第4話「暴嵐の拳姫は風に舞う」

 摺木統矢スルギトウヤの退屈で空虚くうきょな学生生活は、一変してしまった。

 多くはないが少なくもない、五百雀千雪イオジャクチユキとのふれあい。真面目に受けざるを得ない授業の合間に、二人はニ、三の言葉を交わしたりする仲になっていた。

 そして、放課後は二人きりで黙々と97式【氷蓮ひょうれん】を修理する。

 限られた資材での作業は難航を極めたが、不思議と千雪は黙って手伝ってくれた。

 そんな二人のここ数日を、周囲のクラスメイトは怪訝けげんな表情で遠巻きに見守り、嫉妬しっと羨望せんぼうの入り交じる視線を注いでくる。のみならず、こうしてパンツァー・モータロイドを使用してのPMR実技教練パメラじつぎきょうれんでは、露骨に敵愾心てきがいしんを向けてくるのだった。


『転校生! 見せてみろよ、北海道校区ほっかいどうこうくの、最前線の実力ってやつをな!』

『ヘマするようなら後ろからでも撃つぜ? 言い訳なんてどうとでもなるからな』

『ちょっと男子! くだらないこと言ってないで、フォーメーション!』

『男子ってホントにバカ……五百雀さんも災難よね、周りがこんな連中ばかりで』


 回線越しに伝わる、自分自身もくくってまとめた不本意な扱い。だが、それも統矢にはあまり興味がなかった。ただ、久々に全力稼働するPMRでの模擬戦は、授業とはいえ緊張感を統矢へともたらす。

 Gx感応流素ジンキ・ファンクションを満たした弾力性のある操縦桿は、両手から伝わる統矢の意志を全て機体の制御系へと伝えている。完全に整備のゆきとどいた機体は、北の大地で乗り慣れた【氷蓮】とは違って旧型だ。だが、PMRの基礎理論は十年以上前に完成している。細部こそ異なるが、性能に不満は感じれなかった。


「本土の校区で配備されてるのは、この89式【幻雷げんらい】か。基本性能は変わらないが、少しだけ【氷蓮】より重いな。俺なら、もっと安全マージンを削ってセッティングするけど」


 カーキ色に塗られた統矢の乗機は、御巫重工ミカナギじゅうこう製の89式【幻雷】……長年の運用で信頼と実績のある名機だ。授業用の機体はいざともなれば実戦にも参加するため、人類同盟じんるいどうめいの各国に配備されてる物と同等である。武器は標準的な携行武装、右腕で保持する40mm40ミリ口径のカービン銃。そして左腕には上半身を覆う程度の大きさのシールドだ。プリセットと呼ばれる各種装備の基本的なセット、トルーパー・プリセットだ。


「俺たち幼年兵ようねんへいなんか、弾除たまよけくらいにしか思われてないんだろうな。正規軍ならもっと、個々に多様な兵装を運用するけど……!?」


 校区内に広がる演習場フィールドの、人工的に作られた森の中を進む統矢。

 彼の一挙手一投足から揚げ足を取ろうと、複数の男子生徒たちが機体を背後へと連ねていた。だが、構わず統矢は計器へと目を配り、同時にレーダー内の磁気反応を拾う。

 既に、今回の模擬戦プラクティスの相手……恐るべき強敵の気配が伝わっていた。

 全神経を研ぎ澄ました統矢には今、不思議とそれが数値や数字で表せぬ直感で知れていた。


『なあ、転校生! お前さ、五百雀さんとはどういう関係なんだよ?』

『放課後、二人きりでなにやってんだ? 教えろって』

『へへ、返答次第じゃただじゃ済まさないぜ?』


 鬱陶うっとうしい。

 億劫おっくうだ。

 加えて言うなら、どうでもいい。

 どの校区にもある、PMRのパイロット適性が高い生徒を集めた部活動、戦技教導部せんぎきょうどうぶ。この青森校区の戦技教導部所属である千雪との関係は、大破した【氷蓮】の修理に都合がいい。いわば利用するだけの相手で、そこに千雪の思惑は関係がなかった。

