【30】破滅の竜と捨て身の救世主
141.決戦前夜
決戦前夜1
物資の運搬は概ね好調だった。
ローラの言った通り、キャンプへ戻ると市民部隊らが車両と物資の準備をしてくれていた。緊急時用にストックしてある物資を放出、その他は街へ調達に走る。素早い動きに頭が下がった。
「その他に必要なものはございませんか?」
エリーが一人一人に聞き回り、メモを確認しては、必要数を発注している。帆船の乗組員たちは照れながらそれに応じ、自らも重い荷物を運んではせっせと準備に勤しんでいた。
彼らに混じって行動していた俺を見つけて、
「話がしたい」
とライルがやって来たときは少しドキリとしたが、何のことはない、彼は彼でタイミングの悪さと無礼を謝りたかったのだという。
「リョウには感謝すべきなのに、何故かあんな風になってしまって。随分と怒っているだろう」
親世代のライルにそう言われると、なんだかこそばゆい。
俺は照れ隠しに頭を掻いて、
「いや、その。そういうことは全く」
と、歯切れの悪い言葉を返した。
彼は俺を連れて、ゆっくりとキャンプ内を散策した。じっととどまって話をするのが照れくさかったのかもしれない。右に左に、大小のテントが連なる中を、人の波とは逆方向に歩いて行く。
薄暗くなってきた空の下、松明が辺りを優しく照らしていた。テントのシルエットが徐々に薄闇に浮き出て、中から漏れた光がチラチラと揺らめくのは、キャンプ独特の光景だ。
「君という人間を初めて見たとき、私は何故彼女が君を選んだのか、よく分からなかった。頼りないし、自信もなさげだし。けれど私たちレグルノーラの人間は、干渉者に頼ることしかできない。だから、君のことをどうにか信じようと努力した。……今となっては失礼な話だがね」
ライルの背中は大きい。
銀のジャケットがシルエットを膨張させてそう見えるのじゃなく、本当に大きい。強い男の背中というものを、彼はしっかりと見せてくれる。
「何より、ミオの選んだ少年だ。間違いはないだろうという気持ちはどこかにあった。けれど、いつまで経っても結果が出ないことに懐疑的になったし、ダークアイが巨大化していくのを止められないことで、苛立ちも募っていた。“表”で何が起きているのかわからない私たちは、どうやって悪魔の攻撃を止めればいいのか、まるで闇の中を明かりもなしに歩いているような感覚に襲われていた」
早すぎることも遅すぎることもないスピードで、彼は俺の前を歩く。俺は彼の言葉を聞き漏らさぬよう、一歩後ろを付いて歩く。
「君の力をにわかに信じることはできなかったが、君と行動を共にするようになり、ミオは笑うようになった。君と居て楽しかったのだろうね。彼女は強かったが、いつも一人で、誰かに頼ることを知らなかったから、その点では少し安心した。……君はもう、彼女の秘密を全部知ってるんだろう。知って、どう思った?」
ライルはそう言って、少しだけ俺の方を向いた。
彼が何を求めているのかよく分からなかったが、俺は素直に自分の言葉で返すことにする。
「別に、何とも思わない。美桜は美桜だし。それに、彼女の出自は彼女のせいじゃない」
俺の言葉に、ライルは急に立ち止まった。
肩と肩がぶつかり、俺はちょっとよろけてしまう。
「本当に、そう思って」
「ああ」
「今でも?」
「今でも」
ライルがどう思ったのか、俺は知らない。
彼はそんな俺の言葉を聞いて、眉をハの字にした。それが哀れみから来ているのか、同情から来ているのかさえ、俺にはよく分からない。
「彼女はかの竜の血を引いている。倒さなくてはならない相手だ」
レグルノーラの人間として当然のように出てくるライルの言葉を、俺は否定してはいけないのだと思う。彼らは白い竜に怯え、白い竜に全てを奪われてきた。それを、部外者の俺がとやかく言うのはお門違いというものだろう。
「美桜は破壊竜にはならない」
俺はそういうのが精一杯だ。
「根拠は?」
当然のように帰ってくる言葉。
「俺が、彼女を救うから」
薄闇の中でライルの目に俺の顔がどう映っていたのかなんて、考える余裕もない。
ただ俺は、どうにかして彼女を攻撃対象から外して欲しいと、そればかりを考える。
彼女が白い竜なのは、彼女のせいじゃない。ドレグ・ルゴラもまた同じ。誰一人信じてやらなかったばっかりに、同じ道を辿るなんてこと、絶対にあってはならないのだ。
しばらくきょとんとしていたライルだが、そのうちフンッと鼻で笑った。
随分と滑稽なことを真顔で話すヤツだとでも思ったのだろうか。デカい手を俺の頭の上に載っけて、ぐりぐりと撫で回してくる。
止めろよと腕を退けようとすると、今度は思いっ切り肩を抱かれ、背中を強烈に数回叩かれた。そしてそのまま、抱き寄せられる。
「――君で、良かった」
グズッと鼻をすする音が聞こえた気がした。
「君のような人間が救世主で良かった。きっと、世界は救われる」
失礼、と小声で話し、ライルは俺を解放した。
その目に光る物が見えたのだが、気のせいなのだろうと俺は目を逸らした。
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