第2幕「賢者と迷宮」
Prologue 漂着
太陽がさんさんと照りつけるルクール海岸。
この平和な海岸に、一人の男の子が打ち上げられていた。
見た感じ、私と同い年くらいの子だ。
体も服装もぼろぼろだった。
渡り鳥の鳴き声が平和に響き渡るこの海岸にしては物騒な光景。
しばらく海岸近くの森の木陰から弓を構えて様子を見る。
もし凶暴な魔族だった場合、すぐ退治できるように……。
でも男の子は微動だにしなかった。近寄って様子を確認したところ、ただの男の子じゃないことはすぐに分かった。右頬には黒いタトゥー……魔族文字の筆記体に似ている。
しかも服はぼろぼろなくせに、右腕にはぐるぐるに綺麗な包帯が巻きついていて、隙間から覗く肌には頬と同じように黒々とした線模様が入っていた。
その腕の付け根もなんだか不自然。
まるで別の右腕を無理やり引っ付けたようだった。
明らかに怪しい。
「…………」
体を仰向けにして確認したけれど、呼吸もしてないし、心臓の鼓動も聞こえなかった。
顔を覗きこんだとき、ちょっとだけドキっとした。
育ちが良いのは顔つきを見ただけで分かる。
「…………」
どういう事情でここにいるのか分からないけれど、この安らかな顔を見て、助けても損はないだろうなとなんだか妙に納得してしまった。私の方も人助けしている余裕なんてないけれど、こんな人気のないところでたまたま出逢ったというのは何か意味のあることなのかもしれない。
まずは魔法でヒーリングをかけてみる。
―――バチバチッと紫電が走る。
弾かれてしまった。ヒーリングが効かないなんて現象は初めてだけど、もしかしてこの子、もう死んでる?
あるいはただ窒息してるだけか。
ということは電撃魔法で電気ショックを与えて気道の確保と心臓マッサージがいいかもしれない。
―――バチバチッとまたしても紫電が走る。
また同じ失敗を繰り返した。ということは死んでいてヒーリングが効かないというより、この子自体が魔法を拒絶するような体質だということだ。
とまぁ、納得している場合じゃない。
だとしたら私が人力で心臓マッサージしないといけない。
心臓マッサージだけじゃない。
人工呼吸もか……。
思わず周りを確認した。
別に意識しているわけじゃない。
これは人命救助。
人命救助だからこれはファーストキスではない。
ノーカウントだ。
では、失礼します。
◆
体を起こす。
意識は朦朧としていた。
そんな中、誰かが俺のことを助けてくれたんだろうってことは覚えている。輝くような黄金の瞳に、海のように綺麗な青い髪の女の子……。
「……いっ……!」
頭が痛い。
何か思い出そうとすると頭痛がする。
一体なにが起こったんだろう。
地面の砂の感触と漂う波風によってここがどこかの海岸なんだろうという事は分かった。立ち上がり、じゃりじゃりと体中にこびりついた砂を払い落した。
「あぁ~……」
ここはどこ? わたしは誰?
