グロリア・グレイ3

 なるほど……。そういう話か。

 言い得て妙な話だ。“この世界を救う”ためにはこの世界の“犠牲”にならなければならない。その先に待つのは“死”しかない。そういう立場の人間を、“救世主”として崇めている。

 だとしたら答えは。


「あなたの言う通りだ。俺はこの世界を救うために竜石を欲している。石の力を借りてかの竜を封印し、――倒す」


 ドレグ・ルゴラと対峙したときのような恐怖感は殆どないが、この威圧的な態度と身体中からあふれ出る凄まじい力に押され、俺は妙に震えていた。

 なんだろう、嫌な予感が止まらない。

 グロリア・グレイはフフッと小さく笑った。かと思うと今度は大声で腹を抱えて笑い出す。

 これがまた不気味で、俺は自分の身体から血液が抜けていくような思いがしていた。


「愚かな。愚かな人間よの。世界を救う? 本気でそんなことを考えているのか。ドレグ・ルゴラに勝てると思っているのか、人間よ。我々竜でさえ、止めることのできない存在だというのに。冗談でも倒すなどと口にするものではない。真に必要なのは、かの竜の黒い力を消し去ること。うぬのような愚かしい人間にはできるまい。秘策でもあるのか? 愚かな人間よ」


 今度は前屈みになって、俺の顔を下から覗き込んでくる。

 き……綺麗だ。喋ってる内容と身体からにじみ出る力に凶悪さがなければいいのだが、世の中そういうことは上手くいかないらしい。


「ひ……秘策?」


 顔を引きつらせながら聞き返す。


「秘策もナシにドレグ・ルゴラに戦いを挑もうとしているのか。実に愚かしい。そんな愚かしい人間に竜石などくれてやることはできぬな」


「ちょ……、それは、それは困る」


「困れば良かろう。我は困らぬ」


 参った。話が通じないどころじゃない。頑として聞こうとしない。最初から話を聞くつもりなどないのだ。


「ま、待ってくれ。ディアナに聞いた。あなたが俺に金色竜の卵を託したのだと。俺はディアナに全部決まっていたんだろうと突っかかったが、彼女は自分を『この世界を構成する歯車の一つ』だと言った。せめて、聞かせてくれないか。俺が“救世主”となってこの世界を救うことになったのは偶然なのかどうか。あなたなら知っているはずだ。ディアナもそう言った。どうなんだ。最初から、全部決まっていたのか?」


 話を繋ぐために――無理やり疑問をぶつけた。

 凶悪だというこの竜は、果たして俺の質問に素直に答えてくれるのだろうか。

 グロリア・グレイは眉をひそめ、姿勢を直して深くため息を吐いた。首を鳴らし、アゴに手を当て、なまめかしく目を細めてから、もう一度深く息を吐いた。


「ドレグ・ルゴラは孤独な竜だ」


 グロリア・グレイは直ぐには俺の問いに答えなかった。


「白い身体で生まれてしまった竜の孤独は、想像に難くない。例え仲間の竜が優しく接しても、ドレグ・ルゴラは一切心を開かなかった。強大な力を持っていながらも、大きすぎる孤独に耐えられなかった。孤独は心を蝕み、竜を悪に染めた。かの竜の視界に入る全てが敵で、全てが邪魔だった。ゴルドンはかの竜の呟きを耳にし、恐れおののいた。どうにかしてかの竜を止めねばならぬと干渉者と同化し戦う道を選んだ。結果、かの竜を封じることに成功はしたが、命を奪うことはできなかった。ツメが甘いのだ。全てを捨てる覚悟で挑んでおきながら、どこかで自分は助かりたいという気持ちでも働いたのではないか。愚かしい。元来戦うことを好まぬ竜ではあったが、だからといって中途半端な戦い方などするからこのようなことになったのだ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る