Episode22 反魔力の覚醒
どれくらいの間、そうしていただろう。
いつまで続くか分からない苦痛にのた打ち回り、暴れ回っては周囲の壁を破壊し続けた。頭を何度も打ち付け、体当たりして、理性をなんとか押しとどめる。
―――バキッと右側から音を立てて何かが折れた。
その破壊活動を続けていたとき、右手首から何かがひしゃげた音が響いた。その音は、俺の自我をこの場に留め、はっとさせた。
「………」
それは大切な人からもらった初めてのプレゼント。俺の初めての、生きていく証。それが破壊された音だった。古ぼけた旧式のものだったが、一生大事にしていこうとした物。
これは、俺に命と覚悟をくれたものだ。
―――ガコッと、続けて音が響く。それがさらに歪に形状を変化させながら、感覚のない右腕に食い込んだ。
魔力がいつまでもゼロ表示のままでも、それ以外の数値の変化が俺に勇気を与えてくれた。
でもそれももう壊れてしまった。
リンジーがくれた勇気の証。
右手に嵌めていたマナグラムは、歪な形となっていた。
表示用のガラスは割れたのではなく歪曲して楕円形となり、俺の右手首から前腕に食い込んでいた。そこに波状の亀裂が何層も入っている。さらにベルトは千切れて無残に垂れ下がり、ベルトを固定していた金具が巨大化して俺の右手首と融合している。
俺の右腕は奇形化していた。
波状の亀裂を噴出孔とするように、俺の右腕から無数の光の粒のようなものが放出され続けている。
「はぁ……はぁ……」
ショックだった。
初めてのプレゼントは特別だ。
同じものを買ったとしてもそれはもう別の物。
旧式のマナグラムは既に非売品かもしれない。
その融合した機械から派生するように、俺の右手の甲、前腕と二の腕の全範囲、そして肩に至るまで、入れ墨のような赤黒いラインが血脈の筋になぞらうように浮かびあがっていた。確認はできないけれど、首や顔の右側にもその線は走っているかもしれない。
「く……うぅ……なんで……」
ようやく落ち着いて声を発する余裕ができた。
周囲を確認すると、目の前にあったはずの神聖な雰囲気を漂わせる壁は、見るも無残な姿に代わっていた。
凸凹に破壊され、紋章にもひびが入っていた。
その下には女神ケアが倒れ伏している。
「だ、大丈夫?!」
もしかして俺が暴れまわっていたときに、一緒に突き飛ばしてしまったのかもしれない。慌てて駆け寄り、その小さな体に触れる。
女神と言われなければただの女の子にしか見えない。
「ほんとにケアなんだよな……」
体を仰向けにすると、見てはいけない場所が何ヵ所も目につく。いくら女神と言えど、このまま放置したら男として最低な気がする。上着として着ていたローブで包んであげた。
「……あ……」
そしてすぐにもケアは目を覚ました。普通の女の子と同じような、寝起きの顔だった。
目の色が赤黒い渦巻いた色から、虹色に変わっている。
その虹色の輝きは普段見かける魔石の色と似ていた。
「……あぅ」
「え?」
「あ……」
なんか第一印象と違って、やたらと口数が少ない気がした。
「大丈夫?」
「………うん」
よかった。
返事ができるってことは頭がおかしくなったわけじゃなさそうだ。
「この右腕はどういうことなの?」
「………あぅ」
いや、やっぱりおかしい。さっき喋ってたときはあんなに意味の分からない単語をすらすらと話していたじゃないか。
「うー……」
ケアは困ったような顔を浮かべた。困っているのは俺も一緒だ。
「ケアなんだよね?」
「………うん」
「喋れないの?」
「………ううん」
「じゃあ何か喋ってみて」
「………魔法」
「他には?」
「………ガラ」
単語しか言えてないじゃないか!