今まさしくそんな状態。
広い海岸があって、それに沿って森がずっと広がっている。
こんな場所に見覚えはない。
自分のことを思い出そうとしてもちゃんと思い出せなかった。
手足や服装を確認する。服装は至って普通じゃない。間違っても海辺でバカンスを楽しんでいたような格好じゃない。ごつごつとした硬いレザースーツがぼろぼろに破けている。
露出した右手右腕も普通の人間のものじゃなかった。
これからどうしよう……。
途方もなく海岸を歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。
「――――んだどよ」
「―――ってば、オラっちの村ももうおしまいだべ」
それは森の方からだ。
俺はその声の主に向かって走って行った。
誰だか分からないけど、とりあえず助けてもらおう。
話が通じる人がいれば、なんとかなるだろう。
案外、知り合いかもしれないし。
「あのー! すみませーん!」
「……?!」
その2人はやけに体が小さかった。俺の胸元くらいしか背丈がないわりに、2人とも立派な髭を携えて、しかも腱骨隆々としている。
俺を見て明らかに警戒している。
伐採用の片手斧を二人とも構えて今にも襲い掛かってきそうだった。
でも背が小さいからそんなに怖くない。
むしろ可愛いな、と思えてしまうくらいだった。
「なんだべ、おめぇ!」
「やべぇど! こいつ、オラっちの村襲いに来てるやつの仲間だんどよ!」
「まじけ?! に、逃げんべ!」
訛りはあるものの、使う言葉は同じみたいだった。
でも会話は成立していない。
「いや、あのー……」
「だども、こいつガキじゃねえべ?!」
「んだ! とっつかまえて人質にちょうどいいだど!」
なんか完全に置いてけぼりなんですけど。
「おめぇ、縄だ! 縄だんべ」
「ほれ! やっちまうど!」
「あ、いや、俺は怪しい者じゃなくて―――あ、ちょ、やめ」
背が小さいから完全に油断していたけど、こいつら力はめちゃくちゃ強い。その勢いに呑まれ、抵抗する気力も起きず、硬い縄でぐるぐる巻きに縛られてしまった。
「おっし、村まで運ぶべ!」
「んだば!」
さらに二人組は俺を軽々と持ち上げて、そのまま森を突っ切っていく。
あー、やってしまった。
どうしよう。
でもそんなに怖そうな人たちじゃないな。
話せばちゃんとわかってもらえるかも。
…
そうして連れてこられたのは小さな村だった。鬱蒼と生い茂った森林の中、ぽっかりと二本の木が曲がりくねって口を開けていて、そこが入口になっていた。
村は背の高い木々に沿って家を作られていて、地面からは梯子がかけられていたり、家と家の間に木の枝が張っていたり、木の板がかけられていたりして、行き来できるようになっている。しかも、村の中を漂う風で風車をまわし、その動力源を歯車に伝えて桶を下から上へ巻き上げたり、滑車にして下から上へと物を運んだりしている。
けっこう頭のいい種族なのかもしれない。
でも村人たちはそろって俺に警戒の目を向けていた。
「すっげー……」
「ここはオラっち、ドワーフの村だど」
「へ~」
ドワーフか。本で読んだことがある気がする。
どこで読んだかは覚えていないけど。
「村長に報告にいくべ!」
「ほいど!」
俺はえっさほいさと両腕で担がれて村長の家らしきところへ運ばれた。
道中ずっと上を見上げていたのだが、木々の隙間から降り注ぐ太陽の光が綺麗だなーなんて暢気なことを考えたりもした。村長の家は村で一番大きな木のすぐ近くに構えていた。
かなり立派な大木だ。
家の中には無理やり押し込められた。
大きな家のわりに天井が低い。
きっと背丈の都合上、これで十分なんだろうなと納得してしまった。
「んだば、ドドロト村長! 魔族の子どもを捕まえたど!」
「ふむふむふむ………」
ドドロト村長と呼ばれたお爺さんは胡坐をかいてぼーっと座っていた。白い髭だけじゃなくて白い眉毛も長く伸びているから目線が見えない。
まるで寝ているようにも見える。
「オラっちが縛り上げたんだべ! これでもう襲われることもねえべよ!」
「ふむふむふむ………」
ドワーフ二人組があることない事を報告している様子を、村長らしき人物はこっくりこっくりと首を動かしながら聞いていた。いや、聞いていない。多分、このお爺さん、寝てるんじゃないのか?
「ドドロト村長! ドドロト村長!」
「ふむふむふむ………ん?」
村長は視線を少し上にあげたようだった。
「おめぇさんたちゃ、帰ってきてたんかの?」
今目の前の二人に気づいたように起き上がり、ドドロト村長は呑気な声をあげる。やっぱり寝ていたようだ。
「そうだど! 魔族の子を捕まえたんだど!」
「どうするべ! 人質か、晒し首か?」
「ふむふむふむ……わからん」
全然やる気ないぞ、この村長!
