Episode23 vsラインガルド


 しばらくダリ・アモールの方向に向かって荒野を歩き続けた。

 ぼろぼろの旅の服装を身に纏った入れ墨の少年と、その隣を歩く素足にローブだけの少女。

 街についたら靴や他の衣類も買ってあげないといけないな。

 でもそういえば俺も金を持っていなかった。


「ケア、素足で痛くないの?」

「……うん」

「お腹は空いてない?」

「……うん」


 こんな感じでさっきから会話も全然続かない。


「俺は、この腕をどうにかしたらすぐパーティーのアジトへ戻るよ」

「………」


 それには返事がなかった。

 何時間かして、そろそろダリ・アモールの街も見えてくるんじゃないかと思っていた頃合い。


 ―――――……。

 何か背後から人の気配を感じた。

 それと同時にケアもぴたりと足を止めた。


「誰かいるのか?」


 後ろを振り向いて問いかけても、何の返事もなかった。


「ケア、気づいた?」

「………黒いおとこの子」

「黒い男の子?」


 ケアの言葉をリピートしたところ、右の岩陰から誰かが飛び出してきた。

 全身黒づくめで、黒い艶やかな前髪を長く伸ばした少年だ。少年は背中に何か大きいバッグを担いでいた。

 この子、どこかで見たような。


「お前……なんでここに……?」


 やっぱり前にどこかで会ったことがあるんだ。

 徐々に記憶が戻ってくる。

 確か前夜祭の夜、光の雫演奏楽団の控室に訪れたときだ。

 アリサと一緒に大聖堂の前まで遊びに歩いた男の子。

 名前はなんだったか。ちゃんと覚えていなかった。


「えーっと」


 それにしても知り合いに今回の事情を伝えることはすごく難しい。女神ケアが現れて全部俺の代わりにしゃべってくれたら楽なんだけどな。


「……あぅ」


 ご覧の通りケアはこの様なので人にうまく伝えるどころか普通のコミュニケーションすら取りづらい状況だ。

 急に女神モードになったり、ただの女の子になったり、その理由はよく分からない。何日かしたら、こいつ本当に女神なのかと疑い始めてしまいそうだ。


「その顔の模様……!」


 顔?

 鏡とかで確認できないから分からないけど、やっぱり顔も模様が入ってるのか?


「これは、ちょっとした事故で……ところで確か光の雫演奏楽団の子だったよね?」

「……ラインガルドだ」


 そうだ! 思い出した。

 珍しい名前だったのですぐピンときた。

 この子に楽団の人たちのところまで案内してもらおう。グレイスさんやメドナさんに会えれば何とかお金を借りることもできるかも。


「そうだ、すっかり忘れてた。ところで楽団の人たちのところまで案内してもらえないかな? ちょっと困ってて……」


 そんな俺に対してラインガルドが一睨み利かせてきた。ちかりと、その青い瞳に警戒の色が走ったような気がした。


「その、俺のパーティーのアジトまで帰りたいんだっ。この隣のケ―――女の子も迷子みたいで」


 俺の言い繕いに対しても何の返事もせず、ひたすら俺を睨んでいた。

 荒野に風が通り抜ける。季節柄なのか、寒気の感じる風だ。その風が、まるで俺たちをラインガルドが拒んでいるサインのようにも感じられた。


「お願いだよ。訳は街で話すから―――」


 次の瞬間、体にばちりと嫌な毒気のある感覚が駆け巡った。


「……あぅ」


 ケアもそれに反応したようだった。結界なのか、大気中を紫色の魔力が漂った。これは間違いなく魔法によるものだ。


「お前は屍だ。楽団に近づかせるものか」

「え?」

「僕がここで葬る――――」


 ラインガルドはそう言うと、背中のバッグから何かを取り出してバッグ自体は空中へ投げ捨てた。

 彼が手にしているのは、大型のヴィオラだった

 何の変哲もないただの楽器……。

 いきなり弾き語りでも始めるのか?

