主客

 ベランダで洗濯物を取り込んでいると、私の影がひょこひょこと道を下っていくのが見えた。

 影が私を置いてどこかへ行くのは、これが初めてではない。大抵数日で戻ってくるので、そこまで気にも病まなかった。

 別に影がなくても、これという不便はないのだ。

 気味悪がられるかもしれないと昔はおどおどしたけれど、人間は意外と見ているようで見ていない。

 例えば自分の前にレジに並んでいたおばさんに、ちゃんと影があるかどうか。それをチェックしている人間なんて稀だろう。

 仮に影の不在に気づいたとしても、普通はまず私より先に、自分の目を疑う。

 何より縁もゆかりもない相手を、ただ興味だけ深く詮索する者はまずいないのだ。


 ただ、稀に私は夢を見る。

 そこで私の影は私の顔をして暮らしている。私の顔をして結婚して、私の顔をして子供を育てて、私の顔をして幸福になっている。

 そしてふっと思うのだ。

 ひょっとしたら私の方こそが、私の影の影であるのかもしれない、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る