いやでもそのおかげで助かったというべきか。
…
そうしてなんやかんやで場所を移動し、連れてこられたのは村の中心の巨大な大木の前だった。大木は太い根が地面から浮き出ていて、その根の隙間から奥へと入れるようだった。
「シルフィード様に教えてもらうんじゃ」
「シルフィード様?」
「この森の精霊様じゃよ。おめぇさんシルフィード様も知らんとは」
太い根幹を潜り抜けると、そこは開けた場所だった。平たい祭壇が中心に設置されていて、木の根の隙間からわずかに太陽の光が降り注いでいた。
そこにドドロト村長とさっきの二人組と俺の四人でゆっくり近寄っていくと、ドドロト村長はいきなり跪いた。他の二人も同じようにいきなり跪いて地面に顔を向けた。
「おぉ……シルフィード様だど……」
「え? え?」
「シルフィード様……」
目の前の祭壇には何も居なかった。
何もいない空間に対して敬意を払っている3人の姿が滑稽だった。
「ばっかだべ! おめぇもドタマ下げんべ!」
「あ、はい」
俺も無理やり頭下げさせられた。まだロープで後ろ手に縛られたままだからけっこう腹筋を使う……。
苦しい。なんでこんなバカみたいなことしてるんだろう。
「―――……」
でも頭を下げた先に、何か気配を感じ取った気がした。
「よくぞおいでくださいました」
「……?」
声は確かに祭壇のほうからする。思わず顔を上げて、祭壇の方を見る。でも、何も見えなかった。ただ白い光が差し込んだ祭壇がそこにひっそりとあるだけ。
「私の姿が見えませんか?」
「はい………うわっ……!」
返事をした途端、ぶわっと俺の顔に風が吹き付けられて何かが迫ってきたみたいだ。冷たい何かに瞼を触られ、風を目の中に吹きつけられるような感触があった。
「これでどうでしょう?」
ゆっくりと目を開くと、そこには緑色の髪に、緑色の目をした神々しい女性の姿が目に入った。空中に浮かんで、白いシルクのドレスをふわふわと浮かせている。
この人がシルフィード様?
「ドワーフたちよ、この子は魔族ではありません。人間の子のようです」
シルフィード様は俺の後ろの村長と二人組に優しく声をかけた。
「んだば言ったど! オラは縛ることに反対したんだど!」
「なにぃ! とっつかまえるって言ったのはそっちだべ!」
どっちも俺を捕まえてたんだけど。
「人間の子よ、名前はなんというのでしょう?」
「あー………ごめんなさい。覚えてないんです、なにも……」
「おや?」
ようやく話が通じる人が現れてくれて俺もちょっと安心したものの、結局何も進展してない。
「困りましたね。こんな森で迷子なんて初めてです」
「そうですか……」
森の精霊様でも俺のことはよく分からないみたいだ。
「近くの人里まで案内してあげてもいいのですが、ここの村も少し問題を抱えてましてね」
「問題?」
「森のオークたちの様子がおかしいのです。今までは森で棲み分けしていたんですけど、どうも最近騒いでいて、ドワーフたちも迷惑しています」
――――"誰しも思い通り騒いでたら、嫌な思いをする奴もいるもんだ"。
ある街の広場、祭りの屋台が準備中。目の前で振り返る赤毛の男。
何か懐かしい光景がフラッシュバックする。
「いてっ……!」
「大丈夫ですか?」
でも頭痛が邪魔して最後まで思い出せない。
そんなやりとりをしている最中、村の方から
―――ドドドドという騒音と地響きが轟く。
大地も少し振動している様子だ。
それを聞いてシルフィード様も溜息をついた。
「……あぁ、今日も来ましたね」
ドワーフの男たちも村長を除いて狼狽し始めて、祭壇から離れていった。
「オークがでたど! また村が荒らされるど!」
