第六話 反抗する議会

 時は移ろい、春の日に敵第二皇女北条七海が亡命してきてから、早くも一年が過ぎた。パンゲア政策は腰低い大王自身の遊説と各省庁・議会への根回しの結果、先月二月には支持率六〇%を超え、日に日に現実味を帯びてきている。他方、亡命してきた皇女は、しばらく暇をしていたものの、昨秋に先代の大王秘書が事故で急死したことを受け、後任として指名され就任。さらに、その先代秘書が大王の命で取り仕切っていた、パンゲア政策を具体的に推進する新たな組織、外務庁の発足の仕事を引き継ぎ、無事成功させた。依然亡命の経緯は謎に包まれているものの、外務庁発足事業以来大王からの信は厚く、今では彼の片腕となって国内外の安定と繁栄を目指す統治に貢献している。

 軍部と保守派を中心としたパンゲア反対勢力は、相変わらず一定数存在している。氷野家当主で内務大臣の春瀬は今なおそのような保守派官僚の筆頭であり、かつての一番の忠臣の名も虚しく、最近では専ら疎んじられる他ない存在となっているが、今、真仁が最も業を煮やしている相手は、議会である。

 伊達派は北条派のような独裁制に対抗する国家として、立憲君主制をしいている。要は、君主は偉いが、あくまで法律が一番偉いという国家制度なのだ。この考え方に沿って、中央に立法府として一院制の議会が置かれている。これは君主に唯々諾々と従うような存在ではなく、むしろ積極的に大王と対決して独裁化を防ぐための機関として当初設置された。が、この仕組みの前提には、常に議会は暴走する大王を諌めるに足る正しい主張をするという一種の妄想がある。

 けれども、現状、議会は、過半数がパンゲアを支持するという民意から乖離し、ほぼ完全に統一戦争続行を訴える軍部の手先となっている。大王と議会は相対するものとして法が整備されている以上、真仁が合法の範囲内でこれを買収するのはかなり非効率的であったため、彼は初めから多少割り切り官庁をまず落としにかかった。これに気付いた軍部が君主の手が回るより先に議会にすり寄り、大きな反パンゲア勢力を政界に作ってしまったのである。もっとも、そもそも多くの議員が、人口が多い軍部関係者の票で当選しているようなものだから、初めからある程度保守派になるしかなかったかもしれないが。

「どうして議会法を制定した際、大王を一方的に否とするような偏った考えを前提としてしまったのでしょうね?」

 議事堂の奥にある大王控えの間で、赤色のワンピースの制服を着た秘書が緑茶を急須から注ぎつつ尋ねる。

「当時の大王が信用ならなかったからさ。議会法が定められたのは、かの戦争王、九代火ノ島前後に始まる中央集権時代の最後の大王、十三代峰宮の時代だ。彼は比較的寛容な善王だったけれど、戦争が下手だった。にも関わらず、十三次・十四次・十五次統一戦争を相次いで行い、十四次と十五次で大敗北する。挙げ句、最後に失った領土を取り返そうと十六次統一戦争を計画するも、膨れ上がる軍事費を支えるための重税に耐えかねた農民らが史上初の反戦を謳う大反乱を起こしたんだ。そんな彼らの大王への不満を汲み取って、当時の宰相、氷野春成が臣民寄りの立憲君主制の導入を進言し、今に至る各種の制度を整備させた。大王よりも臣民の議会となるのは致し方なかっただろう。現体制の原点には、大王の横暴があったのだからな」

「それでも、可能性くらいは考えられたでしょうに……」

「ああ、もしかしたらね。ただ、少しでも大王の肩を持つ人間なら、当時はそんな中途半端にならず、真っ向から議会そのものを否定してただろう。お芭瀬はせ、お茶は?」

「お芭瀬? あ、ああ、そうでしたね――私のことでしたね。やはりその名は呼び慣れません」

 愚痴をこぼしつつ、黒い艶がかった湯飲みを立派な書き物机に置く。

「早く慣れてくれ。春川辺はるかわべ芭瀬はせ、雅号は公的な場で広く使うのだから。春川辺は、春の川辺、多摩川の岸で我々が出会ったことを表し、芭瀬は、出会う前に余が通ってきた伊達派最古の街道、芭瀬街道にちなむ。パンゲアを推進する上で、妹君を秘書としてこき使っているのを躊躇いなく明から様にしていては、周陛下としては良い気はしないだろう。どのみち髪を見れば一目瞭然なのだが、それでも配慮は伝えねば、結局、陛下との交渉で失敗することになりかねない」

