッシブなシルエットは、その肉厚な装甲の両腕部で弾丸を弾きながら
抜刀と同時に
重量級である千雪機の足元が陥没に沈み込み、逆に統矢機は衝撃に浮き上がった。
だが、その時両者は同じ状況で同じ現状を察し、それが明暗を分けたことへ叫びをあげる。
『浅い……? 僅かに芯を
「違うな、千雪! 外したんじゃない……俺が避けたんだ! 全ダンパー、フルボトム! 腰部スイング構造全開、ラジカルシリンダー最大開放っ!」
狙い違わず、千雪の一撃は統矢の乗る【幻雷】の胸部装甲を
その右手には、抜身のナイフが
「もらったぜ、千雪! ……!?」
だが、
理論を実践する統矢の機転を、千雪の圧倒的な力と技が貫通してゆく。
『やっと、名前で呼んでくれてますね、統矢君。このまま、ブチ抜きます!』
先程からずっと、統矢の鋭敏な感覚は全ての事象を観測、理解して反応している。
だから、わかる。
ナイフを握った右腕が伸び切る速さよりも、千雪の機体が放った拳の力が勝っている。ただ純粋に、無手の体術を完全に再現して敵を叩き潰すためだけの限界チューンド。その圧倒的な力。正規軍の型落ちとして各校区に配備された機体とは思えぬ、戦技教導部特有のカスタマイズを極めた、粋を凝らした技術の結晶を
次の瞬間には、全てがコマ送りに見える謎の現象が失せて、そして衝撃。
大の字に地面へと突っ伏した機体の中で、統矢は空と、空色の機体が
午前中の最後の四時間目が終わるサイレンが、青森校区に鳴り響いていた。
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