「大変だべぇ! オラっちも家に帰らねーとだべ!」
「ふむふむふむ………」
村長だけはのんびりだ。
…
村へ出てみると、ドワーフの村人たちが慌ただしく家に向かって梯子を上り、さらにその梯子を外している最中だった。確かに俺のことを助けていられるほど余裕はなさそうだ。というか、いまだにロープで縛られたままなんだけど。
「おい! せめてこのロープだけでも外してくれよ! おーい!」
誰も反応してくれるドワーフはいなかった。
その間にもオークたちの大群の足音は近づいてくる。
とりあえず近くの木の幹に体を隠した。様子を見ていると、イノシシに跨って突進してくるオークたちの大群の姿が確認できた。ブタのような顔面。緑色にブヨブヨに太った体に、ぶつぶつといくつもイボみたいなものが生えている。汚らしくヨダレを巻きちらし、生理的嫌悪感を感じる。一人前に胸当てと腰巻をしているあたり、多少の知性はあるんだろうか。
十頭ほどのオークたちは村の入り口の木をぶち破り、村に侵入していろんなものを破壊していった。
「「ブォオオオオオオ!!」」
雄叫びが森にこだまする。その荒らしっぷりは何かに憑りつかれているようにも見えた。どのオークも赤い眼光をぎらぎらと輝かせている。遠目に見ても迫力がある。汚らしい緑色の表皮と巨躯。さらに武骨な剣や槍も携えている。
あれが目の前に突然現れたら、怖ろしいだろうな。
「弓! 構え!」
また、さらにその後方。
村の入り口の方から、オークたちよりも高い雄叫びが聞こえた。
「放てーっ!」
声のする方を確認すると四,五人くらいの人影が見てとれた。
ドワーフにしては背が高いから、普通の人間たちなんだろう。
連携を取りつつ、弓で牽制攻撃をしかけている。
あの集団が何なのか、俺は感覚的に理解した。
「……冒険者?」
「ふむふむ……なんとか間に合ったようじゃの」
「村長さん?!」
俺が隠れている横に、ドドロト村長もひっそりと身を隠していた。
「冒険者ギルドに依頼を出しておいたんじゃ。これでオークたちもなんとかしてくれるじゃろう」
そういってドドロト村長は安心しきったような表情で戦いの成り行きを見守っていた。俺もその様子を見守った。
冒険者ギルド……聞き覚えがある。世界を旅する冒険者のクエスト受注の場だ。そこから依頼を受けて、力仕事や魔物退治、探し物などなどを引き受けてお金を得る。それが冒険者の在り方だった気がする。
こういう知識は感覚的に覚えているって事は、俺の記憶喪失も、もしかしたら一時的なものかもしれない。
現われた冒険者たちはなかなか手慣れていた。弓師二人でオークたちを牽制し、タンク役の二人が漏れたオークの"ヘイト管理"をしながらアタッカーが殲滅する。アタッカーは魔剣士のようで、近接で魔法も駆使しながら華麗に戦っていた。
でも実際はそう見えただけで、形勢はオーク側に有利だった。
オークの利点はその数だった。
弓師二人の放つ矢はオークにダメージを与えられていない。前衛のタンク、アタッカーも火力が足りていないのか、オークを殲滅するスピードが遅い。あれよあれよと言ううちにアタッカーはやられ、タンク二人もスタミナ切れで殴り飛ばされ、弓師もついには逃げ出そうとしていた。
これは敗けるんじゃないだろうか。
「………村長さん、あれ大丈夫なんですか?」
「ふむふむふむ、高ランクパーティーのはずじゃがな」
弓使いの片方がついにオークの群れに追いつかれていた。
狙撃タイプの冒険者なのか、敏捷性が低く、足が遅いようだ。
「きゃぁああ! 誰か助けてーー!」
しかも女性だった。女性がオークに捕まる展開はいろいろと不味い。
――――……!