会話にならない。
「俺が誰だかわかる?」
「………サード」
「え?」
「………ジュニアさん」
なんでその呼び名を知っているんだ。
まぁ女神だし、疑問を持ち始めたらキリがないということは、さっき痛いほど感じたばかり。
とりあえず何らかの理由で人格が変わったと考えておこう。
「ジュニアさん………だっしゅつ」
「脱出?」
「うん」
そうか。ここはガラ遺跡の、かなり深い層であることに違いない。
リベルタのみんなも心配しているはずだ。俺がこんな入れ墨姿で、素っ裸にローブだけ羽織った小さい子と一緒で現れたら変な目で見られるかもしれないが、そんなことには構っていられない。
「とは言っても……」
上を見上げてみる。延々と上へと続く壁。暗くて先が見えないが、おそらくさっきまでいた二層よりも相当深いんだろう。
「これは詰んだかもしれない」
俺が絶望していると、ケアは俺の右腕に手を沿えてきた。
「魔法の力」
「魔法?」
そういえばそもそも俺がこんな姿になったのも、この子が力を開放してあげるとかなんとか言ったからだ。ということは俺にももう魔法が使えるってことか?
しかし使い方も分からなければ、空を飛ぶこともできないだろう。
「どうすればいいか分かんない」
「あぅ……」
「なんとかならないの?」
ケアは俺の右腕を摩った。
「力をこめて」
「力を?」
言われて、ぎゅっと握り拳を作ってみた。すると、先ほどからキラキラと噴出される右手首からの光の粒の量が一気に増した。
「これが力の源?」
「うん………もっと」
もっと?
促されて、右腕により強く力を込めた。その刹那、右手首のマナグラムだったその機械から大量の光の粒子がバシュっと噴出した。
「うわっ!」
その光は俺を押し出し、体が引っ張られる形で移動した。
拳が前方向へ射出され、俺の体も後から引きずられる形で一気に目の前の壁に迫った。素手で殴っただけなのに壁には、ぱっくりと大きなくぼみが出来た。
そのわりに俺の手にダメージは無い。
「これを上に向けて使えば、一気に上昇できるってことか」
しかしそんな感動も束の間、はるか上空から岩壁の崩壊の音がゴゴゴと鳴り響く。
「来る」
「なにが?!」
上を見上げていると、先ほどの素殴りで崩れたのか、大きな岩石が次々に迫り来ていた。
そんな脆弱な構造なのか?!
戸惑っているうちにどんどん上から岩石が降ってきた。
「ジュニアさん助けて」
「ちょ、ちょっと!」
ケアがこうしろって言ってこうなったのに、なんて無責任な!
でも責め合っている時間はない。
「あぁ! もう!」
ケアを抱えて、握り拳を上に向ける。そして射出――――するも、眼前には既に一段と巨大な岩石が迫っていた。
ちっ……構うことはない。殴り散らそう!
握りしめて、力を集中するごとにその奇骸化したマナグラムが光を散らして凝集音を立てた。高音の排気音が耳に劈く。あまりに力を籠めすぎたのか、噴出孔から変な音が響き始める。光の粒がジェット噴射しているようだった。
そして右腕で岩石を殴りつけ、大きな音を立てて真っ二つに割れた。
そのままケアを左脇に抱えて急浮上していく。
凄まじい上昇スピードだった。目が空圧でちゃんと開けていられない。
しかし上昇中もどんどん上から岩が落ちてくる。細めながらも迫りくる標的をを見定めた。もはや俺たちを押しつぶそうと、岩というよりも地面が迫っているようにも見えた。
なんとか右拳で殴り続け、次から次へと迫りくる岩という岩を叩き壊したり、壁を蹴ったりしながらどんどん上がってく。
「きりがない!」
大きすぎるものは殴っても壊せないかもしれない。
「ジュニアさん、剣! 剣!」
ケアも目を瞑りながら何かを叫んでいた。
剣? でもそんなものは持っていない。ガラ遺跡潜入のときに腰に携えていたショートソードは、穴に落ちる前にアルフレッドに預けてしまっていた。
「イメージ! 剣!」
イメージ? そんな事でいきなり剣が現れたりするのか?!
そんな都合のいいことが起こせるのか?
ふと注意を怠った。
そんな俺を逃さまいと、さらなる大地が迫りくる。
ダメだ、やっぱり殴るしか!
