みどりの旅路

真賢木 悠志

本編の1

 道はアスファルトを越え、再びつちに変わろうとしていた。

 またひとつ尾根を越えることになるのだろう。今のところ、足に疲れはない。夏はようやく終わったかに見えて、山中ではなお蝉時雨が続いていた。空も変わらず青い。遥か高く、手前に迫るような雲。涼しいのは午前中までに違いない。

 二人はつちを踏みしめる。夏草がさくさくと踏み折られていく。時折細枝がぱきんと鳴る。ばったか何かがぱっと飛び退く。とても静かだ。

「そろそろ、北海道かな」

「もう3ヶ月は歩いたからね」

「ちょっと、きゅうけい」

「うん」

 木漏れ日が立ち止まった二人の顔にかかる。風を得て、光と影はいくつかの単純な模様を繰り返す。少女は眼を細め、青年は顔を背けた。

「気持ちいい」

「そうかな」

「そうだよ」

「お腹空かないかな」

「ぜんぜん」

 青年は差し出しかけた手を戻し、そのまま口元にやると、眠気もないのに軽く欠伸をした。どこか懐かしがるような素振りだった。手を元の位置に落ち着けてふと少女を省みると、掌にちいさな何かを載せ、じっと見つめているようだった。

「木の実かい」

「違う、虫」

「生きてるか」

「生きてる」

「生きてるか」

「生きてる」

 少女にとって、それは大切な何かだった。確認しておきたいことだった。青年もそれをわかっていて、質問をくれたのだ。しかし見つめ直すと、その顔は変わらず木訥としていた。

「そろそろ、」

「わかった。行こうか」

「そうじゃなくて」

「ん」

「やっぱり、お腹空いた」

「わかった」

 青年は指を差しだした。少女はその先端の、みずみずしい新芽を優しくかじりとり、味わうように咀嚼し、嚥下した。行為自体に意味を見いだすように、それは恭しく行われた。かろうじてそれは、少女を人たらしめる要素に違いなかった。

「ありがとう」

「ううん」

「空は」

「青いね」

「青い」

「暖かい」

「まぶしい」

 青年は指先の枝振りを整えると、再び歩き出した。少女は確かめるようにお腹を撫ぜると、青年に小走りで追いついた。


 二人はこれからも

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