面接担当者の憂鬱

阿井上夫

一 席は「窓側」が鉄則である。

「失礼します……」

 自信なさそうな小さい声を残して、男は退室した。

 私は面接票の結果記入欄に簡単なコメントを走り書きする。

(メンタルが弱い。日常業務すら耐えられない。不可)

 続いて、黒いビニル製の書類フォルダからコメントを記入した面談票と履歴書を外して、次の候補者の面談票と履歴書をセットする。

 小さく息を吐いてから、大きな声で言った。

「それでは、次の方どうぞ」

 狭い室内に事務的な声が響く。

 自分でもその味気なさに気がついていたものの、改める気力はとうに失せていた。

 なにしろ、今日は朝から晩まで採用面接の予約が詰まっているのだ。

 しかも、事前の応募書類にざっと目を通した限り、これという有望な候補者のいない消耗戦になると思われた。

 それでも仕事であるから午前中はまだ元気だったが、昼を過ぎて時間が経過するにつれて、どんどん自分の活力が下がっていくのを感じた。

 自分が面接を受ける側だったら、決してこんな時間に予約を入れたりしない。

 昼食後、一時間経過した時点の面接官は、不機嫌になっているか、あるいはろくに受験者の話も聞けないほど眠くなっているか、いずれかであることが多いからだ。

 ちなみに今の私は前者である。


 そもそも、ここの会議室は設備が悪すぎた。

 朝、早めに来て会場の準備状況をチェックした時、私は唖然とした。

 まず、面接官の椅子が「折り畳み式のパイプ椅子」という時点で、基本から間違っている。

 長丁場の面接なのだから、椅子は非常に重要なポイントなのだ。

 これでは途中で尻が痛くなって、面接に集中できなくなる。

 また、「足元を隠す目隠し板が前についていないスチール製の長机」も、明らかにマイナスである。

 これではたまに靴を脱いだり、足を組んだりという軽い息抜きが出来ない。

 逆に、足の動きでこちらの心の状態が、受験者側に読み取られる危険性すらある。

 さらに、前日の会場設営で面接官席が壁側、受験者席が窓側に配置してあったことには、正直がっかりした。

 声を大にして言う。

 上座、下座に関係なく、面接官の席は窓側が鉄則である。

 逆光で受験者から面接官の表情が読みにくくなり、面接官からは受験者の表情がはっきり見えるからだ。

 ――面接が終わったら小一時間ほど、説教が必要だな。

 と、私は部下の評価を心の中のチェックシートに記しておく。

 採用面接の担当者は、そうやって何時いかなる時でも評価をつけずにはおられない人種である。

 休日に、自分の子供の顔を見ながら、

「こいつをどこに配属しようか? 職務の適性はどうかな?」

 と真剣に悩み始めたら一人前なのだ。


 そんなことをつらつら考えていると、次の受験者が扉をノックした。

「失礼しまーす」

 と言いながら、女が扉を開けて入ってくる。

 ――はい、不合格決定。

 即座に私は合否を振り分けた。

 正式な採用面接の場で、最初の挨拶から語尾を延ばすというのは「社会的な常識が欠如した、状況に応じて自分の行動を制御できない半端者」の証しである。

 さて、ここで

 ・声だけで判断するなんて、早計すぎるじゃないか。

 ・言葉遣いに対する偏見ではないか。

 と、憤慨される方がいるかもしれない。

 私は決して極端な差別主義者ではない。

 ただ、年間百人以上の面接をやっていれば、誰しもこのぐらいのことで瞬時に自動的に、受験者を振り分けるようになるのだ。

 それに加えて、受験者の席まで歩く途中の微妙な猫背と、曖昧な手の動きに

「今日は宜しくお願いしまーす」

 と言いながら正面を向いた時に見せる、笑顔に慣れていない者特有の薄気味の悪い半笑いと、ひらひら泳いで定まらない目線と、

「それでわー、自己紹介させて頂きまーす」

 という、妙に甲高い声で繰り広げられるハイテンションな自己紹介が揃えば、それでもうお腹は一杯である。

 私は、心の中でその受験者に「十五分コース」というタグを付けた。


 *


 仮に貴方に連絡があった面接予定時間が、三十分であったとする。

 その場合、

 ・最初の五分以内に勝負は決していると考えたほうがよい。

 ・基本的に面接官は減点評価していると考えたほうがよい。

 ・部屋に入った時から面接は始まっていると考えたほうがよい。

 初手の失敗が途中でプラスに転じることは決してないから、面接の途中で面接官が急に貴方に優しくなったとしたら、それは自分に好意を持ってくれたことを意味する訳ではない。

 むしろ、さっさとお帰り頂いても悪い印象を持たれないように、モードを「受験者対応」から「お客様対応」に、面接官が切り替えてしまったことを意味している。

 面接内容は厳しいぐらいがちょうどよいのだ。

 また、面接を受けた時間とその後の結果通知までの日数は、結果を推測する上で重要な情報源となる。

 面接予定時間が三十分で、

 ・形式的な質問を受け、事務的に進行し、質問時間はなし。

 ・予定時間より心持ち早めに終了した。

 ・結果は一週間以内と言われて、三日経過した。

 としよう。

 これらはどう考えても、全て不合格フラグなのだ。

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