Episode13 魔法の踊り子募集中
翌朝。宿屋一階の食堂。
テーブルに四人のメンバーが腰かけている。
リーダーのアルフレッド、リズベス、リンジー、俺ことジャックの四人だ。トリスタンはまだ誰も起きていない日の出の時間帯にソルテールへと戻っていった。
三、四時間程度しか寝てないんじゃないだろうか?
さすが我が師匠。凄まじい体力だ。
そしてドウェインの姿が見えない理由はよく分からなかった。それぞれ朝食をとり終えた頃合い。
アルフレッドは唐突に投げかけた。
「それじゃあ、稼ぎにいくとしますか!」
「待って、ドウェインは?」
リズがふと疑問を口にした。
どうやらドウェインがいない理由を知らないのは俺だけではないらしい。
「ドウェインにはちょっと別の仕事を頼んである」
「一番の浪費家がなんで資金調達に参加しないのよ?」
「それは今は明かせねぇ。学者肌の奴にはもっと先を見越した稼ぎ方ってのがあるもんだぜ」
「意味わかんないわよ」
「そのうち分かるから気にすんな」
リズは納得していない様子だったが、リーダーの意向ということで押し黙った。
「それで、今回は何を狩るのかな?」
そこにリンジーが口を挟んだ。
冒険者パーティーの仕事といえば狩り、ダンジョン探索。
だいたいギルドから引き受けるクエストもそんなものばかりだ。
「浪費も防いで数日以内ってことは、そんなに高額報酬のものは引き受けられないよね」
「リンジー、俺たちには力もあるが、それぞれ特技があるだろ?」
「特技……?」
少し首を傾げた後、顔をはっとさせて納得したように手の平をぽんと叩いた。
「わかった、魔法だ!」
「その通り!」
「討伐数の多いクエストを、魔法で一掃して手早くこなしていくんだね!」
「ちげーよ! 今日は血の気が多いな」
リンジーは案外狩りが好きなのかもしれない。日頃見せる天使のような笑顔の奥に怖ろしい魔獣が潜んでいるのか。
「えー、じゃあわかんないよ」
「まぁいい。口で説明するより早い! さっそく行くぞ」
アルフレッドは立ち上がって、テーブルから離れて行ってしまった。俺たち3人はそれぞれ首を傾げながら、アルフレッドの後に続いた。
…
「なに? 結局ギルドの依頼なんじゃない」
ステンドグラスが崇高さを際立たせる冒険者ギルド内に到着した。掲示板前でリズが始めに口を開いた。
「だが今回は狩りじゃねえ―――――あれだ!」
アルフレッドはいきんで、あるクエスト依頼書を指差した。
質素な掲示が多い中、その依頼書だけやたらと煌びやかで、場違い感を醸し出してる。
羊皮紙か何か高級な紙でも使っているようだ。
そこにはこんなことが書かれていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
【踊り子アルバイト急募!!】
ダリ・アモール・カーニバルのパレードを一緒に盛り上げませんか?
魔法操作に自信のある踊り子 募集中です!
※経験不問! 待遇あり! 衣裳貸与!
雇い主 : ダリ・アモール観光協会
(公認協会の依頼だから安心!)
時間 : カーニバル前1週間~開始3日間のパレード開催中まで。
研修期間中は1日4時間。カーニバル期間中1日2時間
(カーニバル数日だけでもOK!)