次の瞬間、右手の甲の線が赤黒く光を放ち始めた。地中に埋もれていくように、ケアと俺は右拳に導かれて地中へと潜っていく。
これでは身動きが取れなくなってしまう。だが手の甲の赤黒い線はより際立っていき、崩壊していく岩肌から武骨な剣が生成された。
「なんだ!?」
「剣! それを!」
「……あぁ、もう考えるのは後だ!」
岩肌から武骨に生成された剣を握りしめて、それを引き抜く。
剣柄は酷いものだったが、先端はちゃんと鋭利に尖っていて、ショートソードのような形をした土製の剣が生成された。
その刀身が、俺の右腕に呼応するかのように赤黒い線を纏っている。
なんだコレ……。
剣にしては魔性の色を放っている。
しかし疑っている場合じゃない。
引き抜いたその禍々しい剣で、無謀にも大地を切りつける。
すると想像以上の切れ味で、一閃するだけで巨大な岩石がすぱりと切れた。何度か切りつけて、目の前の岩肌は微塵切りになって後方の地下深くへと落ちていく。
剣は、その役目を終えた途端に元々そうであったかのように、剣先から砂のようにぼろぼろと崩れ、後を追うように落ちていく。
まるで錬成術のようだ。
俺は右の手首から射出され続ける光のブースター、そして臨時で生成される剣をその場その場で駆使しながらどんどん上昇していった。
「ちじょ!」
「え、なに!?」
「ちじょー!」
ケアが何か叫んでいた。
地上……地上が近いのか?
目前には天井が差し迫っていた。もし地面であればもう殴り壊せば、出られるだろう。
「ケア、いくぞ!」
「うん」
最後の一殴りで、地上への穴が大きく露出し、一気に太陽光が体に差し込む。そのまま上空へと舞い上がった。太陽の光がやけに眩しい。
「うわ……」
初めて見る上空からの景色に感動と驚きの声が漏れる。
「力抜く」
ケアが俺を見上げながら警告した。言われるままに力を抜いたら、腕から眼下への射出力は失われて、自由落下へと移っていく。
「ジュニアさん!」
「わかってるよ!」
もうこのガラ遺跡にきて落ちる感覚は三回目だ。何回経験してもこの落下するときの浮遊感は怖かったが、今の俺にはその力を弱める手段がある。
俺は拳を上へあげて、ひじを曲げて光の粒子の射出力を調節しながら落下の勢いを消していった。
そして地面に華麗に着地………できずに無様に倒れた。
ケアを庇うように、お腹の上に抱えながら、背中から落ちた。
「はぁ……はぁ………戻ってこれたのか?」
「うん」
「やったー!」
この右腕のおかげだ。
だが、太陽の下であらためて見ると、俺の右腕はどれだけ異形なのかが目立った。変形と歪曲で奇骸化したマナグラムは、俺の右手首に融合してしまっていた。……特に痛みは感じない。
さらにそこから肩や首に至るまで赤黒い入れ墨のような線模様がびっしりと纏わりついている。
そういえばリベルタのみんなはまだダンジョン内にいるんじゃないか?
ダンジョン二層か一層まで戻れればいいと思ってたが、勢い余って地上まで脱出してしまった。
「み、みんなは?!」
ガラ遺跡の祭壇を探した。見覚えがある光景。遺跡周辺には石造りの朽ち果てた建造物が散乱している。
しかし冷静に眺めると、こないだ見たときと少し光景が変わっていた。あったはずの石造りの祭壇がなく、その場には土がぐちゃぐちゃに盛り上がっていた。
まるで荒らされたかのようだ。
「なんで……あれじゃあ、みんな出られないじゃないか!」
慌てて入口へと近寄ったところ、土が盛り上がって山になっていた所に立て看板があった。
"ガラ祭壇崩壊のためダンジョン侵入禁止"
そう書いてある。
どういうことだ。俺がさっき下層深くで壁を殴って崩壊させたせいか?