 そのことを伝えてやってもいいが、統矢には久々の実技教練の方が重要だ。


「無駄口を叩くな、敵が来る。散開ブレイクして各個に回避運動、初撃をやり過ごしてから包囲殲滅ほういせんめつする」

『おーおー、張り切っちゃって! さっすが、実戦経験者は、グッ! ガッ――!?』

柿崎カキザキぃぃぃっ! クソ、柿崎がやられた……会敵、コンバット・オープン!』


 遅い、遅過ぎる。

 弱装弾じゃくそうだんとはいえ40mmの一斉射いっせいしゃは、機体とパイロットに強力な衝撃をもたらした。

 柿崎と呼ばれたクラスメイトの機体が、視界の隅っこでひっくり返る。慌てて周囲の者たちは、今しがたの攻撃へと恐慌パニック状態で応射おうしゃを始めた。

 その時にはもう、統矢は機体をひるがえしてポジションを変え、躊躇ちゅうちょなく森へと飛び込む。


「本土の連中は素人しろうとか……? 閃光マズルフラッシュ硝煙しょうえんで視界を失う、あれでは駄目だ」


 失望にも似た呟きをこぼした、その時だった。

 ヘッドギアに装着されているレシーバーが、凛冽りんれつとも言える瑞々みずみずしい声を響かせる。


『こういう時は即座に回避です。皆さん、教本マニュアルを思い出してください。……もう、遅いですが』


 もうもうと銃撃の煙が立ち込める中から、一回り巨大な影が踊り出た。

 巨大に見えたのは、同じ89式【幻雷】とは思えぬ程に、肥大化した両手両足が特異なシルエットを刻んでいたから。空色スカイブルーも鮮やかなその機体は、先程発砲したと思しきカービン銃を捨てると、肉薄の距離で格闘戦を挑んでくる。

 そう、太くて厳つい両手両足は、格闘専用にあつらえた特殊仕様のカスタマイズだ。ただのマニュピレーターでしかない標準仕様とは異なり、まさしく鉄拳としか言い表せぬ一回り大きな両の手。肘にはGx超鋼ジンキ・クロムメタルのブレードが生えている。両足は全てを踏み抜き蹴り破る、もう一つの武器だ。膝のブロックなど、まるで全てを砕くハンマーのように突き出ている。


「出たな……フェンリルの拳姫けんき、【閃風メイヴ】ッ!」


 その場から離脱できたのは、統矢の機体だけだった。

 残る全ての【幻雷】が、突如として吹き荒れる嵐の爆心地へ巻き込まれる。

 あっという間に、空色のPMRは周囲の【幻雷】を無手の格闘で駆逐くちくしてゆく。繰り出される拳や蹴りの全てが、搭乗者の意図いとするままに鋼鉄の巨人たちをたおした。次々と大破判定で停止するPMR群の中で、鎧袖一触がいしゅういっしょくの豪快な拳舞けんぶに踊る、その姿はまさしく……【閃風】。

 ようやく空色の機体、千雪の乗る仮想敵アグレッサーが89式【幻雷】の改修機だと気付いて、統矢は自然と喉を鳴らす。飲み込む唾もないほどに口の中が乾いていた。


『……? 一機、足りませんね。D班は二小隊、八機編成の筈ですが』


 淡々と回線の向こうで呟く千雪の声に、気付けば統矢は操縦桿を全力で押し込んでいた。

 鞭を入れられた駿馬しゅんめのように、出力全開の微動に震えながら機体が走り出す。

 ブラインドとなる木々の間から躍り出た統矢に、千雪は自慢の愛機を振り向かせた。やはり、よく見れば両腕両脚こそ大きく異なるが、ベースとなった機体は【幻雷】だ。だが、辛うじて原型を留める頭部には、純血の乙女だけを許す一角獣ユニコーンのような長い角が突き立っていた。


