Episode3 メラーナ洞窟Ⅱ


 メラーナダンジョンに向かう道中、墓地を通り過ぎた。

 その光景が嫌でも俺たちに死を連想させた。

 そのすぐ後にダンジョンに到着。入口は洞穴のようになっていて、冷たい風が奥地から入口へ吹き抜けていた。

 入口とは別の出口があるのだろうか?


「ようやくか」

「アラン、やっぱり……」

「なんだピーター! ここまで来てやめるのか!」


 声を張り上げるアランも震え声だった。先ほどの墓地を横切ったのは、二人に精神的ダメージを与えたのかもしれない。


「ジャックくん、アランを止めてよ」

「僕がですか。親分の言うことは絶対です。僕からは何も言えないです」


 イザイア・オルドリッジの発言も絶対だった。

 そんなことをふと思い出す。


 でもピーターにここで怖気づいてもらっては困る。俺は二人を労いつつ、ここのガーゴイルを倒してもらって宝玉を手に入れ、分け前を貰う。

 でなければ、死ぬ。俺にとってはモンスターに殺されて死ぬか、飢え死にするかのどっちかでしかない。

 引き返すとか、そんなぬるいこと言ってる状況じゃないんだ。


「ジャック、お前は男だ。親分としても鼻が高い」


 アランは、うむうむと歓心の声を漏らす。

 そしてそれはニヤリと卑しい笑みに変わった。


「ならばこそ、お前にこの記念すべき第一歩を踏み出す権利をやろう」

「え!?」

「これはとても名誉なことだ。そうだ、そのカバンに松明も一緒に入れてある。それで先に進んで行先を照らしてくれ」


 アランは思いついたことを適当に言い挙げて俺を矢面に立たせた。

 ……にしても、こんな怖気づき様でガーゴイルなんて倒せるのか?


「わかりました。ですが僕は雑魚です。モンスターは親分たちがお願いします」

「……お、おう! それは俺たちがやる!」

「なら、行きます」


 冷静になれ。もはや死んだ身だ。今更死ぬなんてどうって事ないさ。怖れるな、孤高の戦士は怖れを知らない。

 ピーターの炎魔法で松明に着火させて、いよいよダンジョンへ潜入する。

 メラーナはビギナー冒険者向けという事だが、そんな情報が吹っ飛ぶくらいに俺は恐怖に支配されていた。一歩踏み入れた瞬間、この闇の奥からモンスターが手を伸ばし、俺を瞬殺するかもしれないのだ。

 洞穴の闇は目の前だった。

 松明で慎重に照らしつつ、第一歩を踏み入れた―――――。


「………」


 闇を通り過ぎた先のダンジョン内部。外と比べて異常とも言えるくらいに冷えきってて、とても寒い。


「おい、ジャーック、どうだ!」


 後ろからアランの大きな声が響く。あいつらまだ入ってきてないのかよ。


「親分、何もいません。どうぞ」

「よし、ピーター聞こえたか! 入るぞ」


 そうしてクソガキ三人組はダンジョンへ潜入したのだった。



     …



 少し進んだところで開けた場所に辿りつく。明らかに何か出ますよ、と言わんばかりだ。

 アランは強がって顎を釣りあげて歯を食いしばっていた。

 ピーターはそんなアランにすがり付いて、ガタガタと震えている。


「なんだ、何も出てこないじゃないか。がっかりだぞ!」


 アランの声が狭いダンジョンにこだまする。


「親分、まだ奥地があります。何もなければ先へ進みましょう」

「焦らせやがって! わかっている!」


 アランが声を張り上げたタイミングで、上からぽたりと何か水滴が落ちた。

 ふと上を見上げたが何もいなかった。

 髪に触れて、垂れてきた液体を指に付け、近くで確認する。


「親分、水滴が……いや、血?」


 と言いかけたタイミング。頭上から何かが襲いかかった。

 迫りくる黒い影。暗闇からの強襲で、何なのかは分からない。


 ――――キィ! キィ!


「うわっ、なんだ!? ガーゴイルか!」


 アランはびっくりして、即座に魔法を展開させた。

 アランの周辺に氷の粒が形成され、それが銀玉のように丸くなったかと思ったら、めちゃくちゃな方向に飛ばし散らした。

 ピーターはその場で蹲って、頭を押さえている。


「くらぇぇええ! アイスドロップッ!」


 ――――キィ! ……ィ!

