塀の裏の友人

 小学生の頃、俺には友達がいなかった。

 転校し立てというのがまず一因だった。前の土地の言葉がいつまでも抜けずに、人の輪に入れなかった。

 放課後は以前の級友を懐かしみながら、ひとりきりで遊ぶのが常だった。


 そんな、ある夕暮れ。

 グローブ片手に硬球を壁当てしていたら、投げそびれてボールが壁の裏に飛んだ。

 当てていたのは公園のブロック塀にで、それを越えるとさえぎるもののない大通りになる。拾いに行くのはひと手間だ。

 げんなりした気分になったその時、塀の裏からぬっと腕が出て白球を掴んだ。光線の加減か、その手は炭のように真っ黒く見えた。

 一瞬の溜めの後、ひゅっとスナップを利かせた返球が来た。俺のグローブでぴしりといい音を立てる。少し考えてから、


「次、いくぞ」


 声をかけてゆるい球を投げた。するとやはり腕は出て、ボールを見事にキャッチした。そしてまた小気味いい速度の球が返ってくる。

 その次は声をかけずに投げたが、大丈夫だった。それから真っ暗になるまで、俺は腕とキャッチボールを続けた。

 顔を出したくない理由でもあるのだろうと、「そろそろ帰る」とだけ声をかけて別の出口から公園を出た。

 塀の裏から返答はなく、ただ突き出た腕が「バイバイ」の形で大きく振られていた。

 塀の裏の友人とのキャッチボールは、俺の日課になった。



 転校から少し経つと、やがて俺にも学校の友人ができた。

 そいつら数人といつもの公園で遊んでいたら、塀の裏からまた手が出ているのが見えた。

 手は小さく「バイバイ」と打ち振られ、それきり二度と現れなかった。

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