それにしては立札を立てるのが早すぎるし、この立札もかなり長い間、雨風に晒されたようにぼろぼろになっている。これじゃあリベルタのパーティーがダンジョンに入る前からこの看板があったみたいじゃないか。
「なんで! なんでだよ!」
歪な右手と歳相応の子どもの左手で看板を掴み、戸惑いの声で叫んだ。
力が入るたびに右腕からの光の射出を強めてしまいそうになる。
さらに右腕の赤黒い線が反応して、輝きを増した。
――――キィィィイイン。
赤黒い輝きは、立て看板をシンプルな木刀に変化させた。
「………っ!」
木刀は俺の右腕と同じように赤黒い線を宿し、ゆっくりと点滅している。
「こんな、こんなもの……!」
みんなはどうなったんだろう。
俺が落ちた後、後を追ってどうにかして下へ降りていったのか?
それとも引き返したのか?
どちらにしろこの祭壇の惨状では、みんなもまだ中にいる可能性がある。
そんな戸惑っている俺の背後からケアが近寄ってきていた。
「……ジュニアさん」
「ケア、どういうことか説明しろ!」
ケアは黙っていた。何も答えない。それが俺の不安を余計大きくした。
「助けにいかないとっ!」
「……だめ」
「行くよっ! 仲間なんだから!」
俺は盛り上がった地面を右腕で殴った。凄まじい勢いで射出された拳が、大きなクレーターを作りあげた。さらに何度も右腕による堀削を続ける。でも掘っても掘っても、地面は固められるだけで、穴が出現することはない。
「くそぉ!!」
そして誤って、ブースターを起動させてしまう。容赦なく、俺は右腕に引きずられて体を無様に滑らせた。
「……ぅぐっ!」
急に手にした力はうまく制御できない。そんな俺の様子を見て、ケアは俺に近づいた。ふと、ケアの気配が変わったような気がした。
立ち上がって、服や顔に付いた土を払った。
「あなたは約半年、この中にいた」
その落ち着いた声にびっくりして後ろを振り返った。そこにいたのは最初に出会ったときのケアだ。目の色は虹色ではなく、赤黒い渦を巻いていた。
告げられたその時の流れは、あまりにも実感が湧かず、何も感じなかった
「半年?」
「特殊な起源をもつ魔力との親和性を高めるため、あなたの肉体組成を変える必要があったの」
「…………」
「上半身のうち右半身は四ヶ月で完成した。そのときあなたは意識を取り戻し、二ヶ月間暴れ続けた」
「なんだって?」
「あなたの右腕は四ヶ月ほどで完成し、二ヶ月間暴れ続けた」
そんなことを聞いているんじゃない。
半年……半年と言った?
あのたった一瞬の出来事が?
その間、リベルタのみんなは何をしていたんだろう?
俺は穴に落ちたまま、半年間も経った。
普通なら死んだと思うに決まっている。早く無事を知らせないと。
「私のこの肉体は脆弱で、暴れるあなたを押さえつけられなかった」
「そうか。それで倒れてたのか」
「でもその右腕で十分。その力を使って―――」
ケアは何か言いかけていたが、そんなものはお構いなしで言葉を遮った。
「俺はリベルタのみんなのもとへ帰る」
「待って」
「嫌だ。俺はみんなに会わないといけない。半年も何してたって怒られるかもしれないけど、心配してるに決まってる」
「……その前にあなたのその右腕を封印する必要がある」
「封印? 勝手に引き出しておいて、さっそく封印するって?」
ケアは俺の問いかけに対して、真っ直ぐな目を向けて応えた。
「まだあなたはその腕を完璧に制御できない。その力に慣れるまでは、一時的に封印して必要なときに解放する」
「必要なとき?」
「それがあなたのこの世界での役割。さぁ、こっちへ」
そう言うとケアは踵を返してすたすたと歩き始めた。
「おい! 待てよ!」
身勝手な要求ばかりで腹が立ったのもあって、追いかけて乱暴に肩を掴んでしまった。
「あぅ」
「………」
ケアの目の色は既に虹色に代わっていた。先ほどの女神ではないことはその瞑らな目が物語っていた。
「……来て、ジュニアさん」
再びケアは歩き始めた。仕方ない。とりあえずついていき、いったんこの右腕を封印したら、みんなのもとへ帰ろう。腕が暴れるようじゃ、みんなと会ったときにも不便極まりないし。
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