第九節 逆転の策とゴマ団子

 店内の視線を一身に集めながら、しかし蘭香は何も目に入っていない様子で「うぅ~っ」と動物が威嚇をするかのような呻き声を上げ続けている。

(酷いわ酷いわ酷いわっ! あたしの道士様になんてことをするのよっ。絶対に許せない! 許さない!)

 そのような展開に持ち込んだのは蘭香の勝手なのだが、自身の考えることはみな真実と信じて疑わない蘭香には妄想と現実の区別などありはしない。周囲の迷惑など顧みず、憤りのままにダンダンと卓に拳を打ち付ける。見るに見かねた店員が恐る恐る近づいて声を掛けた。

「姑娘、食後の甘味などいかかでしょう?」

「えっ、なになに? 甘いものがあるの?」

 いともたやすく釣られた蘭香、店員が顔に浮かべた苦笑の意味を考えもせずに身を乗り出した。店員はこくりと頷いて、

「先ほどの料理はお気に召されなかったようなので。ゴマ団子ならすぐにお持ちできますが?」

「お団子っ! なによ、あるならすぐに持ってきなさいよー!」

 団子ならば口臭も気にならず、腹も適度に膨れる。蘭香は満面の笑みを浮かべて店員の尻を叩く。このようなとき、蘭香は自身の武功がどれほどのものかついつい忘れてしまいがちだ。まるで猪の突進でも受けたかのように店員の体は前に突き飛ばされ、そのまま尻を押さえながらふらつくようにして奥へ引っ込んで行った。加えて団子を持って来たのはいやいやながら押し出された別の店員で、しかも皿を卓上に置くなり逃げるようにして引っ込んでしまった。

 そんな事は気にも留めず、蘭香はゴマ団子を一つ頬張る。もっきゅもっきゅと咀嚼し、むぅ~んと恍惚の表情を浮かべる。この場面だけを見れば甘味が好きな年頃の乙女なのだが、いかんせん直前までの奇行がある。客も店員も陰からこそこそと覗き見てはひそひそと言葉を交わしている。

 ゴマ団子三つはあっと言う間に蘭香の腹に収まり、同時に先ほどまでの気のたかぶりもすっかり収まっていた。満足げに腹を撫で撫で、舌先で歯の間に詰まったゴマを取り除きながら妄想の続きに入る。

(さあ、ここからが私の腕の見せ所よ。私の道士様を苛める輩は痛い目に遭わせてやるわっ。ふん、見ていなさいよ。私を怒らせたことを後悔させてやるんだから!)

 ニッシシシ、と奇妙な笑みを口元に浮かべる。ああ、やはり変な女だったと、周りの者は嘆息を漏らした。

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