年齢 : 15歳から25歳の女性
給与 : 研修期間も含め、日給10,000G
募集人員 : 若干名
待遇 : 衣裳貸与。魔力ポーション1日3本支給。
問い合わせ: ダリ・アモール観光協会
(サン・アモレナ大広場 向かい)
―――――――――――――――――――――――――――――――
若干の沈黙が続いた。
リンジーとリズが顔を見合わせた。そして二人して目で合図したり首を振ったりして何かを示し合わせたようだった。
「嫌に決まってるじゃない!!」
そして大きく口を開いて、先に怒りの声を上げたのはリズだった。厳粛な雰囲気に包まれる冒険者ギルド内に怒号が鳴り響いた。
周囲の人物もなんだなんだとこっちに視線を寄せた。
「アルフィ! 踊り子ってけっこう露出がすごいんだよ! 私たちにそんな衣裳を着ろっていうの!?」
それにリンジーも続く。
露出がすごい、だと……。
「そうだ。踊り子衣裳は俺の、いや、男の……いや、人類の希望だ!」
「ばかじゃないの!」
リズは大反対の一点張り。
どんな衣裳なのか見たことがないから想像もできなかったが、アルフレッドがあそこまで言うからにはかなりのものなんだろう。
見たくないと言えば嘘になるけど、仲間の恥ずかしげな姿が大衆に晒されるというのも、俺はなんとなく嫌だ。
「待て、冷静になれよ。クエストをよく見ろ」
しかし女性陣二人は見向きもしなかった。怒りの目を露わにさせて、リーダーを睨み続ける。
アルフレッドもちょっとひるんでいた。
「給与が日給一万だぞ! オーガ狩り十頭分だ! それをこれから六日間やれば六万! とんでもねえ稼ぎじゃねえか!」
「私たちはダンジョン攻略にきたのよ? 恥ずかしい恰好するためにこの街に来たんじゃないわ!」
「見ろ、魔力ポーションも支給される! お前らの魔力なら演出で使う程度じゃ余裕だろ。ポーション代も浮くんだ!」
「そんなことを言ってるんじゃないよ!」
言い合いが続く。やはり女性陣が2人ということもあって多勢に無勢だ。そんな中、窮地を感じたのかアルフレッドは俺と目を合わせて懇願の目を向けてきた。
うわ、ここで俺を巻き込むな。
「ジャック、お前も見たいだろう。リズと、リンジーの、セクシーな姿を!」
「なっ―――」
アルフレッドの俺に対する言葉に、リンジーが心外だと言わんばかりの驚愕の顔を上げる。
「ジャックを引き込もうとする真似はやめてよ!」
「ジャック、仲間であるお前の意見も聞きたい」
「仲間っていう言葉を都合よく使わないで!」
リンジーがその誘惑を防ごうと必死だった。
その間、俺は何も言えないでいた。
「ジャックは私たちの味方よね?」
「お前の中にも男があるはずだ。男を見せろよ、ジャック!」
大人は卑怯だ。都合のいいときだけ子どもを利用して。
でも興味がある!
確かに踊り子衣裳に興味はあるんだ!
見たい……!
だがリズとリンジーの顰蹙も買いたくない!
アルフレッドの男としての目がギラギラしていた。そうか。男はこうして自身の中の葛藤を乗り越えて、時には女性に優しく、時には女性に牙を向け、そして成長していくのか。
それが男……。
いや、それが男なのか?
待て、騙されるな。アルフレッドは欲望に忠実なだけじゃないか?