 何体かに命中して対象が絶命したようだった。

 松明で照らすと、少し大きめの漆黒の巨大コウモリが二、三体、倒れていた。

 他の巨大コウモリは、仲間の死を前にして逃げてしまった。


「ふぅ……ふぅ……、はは……はっはっ……」


 アランは呼吸を乱しながらも笑っていた。ダンジョン内のモンスターを倒せた、という達成感が彼に自信をつけさせたようだった。


「見たか、ピーター! 俺はやってやったぞっ」

「アラン、さすがだよ!」


 ピーターもアランを褒めていた。自分たちの実力がここの敵にも通用する、ということが分かったのか、二人とも明るい表情になった。

 相変わらず俺は役に立ててないが、今ので士気が上がったに違いない。


「よし、この調子で進むぞ!」

「はい、親分」

「おっけー!」



     …



 そこから俺たちはまるでピクニックに来たかのような浮かれ具合でダンジョン探索を進めていた。たまに出現するコウモリやネズミは、アランの氷魔法「アイスドロップ」を当てるだけで倒せた。

 アランやピーターも雑談を交え始め、俺もたまに返事をするような形で会話に参加する。

 将来は隣街のバーウィッチに住みたいといった夢や、ソルテールに小さく開設している魔法学校の同じクラスの女の子が気になっているとか、そんな小っ恥ずかしい話もだ。

 俺は学校に通った経験もなければ、家族や使用人以外の人間とまともに会話をした事がないので、二人の話を興味深く聞いていた。

 いつしかここがダンジョンということも忘れて会話に夢中になり、悪ふざけも交えながら、どんどん奥地へ進んでしまった。

 この調子ならガーゴイルも少しの労力で倒せるんじゃないかと俺自身も淡い期待を抱き始めていた。

 しかし、それは完全にフラグである。


 洞窟の奥地には石造りで出来た大きな扉が待ち構えていた。ここにガーゴイルがいます、と言わんばかりだ。

 それを前にして、今一度、緊張感が漂う。


「いよいよここまで来てしまったか」

「けっこう楽勝だったね、ジャックくんもそう思わない?」


 ピーターもここまで来るとノリノリだった。

 最初の怯え様はどこへ行ったのか。俺たちは今一度、先に進むぞ、という意志確認をし合い、扉に対峙した。


「ところでこの扉、どうやって開けるんですか? 親分」

「まぁ見ていろ」


 そういうとアランは扉の中央部に手をかざして、少し押し込んでいた。

 扉が何かに反応して、上方向に石を擦り合わせながらせり上がっていく。気づくとアランもピーターも完全に戦闘態勢だ。もうここまで来たら二人とも一人前の冒険者のように見える。

 そして扉が完全に開ききった。

 今までと同じように松明を持つ俺が先に足を運ぶ。俺は戦いで役に立たないので偵察用の捨て駒でしかない。

 だがこれでも重要な役割を果たしていたと、後で2人からも評価してほしいものだ。最初の一歩というのは誰でも怖い。

 大広間の奥まで歩いてみる。

 ……でも何も居なければ、気配すらない。


「親分、何もないみたいです」

「なに?! どういうことだ!」


 アランも警戒を解いて、俺のもとへと近寄る。ピーターもそれに続いた。


「本当だ。もしかしてガーゴイルも僕たちに怯えて逃げちゃったとかね」


 まさかとは思うけど……。

 でもそれならそれで好都合だ。

 危険なしで宝玉だけ盗んで帰ってしまえばいい。報酬は減るけど危ない目に合わずに帰れるし、三人で分けても俺の取り分で1万ゴールドくらいは報酬でもらえるだろう。


「ガーゴイルすら怯えて逃げる俺の力! これはダンジョン攻略と見ていいよなぁ!」

「これでクラスでも自慢できるよ!」


 二人はやったやったと喜んでいた。でも俺の目的はそんな自尊心を満たすことが目的ではない。

 宝玉だ。二人が宝玉のことを忘れているのかもしれないが、俺にとってはそれの有無が生死を分かつ。


 ふと大広間の最奥地に雑な格子で囲われた鳥かごのようなものが目に映る。

 俺は慌ててそこに駆け寄り、中身をよく確認した。

 中には禍々しく黒い光を放つ大きな玉があった。宝玉の中心部には魔族の文字か何かで紋章が刻まれている。解読はできないけれど、これが宝玉だろう。


 これをこっそり持ち去ってしまえば、報酬は俺が総取りできる。

 だけど今回俺は何もしていない。さすがにそれは卑怯な気がする。この二人はダンジョン攻略もできるんだ。今後一緒にパーティを続けて、冒険者として生計を立てていくのもいいかもしれない。

 よし、ちゃんと分け合おう。


「おーい、親分たち。ガーゴイルの宝玉が―――」


 そこで二人に振り返ったとき、俺は恐怖で戦慄した。

 はるか頭上に、その黒々とした巨体を軽々と浮遊させているガーゴイルを確認した。

 ガーゴイルは二人を睨みつけているけど、当の二人は気づいていない。

 危ない!


「親分……! あ、危ない! 逃げてっ!!」

「ん? どうしたジャック。そんなに慌てて……」


 アランが俺の叫び声に気付いたのとガーゴイルが2人の目の前に降り立ったのは、まさに同時だった。


 ―――――グァアアアアア!

