Epilogue 行方


 ――――――――――――――――――――――

 愛しのジャックへ



 アイリーンよ。元気にしてる?

 あなたがいなくなって、もうすぐ3年くらい経っちゃうのかな……。

 

 今日はね、わたしの記念すべき15歳の誕生日なの!

 わたしたちってお互いの誕生日も知らないのよね。

 あなたの誕生日っていつなの?

 でも温かい人って、春生まれっぽいイメージがあるわ。

 教えてくれたらわたしが盛大にお祝いしてあげるんだから、早く返事を頂戴ね。

 

 あ、そうそう、15歳になったらね、旅に出ていいってパパとお爺ちゃんに許しをもらってるの。

 だからさっそく明日からあなたを探しにバーウィッチを出るわ!

 わたしだってこの日のためにお爺ちゃんに稽古つけてもらって、かなり強くなったのよ。

 知らないところで他の女の子に手出してたら絶対に許さないんだからね。

 

 最後に近況報告ね。

 ダリ・アモールの街はかなり元通りになってきたわ。

 爆発があってめちゃくちゃになった大聖堂も、もうちょっとで直るみたい。

 それで! あなたにビッグニュースがあるんだけど、

 あの事件で子どもたち全員が助かった……っていうのは前の手紙でも書いたわね?

 なんとなんと、その功績を称えて街の広場にジャックの像を建てることが決まったの!

 すごいでしょ?

 パパに聞いた話だと、観光協会のアルマンドさんって人が提案したらしいわよ。

 知ってる人?

 

 おめでとう、ジャック!

 ヒーローになるってどんな気分なの? 

 わたしは早くヒーローの隣に立てる女になりたいな。

 なんてね。

 

 そういえばね、リンジーさんの赤ちゃんももうすっかり成長して、よく喋るようになってたわ。

 家の中を自由に歩き回るから、面倒見るのが大変なんだって。

 アルフレッドさんに似たのかな?

 ソルテールのみんなも会いたがってたわよ!

 

 ねえ、本当にあなたはどこにいるの?

 みんなあなたの帰りを待ってるのに。

 

 お願いだからこの手紙を読んだら早く帰ってきて。

 私の家だって自由に使っていいんだから。メイドもたくさんいて快適よ。

 すれ違いになったら嫌だけど、この手紙を読んでくれてることを祈ってるわ。

 

 

 アイリーン・ストライド


 ――――――――――――――――――――――




 よし、手紙ができた。

 もう何通目になるのかしら。

 

 ―――コンコン、と部屋にノックの音が響いた。

 わたしの部屋に来るなんてリオナくらいしかいない。

 

「アイリーン様、失礼いたします」

「リオナ、ちょうどいいわ。これ、いつも通り出しておいて頂戴」


 便箋に入れた手紙をリオナに手渡した。

 それを受け取ると、いつもリオナは少しだけ目頭を下げる。

 本当に少しだけ。

 わたしに対する哀憐の感情があるんだってことくらい、すぐ分かった。


「かしこまりました……」

「お願いね」


 この手紙が誰のもとにも届いてないんだってことくらい分かってるわよ。

 でも、あんな運命的な王子様との出会いを忘れないためにも、わたしはこうして手紙にして書き続けたい。

 配達の人に迷惑かもしれないわね。

 なんてったって、"ジャック"なんて名前ありきたりすぎて、どこのジャックかなんてわからないし。


 そういえば最近知ったんだけど、"ジャック"って本名じゃなくて愛称だったのね。

 リンジーさんが名付けたんだって。

 本当の名前は何て言うのかしら……?