でもそれで何が悪いんだと言われたらそれまでだ。
どうすればいいんだ。どうする、俺。
「俺は………」
「もし。よろしいですかな?」
俺の言葉を遮るように、口髭を生やして小綺麗な服装をした男性が話しかけてきた。ひょろっとしているが、背筋をぴんと伸ばして紳士的な印象を与えてくる。
「盗み聞きするつもりはなかったのですが、つい、大きな声で耳に入ってきてしまいました」
紳士は申し訳なさそうにお辞儀をしてきた。
そんな様子をアルフレッドもリズもリンジーも、黙って見ていた。冒険者パーティーとしての癖なのか、初対面の相手にはとりあえずの警戒を入れる、という感じである。
「申し遅れました。私はダリ・アモール観光協会の経営委員のアルマンド・バロッコと申します」
「ダリ・アモール観光協会?」
「はい。その依頼を出させて頂いたのも私です」
「そうだったのか」
「実は、そこにもある通り、魔法操作に長けた踊り子が不足しておりましてな」
アルマンドさんと名乗る男は丁寧に事情を説明し、二人に顔を向けた。
「今年のカーニバルも何とか踊り子の魔法演舞で盛り上げていきたい。冒険者ギルドであればそのような魔法使いの方もいるかと思った次第です。しかし―――」
アルマンドはわざとらしく眉間にしわを寄せて、その眉間を片手で揉み始めた。悩ましげに、何かを思い出すように。演技らしさがあるが、しかし人に不快感を与えるような感じではなかった。
「高額の依頼で出させて頂いたので、何名かの冒険者の方が私どもの事務所を訪れていただいたのですが」
アルマンドさんはもったいづけて、経緯をゆっくりと話していた。
「手練れの方ともなると……その……なかなか大衆に満足いただける容姿の方がいないのです」
ああ、なるほど。魔法も巧みに使いこなせて踊り子としての美貌も兼ね備えてとなったら、なかなか希少な人材かもしれない。
しかしリベルタにはその希少人材が二人もいる。
「へぇ、そりゃ都合がいい。うちのパーティーにはご覧の通り、美女が二人もいるぜ?」
アルフレッドがそこに申し合わせるようにアルマンドの意図を汲んで言葉をつづけた。両手で傍らに立つリズとリンジーの肩を抱いた。
「ちょっと、勝手に決めないでよ」
「いやはや私も驚きました。なかなかこれほどの美貌をお持ちの方はいらっしゃいません。差支えなければ是非に、とは思うのですが……」
「え?」
リズがアルマンドさんの煽て文句にちょっと反応した。
リズは気難しい方だが、女性は誰しも褒められると弱いのだろう。
「それに、あなた方であれば今回は特別に日給12,000Gでお願いしたいと思います」
「え、そんな……」
女の部分を評価されて嬉しかったのか、リズは少し顔を赤らめた。
アルマンドさん巧いなぁ。
「でも露出の高い衣裳は着たくないよ」
そこに冷静なリンジーが突っ込んだ。
「ご心配いりません。我々が支給させて頂く衣裳は一般的な踊り子の衣装よりも少し味を加えるために装飾も華美です。おそらくご想像されているよりかは露出度も抑えられているかと」
「あ、そうなんだ」
リンジーも少し納得しかけていた。
なんとも都合のいい展開で流れているが、果たして大丈夫だろうか?
「お話だけでもいかがですか? 事務所に衣裳も何着か置いております。実際にご覧になられてから決められても構いませんので」
「うーん……まぁ話聞くだけならいいかな」
「よーし!」
アルフレッドが一番大喜びしていた。アルマンドさんも満足そうに笑みを向けていた。
その選択は正しいと諭すように。
こうしてダリ・アモール観光協会の事務所へと案内されることとなった。
○
「結局おへそは出すんじゃない!」
衣裳を試着してから、リズは文句を言っていた。しかし、既に着ているということは満更でもなさそうな感じだ。事務所に到着した後、衣装を前に二人はそれだけでは判断ができず、試着を促されたのだった。
リズにはショートに切りそろえられた黒髪に似合うように青を基調とした衣裳が選ばれた。
足元まですらりと垂れ下がったシルク生地のスカートに、腰までスリットが深く刻まれ、セクシーなおみ足を晒していた。きりっとした顔立ちのリズには非常に似合っていて、さらに恥ずかしそうに頬を赤らめている点も得点が高い。
「しかも、なんかキツいね」
リンジーもサイズが合わないのかちょっと居心地悪そうにしていた。
