第二話

 最後の別れの瞬間ともなると、見ている我々すら涙で前が見えなくなってしまうほど、感動的なものが多かった。

 そのような飼い主の、強くて深くて重い思いが伝わってくるからこそ、園も相談を無下に断ることができなかった。

 それどころか、

「真正面からしっかりと対応しなければいけない」

 と、襟を正したものである。


 ところが、ここ数年で状況はすっかり変わってしまった。


 まず、園の入口に無断で動物を置き去りにする者が増加した。

 真夜中の人気(ひとけ)のない時間帯を見計らって、門の前に置き去りして姿を消すのだ。

 多少の現金や当座の餌(えさ)が一緒に置かれている場合や、毛布などで丁寧に包まれている場合は、まだ救いがあった。

 酷(ひど)いケースになると、今朝のように生まれたばかりの幼体をビニール袋にただ放り込んだだけの状態で、しかもわざわざ寒暖の差が激しい時期に門の前に置き去りにしていた。

 そうなると、翌朝になって飼育員が発見した時には大半が死んでいる。

 飼い主の所業とはいえ、飼育員も心穏やかではいられない。

 そこである時、業を煮やした飼育員の一人が、宿直時に門を監視したことがある。

 宿直はただ寝ているだけの楽な仕事と思われがちだが、実は激務である。

 園には夜行性の動物も結構多く、夜中にやらなければいけない作業が多いからだ。

 彼は、その激務の合間を縫(ぬ)って監視を続け、それが功を奏して、数週間後に置き去り寸前の現場を抑えることができた。

 飼育員が詰め寄って問い質したところ、飼い主から返ってきた答えはこうだった。

「他にもいっぱい動物がいるんだから、少しぐらい増えても何てことないでしょう? それに、専門家がいるからちゃんと面倒を見てもらえるだろうし」

 それを聞いた飼育員は、開いた口が塞(ふさ)がらなかった。

 如何(いか)にも当然、という顔をした飼い主を見ていると、怒る気すら失せる。

 これでは何を言っても通じないだろうし、仮に園の前に置き去りにすることを止めさせたとしても、他の場所にこっそり放棄するだけであろう。

 それこそ救いようがない。

 飼われていた動物を野に放ったところで、二十四時間以上、生き残れるはずがないからだ。

 その一件以降、わざわざ門の前で監視する者はいなくなったが、無論それで置き去りが止む訳ではない。

 むしろ、同じことを考える人間は少なくないようで、近年の置き去り件数の伸びは半端ではなかった。

 昨今のペットブームが、その傾向に拍車をかけている。

 独り身の寂しさを紛(まぎ)らわすために安易に飼い始めて、面倒が見切れなくなって放り出してしまうのだろう。

 三十年前までは、動物の置き去りが年間十件を超えたら大変な騒ぎだったが、最近では一日で三件を超えることもあった。


 ペットブームとの関連で、置き去りにされる動物の種類について、

「一般家庭でよく見る愛玩(あいがん)動物の類(たぐい)が殆どではないか」

 と思われがちだが、実はそういうものは思ったよりも少ない。

 流石に愛玩動物は、

「園に持ち込むのは筋違いじゃなかろうか」

 と、飼い主も思うのだろう。

 多いことは多いが、それでも三割程度だ。

 持ち込まれる動物で一番数が多い種類は「鳥」で、それが全体の四割ほどを占めていた。

 鳥は哺乳動物よりも置き去りにする際の、飼い主の心理的なハードルが低いらしい。

 また、置き去りに至るまでの流れを飼育員で推測したことがあるが、次の通りと思われた。

 まず、村祭りの縁日で小さい鳥が売られているのを見かけて、子供にせがまれた親が仕方なく買ってしまう。

 最初のうちは、小さな可愛らしい声を上げているだけだが、ある日を境にそれが朗々とした時を告げる声に変わる。

 しかも毎日、夜明け寸前に朝の訪れを界隈に高らかに告げるものだから、近隣からの苦情が殺到する。

 その結果、耐え切れなくなってここに持ち込むことになるのだ。

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