冷たい湯の海

 布団に入ってから唐突に、風呂の湯を抜くのを忘れていたと思い出した。

 面倒だけれど放置すればきっと母がうるさい。

 寝床を抜け出して風呂場に行った。電気を点けて浴室のドアを開ける。すると冷えた湯の上に一隻、手のひらサイズの、しかし精巧で立派な帆船が浮いていた。

 目を凝らせば甲板上で忙しく立ち働く、船員たちの姿も見える。彼らにとって湯船は大海原に等しいのだろう。

 証拠の写真を撮ろう閃いて、大急ぎで部屋に取って返した。携帯を持ってくるまで、きっと一分もかかっていなかったはずだ。

 けれど戻った時にはもう、船はどこにもいなかった。

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