そこに一つ、単調だが大きな音がどこからともなく鳴り響いた。
空気を切り裂くような音。それが現場へ差し迫るにつれて、大砲のような轟音にも感じられた。その音を轟かせた正体は、一本の矢―――。
どこからともなく舞い降りた矢は、一撃でオークを駆逐した。
「おお! まだ冒険者はおるぞ」
木の上から一つの青い流星が舞い降りた。長く綺麗な青い髪を風になびかせ、凄然と弓を構えながら真っ逆さまに地上へと降りてくる。まだ降り立ってもいないのに、空中で弓矢を放つ。
放たれる矢は全射皆中。一本一本が凄まじい威力を誇っていた。オークたちの体を容易に突き破って、次々と絶命させていった。
そして着地し、その容姿を捕らえた。
―――女の子だ。
海のように青い髪。黄金色の瞳。
あの女の子、海岸で俺を助けてくれた子だ。
間違いない。
「ブォォォオオオオオオ!!!!!」
残ったオークはあと二体。片方のオークが甲高い咆哮をあげて、森にこだました。仲間を呼ぶような遠吠えだ。
するとその直後、さっきの大群の足音よりもやけに大きな足音が聞こえてきた。今度は地面を揺らすほどの重たい足音だ。一歩一歩近づいてくるたび、大きな振動が腹に響き渡る。
次から次へと登場する強敵。
弱肉強食の世界を感じさせた。
「あ……!」
悲鳴ともとれる声を、青い髪の女の子はあげた。その眼差しの先には一頭のイノシシ……にしてはあまりにも大きい個体が迫っていた。姿形はイノシシのようだが、それよりも異常な大きさだった。オークよりも二回りほど大きい。
「……べ、ベヒーモスッ!」
ベヒーモスと呼ばれたイノシシのモンスター。
その体はオークのさらに倍の図体はある。
目はぎょろぎょろと飛び出していて、口から牙が突き出ていた。
体の表面には黒々とした魔力のオーラが滲み出ている。
ただの魔物でないことは見て分かる。
「村長さん、ベヒーモスって?」
「…………」
「村長さん……?」
村長さんはじっとして動く気配がない。
「あのー」
「今話しかけるでない! 今のワシは死体じゃ! 死んだふりでやりすごすんじゃ!」
「いや、さっきと何も見た目変わってませんけど」
「いいからおめぇさんもさっさと死体になるんじゃ! ベヒーモスは神が造りだした最高傑作と言われておる」
「え……まじですか……」
なんでそんな化け物がオークに力を貸してるんだ。
――――ボォイ……ボォイ……ボォイ……。
ベヒーモスが変な唸り声を上げて、その場で地面を蹴っていた。
「くっ……」
青髪の女の子はというと、さすがに強敵だと分かっているんだろうか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。それでも何本か矢を放つが、貫通どころか刺さりもしなかった。
――――矢は黒々しいその身体に突き刺さる直前に、スパァンと弾け飛んで消えた。どうやら体から漂う魔力のオーラが、プロテクターとして機能しているみたいだ。
――――ブルォォォォォオオオイ!!!!
「ひっ………!」
ベヒーモスは反撃とばかりに凄まじいスピードで女の子に迫った。
あの子には海岸で命を救われた。
恩返ししないと……!
俺が右腕に力を込めただけでロープは簡単に千切れ、両腕が自由になる。右腕に巻きついた包帯はぱらぱらと外れて、腕の周辺をふわふわと浮き上がり始めた。右腕には赤黒いラインが走って、ぼんやりと光っている。
俺はこの右腕の使い方を知っている。
光の粒子が右手首の噴出孔から大量に飛び散って体が宙に浮いた。
「……おめぇさん、なんじゃそれは!」
村長さんに答えている時間はない。
俺はベヒーモスに向かって一直線に翔けた。
戦い方は体が覚えている。
どうやら俺は戦士だったらしい。
戦士と言えば剣。
イメージで生成される剣の存在を、俺は知っていた。
木々から剣を引き抜く。
生成される武骨な赤黒い木刀。
それでベヒーモスに斬りかかった。オーガ2頭が、突然現れた俺を見て、そんな柔な武器で倒せるもんかと、野卑な笑いを浮かべているのが目に付いた。
「………そーらよっと!」
振り回せば、思いの外、剣術もお手の物だった。腕が、体が、勝手に反応してベヒーモスの巨躯の下から剣撃を振り上げる――!
