Episode5 ハイランダーの業火
メラーナダンジョンで二人の子どもが命を落としたという話は瞬く間に広がった。その責任のやり場は冒険者ギルドのバーウィッチ支部にまで及んだ。
ソルテールにある冒険者ギルドは、派出所のようなもので、無人になっている事が多い。そのクエスト管理の杜撰さが今回の悲劇を生んだのではないか、という話になっている。
そこで屋台のような冒険者ギルドは取っ払われ、宿屋の一階部分にギルド派出所を設けることとなった。
そこの宿屋の看板娘が非正規で雇われ、以降、その役割を担うこととなった。
でも、責任のやり場がどうこうなんて、まったく意味がない。
―――今回の事故は俺のせいだ。
あの後、リンジーに助けられてダンジョンから連れ出された。
助かったとか、そういう安堵感はない。
無能な俺だけなんで助かったのだろう……。
ダンジョンから脱出したときに、見たこともない女の人がリンジーと二、三のやりとりを交わして、その場で泣き崩れた。
後でピーターの母親だと分かった。
ピーターは学校では数少ない光魔法の使い手として将来を有望されていたらしい。でも今回の事件でその将来も奪われてしまった。
―――何が孤高の戦士だ。
俺は分不相応に、一儲けしようとして周りを巻き込んでそして大切な命を2つ奪ってしまったんだ。
無能なうえに迷惑な存在でしかなかった。
本来なら俺が死んで、あの二人が助かるべきだったんだ。最初に死ぬのが俺だったら、あの二人はすぐ逃げて、生きて帰っていたかもしれない。
リンジーにも迷惑をかけてしまった。
あの後、家へ連れ戻されたが、あまり会話が弾むはずもなく、寄りつきたくもない。そう思って、たまに家を抜け出しては町の広場の片隅に蹲り、行き交う人々の光景を眺めるだけの毎日を過ごした。
当初リンジーもこっそり後ろから俺の後をついてきていたが、俺が広場でぼーっとしているだけと分かってきたのか、最近はそっとしておいてくれるようになった。
夜になるとリンジーが手を引いて連れ戻しにくる。
俺は抵抗する気力もなく、結局、夜はあの家に甘えてリンジーのお世話になっている始末だった。
今もただぼけーっと広場に座り続けていた。
行き交う町の人たちは、俺が例の生き残りの子だと認識してるらしい。
でも同世代の子が二人も目の前で殺されたんだ。
町の人たちは気を遣って、俺にはなるべく触れないようにしているようだ。
腫れ物はどこへ行っても、か。
俺はこの世に生まれて何も成し得ず、ただ人に迷惑をかけ、腫れ物扱いで終わるのか?
理想とする物語の、孤高の戦士は己がプライドを賭けて戦っていた。
そこに一心の迷いもない。
無能でも、その意志だけは………。
―――憧れの戦士たちは、こういう状況では何を考えたのだろう。
物語といっても実在の英雄もいる。そのモデルとなった戦士たちが、戦友の死を経験していたのは間違いない。
戦友の死、か。
俺にとってはアランとピーターは一日限りの戦友だったが、一日限りとはいえ初めての戦友でもあった。それが無残にも死んでしまった。冒険はそんな甘いものではないんだ。
生き残った俺は、いったい何を目指せばいいんだ。
こんな雑魚が、これから立派な戦士になれるのか?
