大江戸暴漕族 壱 佃島始末

阿井上夫

「馬鹿かぁぁ、お前らはよぉぉ――」

 大川の汽水域に、風切音に混じって仁吉の高笑いが響き渡る。

「素人の二丁櫓にちょうろがぁぁ、佃島の四丁櫓にかなうわけがないだろぉぉ――」

(うるせえ、その通りだよ)

 宗太は先程からしきりにかじをあやつり、清二と巳之助の力の差を真っ直ぐ進む力に結び付けようとあがいていた。

(その通りだが、勝負はもう受けちまったんだよ)

 巳之助はもう限界ぎりぎりだ。息は既に上がっているし、黒覆面の下の眼は何も見ていない。

 清二のほうは、いまだ巳之助の漕ぎに調子を合わせるだけの余裕を残している。しかし、そのために無理をしすぎて、二の腕が張り切ってしまっていた。

 舵を操る宗太の右腕も、感覚が薄れ始めている。

 彼は後方を振り向いた。

 黒地に赤文字で『暴漕上等』と染め抜いた旗が、猪牙舟ちょきぶねともで狂ったようにひらめいている。

 その艫に向かって、佃島の押送舟おしょくりぶねがじりじりとへさきを摺りつけるように迫ってくる。押送舟の舳で腕を組み、仁王立ちしている仁吉の顔がはっきりと見え、その顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。

 宗太は進行方向に向き直って、彼方にある永代橋を見る。

(これっぽっちの差じゃ、永代橋を抜けるまでもたない!)

 その手前で間違いなく抜かれる。そして、僅かの差で敗れる。

 何か――あとほんの僅かでも舟を速める方策があれば。そうすれば勝てるのに。

 素人の二丁櫓でも、工夫すれば玄人の四丁櫓に勝てると証明できるのに。

 お園が新大橋の上から勝負の行方を見つめている。多分、両の拳を握り合わせて祈るように見つめているはずだ。圧倒的な経験と力量の差を、俺たちが創意と工夫で跳ね返して勝つ姿が見たくて、その瞬間が来るのを待ち望んで。

(あと僅か。畜生、ほんの僅かでいいんだよ)

 懸命に頭を振り絞りながらも、宗太の顔は次第に下がっていった。

(俺たちは、こんなところで負けるわけにはいかないんだよ!)

 宗太は舟の底に向かって、無言で吠えた。

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