死闘2
真上から振り下ろされた斬撃を半身をひねって避けつつ、前へ踏み込んだ。全体重を乗せてダリウスの肩を突き刺す。硬く鈍い感触が手に伝わる。
(こいつ、
(
刃は通らなくても、
ダリウスの
苦痛にもがきながら見上げれば、ダリウスの右足が腹の上に乗っていた。剣を振りかぶるダリウスを視界に収めながら、ルシュディアークは
ルシュディアークはすぐさま体を起こすと、恐ろしい速さで腰から短剣を引き抜き、倒れたばかりのダリウスの首に刃を突き込んだ。
それは身体ごと突き刺すような勢いだった。短剣が柔らかいものに沈み込むような感触が手に伝わる。ダリウスが、喉に突き立った剣に手をやり引き抜こうと力をこめた。そうはさせまいと、短剣の柄に力をこめる。自分でも訳の分からない唸り声を上げながら。ダリウスの命を絶つために深く、深く刃を
瞬間、横面を殴られ、突き飛ばされた。拍子で抜けた短剣が手元に落ちた。鈍い痛みと共に起き上がると、ダリウスもまた、血を吐きながら立ち上がった。破れた水袋のように首から
(まだ、立ち上がるか)
首を突き刺してやったのに。
まだ、生きている。
そう思った途端、冷めかけていた気持ちが再び熱く沸き立ってくるのを感じた。震える手で、転がった短剣と剣を握りしめる。
「……先の一騎打ちでの約束は覚えているな?」
ダリウスが血を吐き出しながら、頷いた。
「水を差されたとはいえ、約束は約束だ。俺が勝てば、この場から兵を引いてもらう」
くす。と、ダリウスが皮肉めいた笑みを浮かべた。
既に勝負は決まっている。約束などと今更……。そんな笑みを浮かべているようにも見えた。
「……そうだったな。今更か」
ダリウスは答えない。喉奥まで刺し貫いたせいか、声が出せないようだった。
「いま、楽にしてやる」
ダリウスはよろけながら足を一歩、前へ踏み出した。その度に鮮血が服を汚し、足を汚し、大地を汚した。二歩、歩み。三歩目で大きくよろめきながら、足元に転がった剣を掴む。
「ダリウス様、もうおやめください!」
固唾をのんで見守っていた集団の中から、青年兵がダリウスの前に進み出た。ダリウスを背後にかばうように剣を構え、こちらを睨んでいる。
そんな彼の肩にダリウスは手をやり、彼をじっと見つめた。まるで邪魔をする者を遠ざける様な表情を浮かべると、ふっと微笑んで、青年兵の肩から手を放した。くしゃりと、青年兵が顔を歪ませた。ダリウスが首をゆっくりと横に振ると、青年兵の肩を押した。よろけた彼は今にも泣きださんばかりの顔つきでダリウスの足元に座り込んだ。
それを見届けた後で、ルシュディアークは再び剣を構えた。
「……別れは済んだか」
ダリウスも分かっているのだろう。穏やかだった
足元に転がった松明の炎が、両者の姿を闇に浮かび上がらせた。
ダリウスの剣はルシュディアークの左肩を斬りつけ、ルシュディアークの剣はダリウスの右目を貫いていた。
ぐらり。と、ダリウスの体が大きく
(……逝ったか)
勝ったという高揚感はない。かつてのように人を殺したことへの恐怖も無ければ後悔も無かった。ただ、心に無があった。
ダリウスのそばへ歩み寄ると、しゃがみ込んで顔を覗き見た。血走った眼は何処ともない天を見上げ、微かな呼吸音が口元から血泡と一緒に漏れ出ている。
「その勇姿と気概、アル・カマルの第二皇子として褒め称えてやろう。敵とはいえ約束を守る姿をこの俺に見せつけた貴様のこと、生涯忘れん」
だから今はもう、眠れ。
言葉にしたかった声を聞き届ける前に、ふっと、ダリウスから力が抜けた。あぁ、逝ったのだと思った瞬間だった。その悲鳴のような嗚咽が響いたのは。
「ダリウス様あぁぁぁぁ!」
絶叫のような気迫と共に斬りかかって来る彼を、ルシュディアークの前に飛び出したアクバルが斬り倒した。青年兵は
「……貴様、よもやダリウスの亡骸を放置したまま戦うつもりか?」
問い訊ねた瞬間だった。青年兵の顔から、憤怒の表情が一瞬にして消え去ったのは。
「主の雄姿、そなたも見ただろう。俺から受けた恥辱に耐え、二度の一騎打ちを命を賭して果たして見せたその気概を。それは全てこの場にいるお前達の為でもあった。こやつはな。いいや、ダリウスという将軍は、無駄な血を流す争いごとを
「それは……」
「答えられないか!」
戸惑いを見せる青年兵を睨む。
「こいつは、俺との約束を命を賭けて守ってくれた。文字通り、血を流して。その約束を他でもない、ダリウスの背後で守られ続けていた貴様が反故にし、亡骸を放逐して戦い続けることはダリウスを侮辱する事にも等しい」
ダリウスは敵であった。けれども、その志は敵ながら立派なものであったように感じる。それを、この青年兵が
痛みで震える右手で剣の柄を握り直し、切っ先を青年兵へ向けた。
「ダリウスを侮辱したいのならば、俺が受けて立ってやる」
ルシュディアークが剣を構えると、さっと、青年兵の顔に朱が差した。
「そんな事、分かっている!」
「分かっているのならば、主の骸を抱えて今は引け!」
青年兵が俯いた。その時、何か雫のようなものが砂の上を濡らしたように見えた。じっと、青年兵を見守ると、青年兵は事切れたダリウスを振り返り、亡骸を抱きしめるようにして、静かに嗚咽を漏らした。
その泣き声が呼び寄せたかのように、空には朝日が昇り始めていた。
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