ばあ

 運動不足と体力不足を解消しようと、ランニングを始めた。

 仕事を終えてからだから、走る時間は自然夜になる。会社帰りに遠出は厳しいからと、住んでいる団地を周回する形にランニングコースを決めた。


 走り始めて数日。

 三日坊主にはならんぞと思っていたのだが、残念ながら意気込みが続かなくなってきた。自分に発破をかけて走りに出るも、そのペースは明らかにダウンしてしまっている。

 ほぼ歩いているのと変わらない速度で、痛くなってきたわき腹をさすった。肩にも妙に力が入ってしまっているのが分かる。

 今日はもう走るのをやめて、残りのコースは歩いてしまおうかなどと考えながら、掲示板の前を過ぎた。


 この掲示板には団地の見取り図と地区の催しの案内が貼られており、夜でもそれが見えるようにと、光量は弱いながらも電灯が灯っている。

 夜間は割合と目立つので、俺はそこをスタート兼ゴールラインに設定していた。つまりこれでようやく一周というわけだ。


 さて、このまま続けるかどうするか。

 怠ける方向へ答えの決まりかけた自問を繰り返したところに、


「ばあ!」


 野太い声がした。

 声自体にも驚かされたが、それ以上に驚かされたのは掲示板にだ。

 板一面が、隈取くまどりを施した男の顔に変わっていた。その顔がぐるぐると目玉を回し、歯をむき出して俺を威嚇している。


「うおおおおっ!?」


 あまりの事に仰天して、数歩よろけてから尻餅をついた。そのままぽかんと顔を仰ぎ見る。


「ぬははははははは」


 俺の反応がお気に召したのか、顔は大口を開けて笑った。そして満足そうに消えた。

 後には茫然ぼうぜんと座り込むままの俺と、いつも通り弱々しい光を放つ掲示板が残されるばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る