きつい、というのは主にバストの部分だと思う。締めつけられて強調されたリンジーの谷間は万人の男を魅了することだろう。
栗色の淡い雰囲気をそのまま引き受け、グリーンを基調とした衣装が選ばれていた。リズの衣装と比べると胸の谷間が強調されており、流れるような短いスカートに加えて、透き通るヴェールが肩から腰のあたりまで流れている。
そして何よりも二人ともスタイルが良く、引き締まった腹部が、くびれやら腹筋ラインを浮かび上がらせて色気をむんむんと漂わせていた。普段、見かけない二人のあまりの露出姿や女性としての魅力に対して、思わず俺も蕩けたような視線を送ってしまっている。
一言でまとめよう。
エロい……。
「よっしゃぁああ! 眼福きたぁあああ!!」
アルフレッドは相変わらず大はしゃぎして両手をあげてガッツポーズしていた。思春期突入したばかりの子どものような有様だった。
「これは素晴らしいですね。お二人がいれば今年のカーニバルも盛り上がり間違いないでしょう」
アルマンドさんも予想以上の似合いぶりだったのか、少し目を丸くして驚いていた。そこに厭らしさはなく、紳士感を保ち続けていた。
「いかがですかな、お二方。ぜひとも―――」
リズとリンジーはまたしても顔を見合わせていた。
そしてリズは腕を組んで少し考え始め、リンジーも眉間に皺を寄せて目を瞑った。ふとリンジーが俺を見て問いかけた。
「ジャックはどう思う?」
「ん?!」
普段見られない姿のリンジーに言われてどぎまぎしてしまった。
「えーっと、す、すごく綺麗だし、似合ってるよ!」
「そ、そう? ありがと……うーん、じゃあやるよ」
ならばこそ、とリンジーは意を決したのか、承諾の返事をした。
「リンジーがやるなら私もやるわ」
リズもそれに続いた。
リベルタの女性陣二人はカーニバルの踊り手を引き受けたのであった。後に青と緑の踊り子二人はカーニバル後に一躍話題となり、歴代の踊り子の中でも随一の人気を誇るようになるのだが、それはまた別の話である。
「ありがとうございます! それではさっそく詳細な打ち合わせをさせて頂きますので、奥にいる事務の女性から――――」
「ちょっと待って。でも私、魔法の操作はリンジーほどうまくないわよ」
そこでリズが一つ不安を漏らした。
「魔法操作とは言いましても、火や水を周囲にまき散らす程度の演舞で構いませんよ」
「そう。その程度なら私でもできそうね」
「あー……あと私は踊りなんてやったことないけど」
さらにリンジーが加える。
「専任の講師がちゃんと付きますので大丈夫です。昔踊り子としてベテランだった女性直伝の指導なのですぐに上達すると思います」
「うーん……自信ないけど、頑張るしかないよね」
リンジーも前向きに今回の依頼を引き受けてくれることとなった。女性はなんと頼もしいことだろう。そんな健気な二人に対して、露出の高い衣装をお目にかかれたことを泣いて喜ぶ赤毛のリーダー。
「それで、アルフレッドは何やるの?」
ふとリズが声をかけた。先ほどまで着なれない衣装で恥ずかしげにしていた時とは違って、普段通りのリズだった。
「ん? 俺は………」
「もしかして私たちにこんなことさせといて、自分一人だけ何もしないなんてことはないでしょうね!?」
「い、いや、決してそんなことない!」
「なんか怪しい。何するのかちゃんと言ってよ」
アルフレッドは少し冷や汗を流しているかのように見えた。
これは誰が見ても怪しい。
「新たなビジネスに決まってんだろう! ジャックと一緒にな」
「え? 俺と?!」
無理やり俺の肩と組んで、ニカっとわざとらしく笑っていた。
「ジャックに変なことやらせないでよ」
「そのあたりは大丈夫だ! 俺を信じろ!」
既に俺のことでは何回か失敗しているアルフレッド。
そこにリンジーが疑いの目をじとーっと向けていた。そんなリンジーに対して慌てて付け加えた。
「こないだの汚名返上もあるんだ! それに、お前ら全員が仕事に行っちまったら、その間ジャックを見る奴も必要じゃねえか」
「まぁ、それもそうだね」
最後のチャンスだ、と言わんばかりにリンジーは頷いた。
俺は嫌な予感しかしていなかったが、普段戦いだらけのリベルタの戦士たちがそれぞれお祭り参加のためにやってくれているんだ。
俺も多少のことは頑張らないと同じ仲間たちに顔向けできない。
頑張って資金稼ぎしよう!
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