木刀にしては切れ味が良すぎた。
真っ二つになるベヒーモスの体躯。そこから連撃へとつなげ、いとも簡単にベヒーモスを細切れにした。切り刻まれてズタボロのその巨体を、最後に一発ぶん殴っただけで爆散するように掻き消えた。
神の最高傑作のわりに全然手応えがない。
「ぶ、ぶぇ、ぶぃぃぃい!!」
オーク二頭は、その様子を見て慌てふためいて逃げ出した。言葉が違うのか、何を言っているか意味が分からないけど、俺の攻撃を見て理解したようである。
「ふー……」
これで恩返しできたよな?
俺は振り返って、尻餅をつくその子に問いかける。
腰を抜かしてしまって、愕然としている。
信じられないものを見たといった感じだ。
俺は手を差し出して、引っ張り上げてあげようとした。
「大丈夫?」
「………」
女の子は口をぱくぱくさせて声を出せていない。
怯えているのか何なのか。
その様子を見て今更思った。
この子、まだ小さい。多分、11,2歳くらいか。こんなひ弱そうな腕からどうやってあんな破壊力のある矢を放つんだろう。
それに―――。
「海岸で俺を助けてくれた子? ありがとう」
とりあえず先にお礼だけ伝えたかった。それにはっとなったのか、女の子も俺の手を握り返して、すっと立ち上がった。
「………こ、こ……こちらこそ……」
でも女の子は顔面真っ赤にしてろくに目を合わせてくれなかった。
○
俺はさっきの冒険者パーティーが乗ってきた馬車に乗せてってもらうことにした。この森はルクール大森林と言うらしく、一本の街道が町まで続いている。
シルフィード様とドドロト村長からはとても感謝されて、お小遣いと食料も貰った。気前よく青髪の女の子や冒険者パーティーの人たちにも報酬が渡されたようである。シルフィード様曰く、「またいつでも立ち寄ってください」とのことだったけど、あんな辺鄙な森の中にいつ寄る機会があるんだろう……。
それにしても、冒険者は陽気で明るい人たちという認識が植え付いているけど、この馬車の中は気まずい雰囲気が流れていた。パーティー側でかろうじて意識があるのは弓師の男女二人だけ。あとの大の男三人は意識を失って倒れていた。さっきオークたちにまんまと負けかけて、みっともない姿を晒してしまった事が恥ずかしいのかもしれない。
「と、ところであなた、名前は?」
気まずい空気に耐えきれなくなったのか、弓師の女一人が青髪の子に問いかけた。青髪の子はパーティー側と知り合いではないらしい。
「私は、シア・ランドールです」
「シアちゃんね。冒険者なの?」
「冒険者じゃないです。狩りはしますけど」
「ええ! それじゃあうちの――――」
青髪のシアという子は会話の引っ張りだこだった。
なぜだか俺のことは触れてこない。
ベヒーモス倒したの俺の方なのに!
なんだこの扱いの差。
俺のことはお構いなしで、男女三人で会話が盛り上がっていく。
でもどう会話に入っていいか分からない。
俺ってコミュニケーション下手なんだな。
「あの―――」
そこで声をかけてくれたのはシアと名乗る女の子だった。
「あなたの、名前は?」
声をかけてくれたのは嬉しいんだけど、そういえば俺って俺自身の事が分からないんだった。そんなの会話に入れないに決まってる。
「えーっと……」
小首をかしげるシアの髪が横に流れた。
そこから尖った耳が現われた。この子、普通の人間じゃない。
尖った耳ってことはエルフ?
いやそれより俺の名前、俺の名前。
もういいや、素直に言ってしまえ。
「実は、自分の名前、知らないんだ……」
場の空気が凍りついた。彼女らの中で、俺の正体がますます得体の知れない存在になったのが伝わってくる。
俺だって自分の正体が知りたいです。
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