 ガーゴイルは、威嚇の咆哮を上げた。

 二人は戦慄の顔でガーゴイルから目が離せず、さらにその場から動けなくなってしまったようだった。

 なんて禍々しいモンスターだろう。二人より遠くにいる俺が見てもその怖さは伝わってくる。


「……ッーター! ピーター、まずい! 魔法だ」

「ぼ……ぼ、ぼく……がっ」


 ピーターは完全にすくみ上って声がうまく出ていなかった。

 アランは恐怖心をなんとか払拭したようで、剣を抜き、戦闘態勢に入った。


「くそっ!! うぁああああああ!」


 アランはすぐさま勇気を振り絞って剣を振りかざす。


 ―――――ォオオオアア!!

 ガーゴイルはそれに対して素早く腕を振るい、その鋭い爪で剣をアランごと弾き飛ばした。


「がぁっ!」


 アランが壁に強打して吐血した。

 俺はというと、恐怖で体がびくとも動かなかった。

 アランですら弾き飛ばされるその力。

 俺に一体何ができるんだ。


「ピーター、俺が相手をするから早く魔法を!」


 アランはなんとか敵を見据えて、ピーターに指示を飛ばした。……しかし、その先にいたのは、既に事切れた遺体だった。

 ピーターはガーゴイルの爪により体を裂かれて血をまき散らし、絶命していた。


「……ピッ、ピーター!!」


 ピーターが死んだ。一人の子どもが、今まさに何の前触れもなく死んだ。さっきまで元気よくはしゃいで、この冒険を明日学校で話すと意気込んでいたピーターがだ。

 ガキ大将の威張りに付き合って必死に頑張っていた少年……。

 今日まさか家を出る時、母親に「行ってきます」を言った時、ガキ大将と待ち合わせをしてピクニック気分で歩いていた時、ピーターは果たして自分が今日死ぬと想像できたか?

 ……そんなことあるわけがない!

 無垢な子どものちょっとした冒険心、好きだった女の子への想い、母親からの愛情、ありとあらゆるものがこの禍々しいモンスターによって軽々しく葬られた。


「……うっ……うっ…くぅ……」


 アランは敵前で泣いていた。

 その有様を、ガーゴイルは余裕綽々で眺めている。

 涙をぼろぼろ流して口元から血を垂れ流すアラン。その姿は俺が理想とする戦士の姿に重なる。先に逝ってしまったピーターを弔うため、復讐を果たす決意を見せた顔つきだった。

 でも、俺はアランを止めたいと思った。

 力の差は歴然だ。このまま突っ込んでもアランさえ殺されてしまう。


「アラン、だめだ!」


 もはや親分とか呼んでいる場合じゃない。何もできないかもしれないが、全速力で駆け寄った。

 ふと、ガーゴイルが俺の存在を認知した。


「うぉぉぉぉぉお! アイスドロップっ!」


 その隙をアランは見逃さなかった。

 氷魔法を展開すると同時に、体当たりの姿勢で駆け出す。こいつだけは殺す、と、アランのその強い意志が伺えた。


 ――――グォア。

 しかしその鋭い爪と腕は容赦なく一突きで、アランの体を貫いた。周辺の氷の粒は、ガーゴイルに届いても全くダメージを与えていない。

 アランは口から大量の血を吐いて、やがてまったく動かなくなった。その勇敢な戦士を、ガーゴイルは無下にもどしゃりと投げ捨て、俺を見やった。



 ……これが現実なのか。

 10万ゴールド。そんな対価では決して釣り合わない二人の若い命が失われた。何のためにこんなところへ来た。金? 果たしてそんなもの重要か? 俺はモンスターに殺されようが、飢え死にしようが同じだと思っていた。だが、それは決して違う。

 前者はあまりにも惨すぎる……。

 二人の死は、俺の責任?

 少し扇動するような事も言った。ピーターだってアランを止めてくれと言っていた。それを俺は金のために、こんな小脇に抱えた訳の分からない石ころのために、取り合わなかったじゃないか?

 俺のせいなのか……?


 ――――グォオオオオウ!

 ガーゴイルが咆哮を上げた。もはや死は目前。

 いや、むしろ死にたい。

 このまま二人の死を背負って生き長らえるなら……。


 でもガーゴイルは一向に襲ってこない。微動だにせず、俺を睨んでいるけれど動かない。

 いったいいつまでこの時間は続くのだろう。恐怖心、罪悪感、絶望感、ありとあらゆるものが入り乱れて、俺はこれがガーゴイルが仕向けた精神的な攻撃なのではないかと考え始めた。

 もういっそ楽になりたい。

 そう思ったが束の間、ガーゴイルを挟んで向こう側、入口の方から巨大な火球が、周囲を強い光で照らしながら迫ってくる光景が見えた。


「刹那の劫火を! ファイアボール!!」 


 聞き覚えのある女性の声が洞窟に響いた。火球はガーゴイルに直撃して対象を燃やし尽くした。

 火だるまになるガーゴイル越しに見えるのは、バーウィッチでも俺を拾って助けてくれた女性、俺に初めて名前を授けてくれた女性だった。


「ジャックのばかっ!」


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