 ラインガルドは棹を片手で握りしめて、楽器を弾きますというより、鈍器で叩きますというような構え方をしていた。

 自分の相棒をそんな風に使っちゃダメだろ。

 それが周囲の紫色の魔力を纏ったかと思いきや、徐々に変形していき、奇っ怪な大型斧バトルアクスへと様相を変えた。


「なっ……楽器が武器に!?」

「いくぞ!」


 間髪入れずにラインガルドは踏み込み、そのヴィオラだった斧を振り回し始めた。


「ま、待て! なんで戦うんだよ!」


 ラインガルドは一心不乱に向かってくる。その動きは少年にしては卓越した戦士に劣らず、一振りは重く、そして速かった。

 寸でのところでその連撃を躱す。

 でも単に斧を振り回すだけではない。斧自体を支えに脚も振り上げ、アクロバティックな蹴りも披露してきた。その流れるような攻撃を、なんとか見極めて避け続けた。

 なんで俺はこんなほとんど会話したことのない奴と戦う事になっているんだろう。


「この亡霊が!」


 向こうも聞く耳もたそうなので、これはやるしかない。

 右腕に精神を集中する。右腕の赤黒い輝きと同時に、大地から剣柄が生成された。

 それを引き抜くと、やはりガラ遺跡脱出のときと同様に、剣が出現した。


「その剣は……!」


 横一閃に振り抜かれる斧を、臨時で作り上げた剣で応戦した。

 接触と同時にバチバチと音を立てて弾け、赤黒い魔力と紫の魔力がぶつかる。

 お互いに後方へ退いた。

 ラインガルドの魔力は弾け飛び、握りしめる斧はただのヴィオラに戻っていた。しかし同時に、俺の緊急生成した剣も土塊に戻り、泥土のようにぼとぼとと手から零れ落ちた。


「なんだそれは」


 チャンスだ。

 もう一度、剣を生成して大地から引っこ抜く。


「何を勘違いしているか知らないけど、勝手に殺されてたまるか!」


 そしてラインガルドに一気に肉薄する。

 右腕の力を込めてブースターを展開。

 光の粒子の射出力で前進する。


「ふ、フレアカーテンっ!」


 ラインガルドと俺との間に炎のカーテンが湧きあがる。

 しかし構わずに突っ込んだ。


「ちっ……サタンよ、我が僕を遣わせ」


 その接近に対抗するように、さらにラインガルドが何かを詠唱した。次の瞬間、紫色の魔力が地面に寄り集まり、それが犬の姿に形を変えていった。


 ――――グルルルル。

 黒い犬が物音もなく疾走してきた。

 俺はそれを迎え撃つために、進行を止め、剣を構え直す。

 しかし犬が向かっていったのは俺ではなく、ケアの方だ。

 ケアは少女の体をしていようが、女神。あれくらい対処できるだろう。


「食らい尽くせ!」

「あぅ……!」


 ケアはその場で頭を抱えて跪いた。抵抗できそうな様子がない。


「ケア!」

「む……ケアだと?」


 その特徴的な名前にラインガルドは疑問の声をあげていた。

 でもそんなのは無視だ。その場で剣を投げ捨て、反射的に右腕に力を込める。手首から光が強く噴射され、高速で前進する右手に体が引っ張られた。


「させるかぁぁ!」


 ――――バクッ バクッ……。

 その刹那、視界に赤みが帯び、周囲の物の動きがやけに遅くなったように感じた。

 俺はそのスローな空間を抵抗なく進み続けた。

 止まったような時間の中を、俺は進んだ。

 ラインガルドによってつくられた黒い犬を右拳で殴りつける。特に手ごたえもないまま黒い犬は霧散した。


「き、消えた?!」


 ラインガルドも何度目かの驚きを見せた。


「ケア、大丈夫か?!」

「……うん」


 ケアは無傷のようで、相変わらずぼけーっとした顔を俺に向けた。

 あどけない少女の顔はあまりにも可愛い。

 ラインガルドを見やると、悔しいのか歯を軋ませて苦しい表情を浮かべていた。勘違いで襲いかかってきた上に、ケアにまで手を出すとは男の風上にも置けない奴だ。


「ケア……女神ケア様のことか?」


 あ、しまった。うっかりケアの事を呼んでしまった。


「ケア様が、お前みたいな野盗と一緒なはずがない!」


 ケア様? この少年、けっこう敬虔な信仰者なのか。でもその信仰心が幸いしたようで、ラインガルドは信じていない様子だった。

 まぁそれもそうか。

 俺もいきなりこの女の子が女神ですって言われても俄かに信じまい。


「だが、お前のその魔法……」


 ラインガルドは戸惑いの色を浮かべていた。



 ――――ピィーーーッ!