『そんなところに。やはり、残ったのは統矢君ですね。では……お相手します』

「それはこっちのセリフだ、千雪ッ! 見せてもらうぞ、【閃風】と恐れられた実力を!」


 センサーが拾う、互いの入り混じって甲高く響く駆動音。重金属が楽器のように歌う金切り声の中を、統矢はパイロットとしての全ての経験と感覚で掴んでいた。右の拳を引き絞って身構え待ち受ける千雪の機体は、ハイチューンのカスタム機特有のメカニカルノイズを奏でている。腹の底に痺れるように響くのは、高トルクの瞬発力を極限まで高めたセッティングに違いない。

 それを示すように、千雪が空色の愛機の俊敏性アジリティを爆発させた。

 まるで瞬間移動のように、距離を殺して目の前に千雪の機体が肉薄してくる。

 だが、その時……統矢の時間は一秒が永遠にも思える感覚へと引き伸ばされた。


「なんだ……? 相手の、千雪の動きが……いやっ、だが! チャンスだ!」


 そう思った時にはもう、統矢の乗機は右手のカービン銃を乱射。けた銃身から吐き出された空薬莢からやっきょうが宙を舞う。それすらスローモーションに見える中で、統矢は自分の意志のままに操縦桿の弾力を握り締めた。二手三手先へと瞬く閃光のように走る統矢の意志を、Gx感応流素が拾って機体を疾駆しっくさせる。

 カービン銃での射撃を牽制に、それを敢えてガードさせる。

 千雪の操るマッシブなシルエットは、その肉厚な装甲の両腕部で弾丸を弾きながら吶喊とっかんしてきた。その時にはもう、統矢はカービン銃を捨てさせた右手をシールドの裏側へと突っ込んでいる。そこには、近接格闘用に装備されたPMRサイズのコンバットナイフが装備されていた。

 抜刀と同時に衝撃インパクト、統矢は左右のサブモニターが真っ赤になる光に包まれる。

 零距離ゼロきょりへと踏み込んだ千雪機の拳が、真っ直ぐ放った正拳突きを統矢機へと叩き込む。

 重量級である千雪機の足元が陥没に沈み込み、逆に統矢機は衝撃に浮き上がった。

 だが、その時両者は同じ状況で同じ現状を察し、それが明暗を分けたことへ叫びをあげる。


『浅い……? 僅かに芯をれた……外した? この、私が』

「違うな、千雪! 外したんじゃない……俺が避けたんだ! 全ダンパー、フルボトム! 腰部スイング構造全開、ラジカルシリンダー最大開放っ!」


 狙い違わず、千雪の一撃は統矢の乗る【幻雷】の胸部装甲を穿うがっていた。模擬戦とはいえ、直撃で表面の三次装甲サードアーマーがひしゃげて潰れる音を統矢は聞いた。だが、その時にはもう彼は、腰をツイストに捻って衝撃を逸らして逃し、左肩を後ろにずらす反動で右の腕を付き出したのだ。

 その右手には、抜身のナイフが鈍色にびいろの輝きを灯している。


「もらったぜ、千雪! ……!?」


 だが、刹那せつなの攻防に誤算が生じた。

 理論を実践する統矢の機転を、千雪の圧倒的な力と技が貫通してゆく。


『やっと、名前で呼んでくれてますね、統矢君。このまま、ブチ抜きます!』


 先程からずっと、統矢の鋭敏な感覚は全ての事象を観測、理解して反応している。

 だから、わかる。

 ナイフを握った右腕が伸び切る速さよりも、千雪の機体が放った拳の力が勝っている。ただ純粋に、無手の体術を完全に再現して敵を叩き潰すためだけの限界チューンド。その圧倒的な力。正規軍の型落ちとして各校区に配備された機体とは思えぬ、戦技教導部特有のカスタマイズを極めた、粋を凝らした技術の結晶をせつけられる統矢。

 次の瞬間には、全てがコマ送りに見える謎の現象が失せて、そして衝撃。

 大の字に地面へと突っ伏した機体の中で、統矢は空と、空色の機体がのぞき込んでくるのとを見やった。大破判定を警告するアラートを聴くまでもなく、完敗だった。

 午前中の最後の四時間目が終わるサイレンが、青森校区に鳴り響いていた。

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