物語の英雄たちはどうしてそんなに強かったんだ。
誰か教えてくれよ……。
――――かつて世界を救いし者、孤高の大地で何を愁う。
――――幾度の戦火に抱かれよう、無数の剣戟に晒されよう、
――――彼の者の揺るぎなき眼差しは屍の山にてその意を貫く。
俺の今の疑問に応えるかのように、透き通った歌声が聞こえてきた。
広場の端の石段にて気品よく座る黒づくめの女性が目に付いた。胸元に金色の鎖飾りが幾重にも垂れ、黒いローブを纏って、黒いフェザーハットを目深に被った人物だ。
それに対するように真っ白な髪の毛を後ろに一つにまとめ、肌も色白だった。リュートを抱えており、吟遊詩人なのだと感じた。
高くて透き通った声が広場に心地よく響いている。
―――――果たして民は彼の戦士を認めたか。
―――――偽善と欲望に苛まれ、疲弊した戦士を、
―――――ヘイレル・イースの太陽は眠りにつくまで見逃さなかった。
その詩の意味のほとんどは理解できなかった。だが、今の俺には心に染み渡る詩だった。
ふと俺の熱烈な視線に気づいたのか、黒い吟遊詩人は俺と視線を合わせて優しい笑顔を投げかけた。
俺はその仕草に一瞬どきっとした。
綺麗な顔立ちをして、妖艶な雰囲気を漂わせている。
今にも幽霊のように消えてしまうのではないかと思えるほどだ。
ここで無視は失礼だろう。遠くから拍手を送る。
拍手に気づき、吟遊詩人は丁寧に立ち上がり、一礼した。
「ありがとう」
ただ一言、吟遊詩人の女性はそう言った
「……良い歌でした」
俺の一言に、吟遊詩人は笑顔を続け、楽器の演奏で応えた。
「もっと聞きたかったら別の歌も聞かせてあげるよ。こっちへおいで」
特に警戒することもなく、石段の隣へ座った。
「キミはどんな歌が好き?」
「今みたいなやつがいいです」
「今のは"ハイランダーの業火" 第四楽章」
「……ハイランダーのごうか?」
今まで数多くの読書をしてきたつもりだったが、その単語は初耳だった。
「そう。ここから少し離れた国で起こったある災厄を、たった一人の戦士が治めた伝説を歌った詩なんだ」
「たった一人で……」
「良かったら第一楽章から聴かせてあげるよ」
そういうと女性は曲調を変えてリュートを弾き始めた。かなりのベテラン奏者なのか、手慣れた手つきで弦を操り始めた。
そこからしばらく彼女の歌声に聴き入っていた。
その歌声は俺の卑屈になっていた心をすっかり癒してくれた。そのような魔法があるかどうかは知らないが、なんとなく救われた気がする。
「聴いてくれてありがとう。そういえば自己紹介がまだだったね。私はメドナ・ローレン。キミは?」
「俺は……ジャックです」
「そう。ジャックくんか」
メドナさんはその赤い瞳で俺の目や口元、そして手をまじまじと見つめた。
「キミ、才能がありそうだね」
「え!? 才能?」
才能なんかあったもんじゃない。
俺の能力値はとても低い。子どもだからって甘い言葉で褒めちぎられても、まったく嬉しいとは思わない。
「そう。楽器と、そして歌の才能」
「楽器と歌……ですか……」
「キミは良い声をしてる。声変わりしてもきっと良い声になるよ。それにその手も細長くて楽器向きだよ」
そう言われて、ふと自分の両手を眺める。そんなに良いとは思えないし、自分の声なんてわかったもんじゃない。
「ちょっと弾いてみる?」
メドナさんは俺にリュートを渡してきた。楽器奏者にとって大事な相棒なのではないのだろうか?
「いえ、それはちょっと……悪いです」
「いいから、持つだけ持ってみなよ」
強引にリュートを渡された。意外と重たい。
「じゃあ、こう構えて。そう、いいね。あとは左手で弦を押さえて、右手の指で弾く」
「……こうですか?」
ポロンと小気味良い音が響く。
「うん。大事なのは難しく弾こうと考えないで、心で弾くことだよ」
メドナさんは張り切って演奏のレクチャーを始めた。そうして俺はメドナさんの手取り足取りでリュートの弾き方を教えてもらった。
細くて白い指がたまに重なっては俺の心臓をばくばくさせた。
…
夕暮れとなり、そろそろお別れのときかと感じた。
「あの、また歌を聴かせてもらえますか……?」
勇気を持ってそう尋ねてみる。
「もちろんいいよ。しばらくはこっちにいる予定だから、いつでもおいでよ。私は暇さえあれば広場にくるから」
それを聞いて、俺はとても気持ちが高ぶった。またメドナさんの歌声が聴ける。しかも才能があるとまで言われた。
あんなに気分が落ち込んでいたというのにとても癒された。
音楽はここまで人の心に響き渡るものなんだ。
昔、オルドリッジの屋敷で貴族のパーティーが開かれたときにも音楽は聞いたことがある。もちろん自室の部屋ごしに、だけど。
そのときとは全然違う感じだ。
「それじゃあ、そろそろ今日はお別れ。またね」
「……はい!」
思ってた以上の元気な声が出た。メドナさんもそれに対して笑顔で手を振ってくれて、宿屋の方へと歩き去っていった。
俺も以前よりも視線を上げて、浮かれた気分で帰路に着いた。
○
「なんか今日は機嫌が良さそうだね」
「……え? そ、そう?」
用意してもらった夕食を囲んで、ふとリンジーが声をかけてきた。
「ジャックが心なしかニヤニヤしてる気がする」
「そんなことないよ!」
「なんか良い事でもあったのかな~? どれ、お姉さんに正直に話してごらん!」
「何もないって!」
「こんにゃろ」
リンジーは俺の脇を手を伸ばし、くすぐりにかかってきた。
それを必死に抵抗して逃げる。……しばらく一緒に暮らしていて、リンジーは完全に俺の姉のようになっていた。
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