「それはもちろん気を付けております。外務庁を最終的に発足に導いたのを誰とお思いですか?」

 それもそうだなと笑うと、一口飲み、顔をしかめてすぐ机に戻す。それを見て、猫舌なのですねと新鮮な発見をするが、そんなマイペースを知る由もなく、普通に会話は続行される。

「だけど、それで大分春瀬が妬んでいるようだな」

 口の右端を吊り上げてふっと苦笑すると、お芭瀬は眉を寄せる。

「そのようですね。もっとも、殿下は初めから私に手厳しいですが」

「政治的には保守派だからな。仕方ないさ。まあ、最近のアレは、お前の活躍を羨んでのことだろうけどね。性格とかが明らかに政治家や大臣向きじゃないあいつと違って、お芭瀬には政治的な才能や手腕があるから」

「恐縮です、陛下」

 脇に立ったまま腰を曲げる。それから、顔を上げると、不思議そうな表情をして問うた。

「一つよろしいですか、陛下?」

「何だ?」

「今のお言葉からも窺われますが、陛下は春瀬殿下の政治的な才や技をあまり信頼なさっていませんよね? それならば、なぜ起用し続けるのですか?」

 それを聞いて、大きく頷く。

「なるほど。北条派の考え方では、そういう疑問も起ころう。力なき者に力なし、だったか?」

「はい。初代黄帝陛下の格言です。実力のない者に権力はない、という意味で、北条派の実力社会を象徴する言葉となっています」

「そうだったな。だが、伊達派は完全な実力社会ではない。血統重視の社会だ。人を見る時は、必ずまず苗字を見る。それが歴史ある名家のものならば、当然、優遇する」

「どうしてですか?」

「伝統とは不断の努力を千年単位で続けられる者たちだけが得られる称号だ。名家とは何百何千年の努力で支えられている。これを実力と呼ばず、何と呼ぶ? また、そのような勤勉な先祖からは、やはり同じく勤勉な子が生まれることが多い」

「絶対ですか?」

「確実性が高いということだ。犯罪者の子と成功している名家の子を比べた場合、普通は後者の方がそういう意味では信頼できるだろう? 若干の例外はともかくとして」

「そうですね。では、結局、殿下は家柄故にということですか」

「そうなるな。とは言え、たとえ法律上の特権身分でも、容赦するつもりはない。今のところ、解任に値する問題がないだけだ。歴史的な革新を目指す余の政府に実力の伴わない官吏は無用だ。けれど、まだ政府はいい。ある程度、余の考えで人事を決定できる」

 湯の身を手にし、足を組む。

「問題は議会だ」

 秘書がこくりと頷く。

「もう四月新年度の予算執行の時期が目前ですからね」

「ああ。このまま、余が提示した予算案を跳ね除けさせ続けるわけにはいかない」

 伊達派の議会は、通例、新年一月から三月までを新年度の準備期間として、大王政府が示した予算案を認めるか否か審議することになっている。普通は何も問題なく議会の承認は得られるものなのだが、今年はかなり様子が違った。ついに真仁はパンゲア政策の本格始動を決断し、軍事予算を大幅にカットする予算案を提出したのだ。これに軍部の手先である議会は猛烈に反対。軍事予算を例年通りとする代替案を可決し、大王に承認を求めるも、無論、この案を却下して、それでも、若干譲歩し軍事予算を微増させた新政府案を再度提出。再び審議がもたれたが、また大幅に軍の予算をとる代替案を返答として寄越したのだ。この応酬がおよそ三ヶ月もの間、幾度も幾度も繰り返されていた。そして気が付けば、数日後には新年度が迫っていたのである。そこで、今日、特別に議会演説を行って、パンゲア政策への理解と協力を促し、政府予算案を可決させようと考えたのだ。

「従ってくれればいいのだが……」

 ぼそりと呟くと、手にしたお茶をぐっと一口に飲み干し、テーブルにコンと音を立てて置く。同時に正面の壁にかけられた時計が午後二時を指す。議事堂全体にじりりりりりと甲高いベルの音が鳴り響く。




「開会か」

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