 もうあの人のことは分からないことだらけ。

 それなのにどうしても忘れられない。


「ところでお嬢様、明日からの渡航のご準備は?」

「ばっちりよ!」


 言うまでもない。わたしがどれだけこの日を待っていたか。

 って言っても、ほとんどの荷造りは同行するリオナに任せちゃってるんだけど。

 わたしが用意するのは私物くらいだ。


「そうですか。あちらは暑いですからお洋服は薄手のものを用意しました」

「それでいいわ」


 わたしはどこかでジャックが生きてるって感じてる。

 根拠はないけど、女の勘ってやつね。

 それにあの爆発事件でジャックが見つかってないのは事実なんだ。

 主犯の一人だけが遺体で発見されたらしいけど、それと戦ったはずのジャック自身は影も形もなかった。

 それなら生きている可能性が高い……。


「お嬢様は暑がりですからね」

「う、うるさいわね!」


 リオナは、悪戯にふふふと笑った。

 小さい頃から姉貴分だったリオナとはいつもこんな関係だ。

 夏場はだいたい暑さでわたしが布団をぐしゃぐしゃにするから、リオナは知ってるんだ。


「お夕食の準備が出来てます。パーシーン様もチャーリーン様もテーブルで寂しがってますよ」

「わかったわ」


 明日からは執事のダヴィ、メイドのリオナと3人で大陸を渡る。

 初めての冒険。

 そこでジャックを探す。

 ……わたしってば、ストーカーみたいね。



     …



 お爺ちゃんとパパとお兄ちゃんが食卓で待っていた。

 相変わらずやけに広い長テーブルだ。

 

「アイリーン、明日からいよいよじゃな」

「ええ、そうね」


 食事中、滅多に喋らないお爺ちゃんから声をかけられた。


「実はお前に良い知らせがあるぞい」


 思わず銀匙の手が止まった。

 お爺ちゃんが良い知らせって言うときは、だいたいわたしが期待する通りの良い知らせだ。

 

 大事なものが無くなったり、欲しいものが見つからなかったり、そんなときだいたいお爺ちゃんは「良い知らせがある」と言ってわたしの期待通りのものを探し出してくれた。

 もしかして……。

 

「な、なんなの?」

「知り合いの伝手でな、隣の大陸でジャックとよく似た子が見つかったらしいんじゃ」

「……!!」


 期待通りの答えに思わず、ばんっとテーブルを両手で叩いてしまった。

 パパもお兄ちゃんもびっくりしてわたしの方を見ている。


「ごめんなさい……そ、それで! どんな人?!」

「見た目は普通の人間らしいんじゃが、右腕だけ魔族のものらしいんじゃ」


 それだけでピンとくる。


「戦い方もよく似ておるそうじゃが……」

「間違いないじゃない! どこにいるの?!」

「お前が向かうリバーダ大陸じゃよ。そこのある都のイベントで2ヶ月ほど前に目撃されたそうじゃ」


 やけに詳しく知ってるじゃない。

 もしかして今日までわたしに隠してたのかしら?


 娘にぶらぶらと人探しの旅に出させるなんてリスキーな事はさせたくないってことかしら。

 まぁいいわ。

 わたしの目的はジャックを探し出すことなんだから、それは早ければ早い方がわたしにとっても都合が良い。希望も何もない状態じゃ旅の道中で心が折れるかもしれないし、それくらいお爺ちゃんもお見通しなんだろうな。

 というか、何事も万全の策を講じるお爺ちゃんのことだ。

 それは「らしい」のレベルを超えて、ほぼ確定なんだろう。


「お爺ちゃん、それってジャックなのよね?」

「………」

「間違いないんでしょう?」


 お爺ちゃんは黙っていた。


「アイリーン、私たちもただソルテールの復興にだけ力を注いでたわけじゃないよ。これはアイリーンの事を考えて調べた事だけど、アイリーンだけじゃない。彼の行方はみんな気にしてることだからね」

「パパ……!」


 パパが代弁してくれた。

 やっぱりそうなんだ!

 ジャックが見つかったんだ!


「ありがとう、パパ! お爺ちゃん!」

「………油断をするでないぞ。リバーダ大陸はこっちより危険じゃ。魔族もたくさんおるし、異常なダンジョンも多い。かの有名なアザリーグラードの迷宮もあるくらいじゃ」

「もちろん分かってるわよ!」


 出立前の最後の夕ご飯に思いがけないビッグプレゼントだった。

 わたしは、はやる気持ちを抑えつつも、家族との夕食を楽しんだ。


 大丈夫。わたしがこの日までどれだけ頑張ったか。

 剣術の稽古だって毎日欠かさなかった。

 ダヴィもリオナも一緒なんだ。

 ジャックがそこにいるなら、これ以上楽しみな冒険はない。

 待っててね、わたしのヒーローくん。



(第1幕 了)

(第2幕「賢者と迷宮」に続く)

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