 そこに突如、警笛が鳴り響く。

 音のする方向を見ると、馬に乗った大人の兵士たち3,4人が、遠くから駆けつけてきていた。

 荒野を蹴る馬の蹄が、周囲に土埃を舞いあがらせていた。


「ラインガルド様! ラインガルド様ぁーー!」


 ラインガルド様?

 先頭を走る兵士がラインガルドを呼んでいる。


「ジュニアさん、ジュニアさん」


 そこで傍らに佇むケアが俺の服の裾を引っ張って訴えかけた。


「……逃げる」

「逃げる?」

「ここ、捕まる」


 なるほど。これは女神からの助言だ。さもすれば緊急脱出だ。



     □



 戦いの終わりを告げる警笛が荒野に鳴り響く。

 過保護な兵士たちが駆けつけてきた。


「ラインガルド様! ここに居られましたかっ」


 兵士の一人が駆け寄る。


「くそっ」


 その途端に、かつてジャックだった魔族は舌打ちを打ち、隣の"女神"と呼ばれる少女を抱えて、右腕から何かを射出して逃げ去ってしまった。


「い、今の子どもは?!」


 その光景を目の当たりにした兵士たちが狼狽していた。


「ラインガルド様……今のは?」

「新たな魔物だ。右頬に魔族の紋章を宿している。おそらく街に向かうだろう。警備を強めて見かけ次第、殺せ」

「はっ! 御意!」

「少女も一緒だが、そっちは拘束して捉えろ」

「御意!」


 ケア・トゥル・デ・ダウ様。

 俄かに信じがたいが、アレが使っていた魔法は……。

 魔力吸収と似ていたが、吸われるというよりかはもともと無かったかのように霧散した。聖典に記された女神の奇跡に似ている。

 それにブラッグドックへ肉薄した化け物じみた速度。

 目で追えずに"消えた"かと思った。

 人間の子どもの為せる芸当じゃない。顔の右側の紋様も、その右腕も魔族特有のものだ。


 半年前、カーニバル前夜に突如現れた"ジャック"と名乗る子ども。

 俺は一目見たときから生理的な嫌悪感を感じていたから今でもはっきりと覚えている。アリサや楽団のみんなもその考えを矯正しようと画策していたが、俺は排除すべきだと思った。

 純粋な子は導けば正しい道へ歩きだすが、アレは危険だ。

 その目に純粋な輝きは宿していない。

 しかもその存在理由が歪だ。

 守るために戦場を駆けるのではなく、戦いの果てに守ったという成果を作り出す。その逆転した在り方は、似ていても決して同じではない。

 戦火を広げ、命を弄ぶ戦犯の思想だ。


 戸惑いの中、幸いにもその二週間後に吉報が届いた。

 失踪中の子どものリスト一覧を確認しに、団長グレイスやメドナ、アリサとともに冒険者ギルドへ出向いたときだ。

 例の冒険者パーティー連中の依頼が目に入った。

 それはジャックの捜索願い。詳細を読んだが、誰がどう見てもガラ遺跡で命を落としたようにしか思えない状況だった。

 ざまぁ見ろと思った。

 殺しのために生きるという矛盾した存在は、すぐに女神の怒りに触れてこうして命を落とすのだ。

 やはり教えは正しかった。


 ―――そう考えていた。

 だが、さっき現れた子どもはなんだ?

 様相は少し変わっていたが、仕草や喋り方は前夜祭の夜に出会ったジャックのままだ。

 しかも隣には"ケア"と呼ばれる少女。

 心なしかアリサにも似ていた。

 仮に少女が本当に女神の化身だったとしても、魔族紋章を宿すジャックと行動をともにする理由が分からない。


「ダリに戻るぞ」

「はっ」


 兵士たちに命令して、兵馬に相乗りした。

 とにかく確認する必要がある。あの少女は捕まえればこの疑問も解消するだろう。

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