63.黒い大蛇
黒い大蛇1
粘着質の表面はレグルノーラで見たダークアイとよく似ている。鱗状に見えるのは流動的な上皮で、まるで身体全体に黒いタールが流れているようだ。剣で叩き切ったとしても銃を撃ったとしても効果なさそうだし、これはちょっと考えながら戦わなきゃ、無駄に力を消費するだけになりそうだな……なんて、悠長に分析してる場合じゃなくて。
須川が右手をサッと掲げると、大蛇がグイッともたげた頭を高くした。その口元にはくっきりと白く鋭い牙が見えている。
“表”でここまで実体化したのを見たのは初めてだ。この教室自体が“ゲート”とはいえ、こんな巨大な魔物が現れるなんて、見えないところで何か起こっていたのだろうか。
「芳野さんから行こうかなぁ。やっぱり、邪魔だもんね。来澄君には相応しくないよ」
鎌首が俺より少し右後ろにいた美桜に向かって伸びていく。早い。魔法陣なんて錬成する暇もない。
「美桜! 避けろ!」
叫ぶのが精一杯。
開きっぱなしの出入り口から転げるようにして廊下にと逃げる美桜。そのスレスレを大蛇は通り過ぎ、廊下から今度はやはり開けっ放しの窓を通って戻ってくる。廊下に面したガラス窓が振動し、今にも壊れそうだ。
「あ~あ。避けられちゃった。次は狙うよ」
須川は完全に大蛇をコントロールしている。自分の力に全く覚えがないと言っておきながらこんなことができるってことは、やはり無意識下で力を使っていたということではないのか。
廊下で顔を青くする美桜と須川を見比べる。
周囲に誰もいなくなったとはいえ、クラスメイトに向かって反撃すべきかどうか。“こっち”で魔法を使うことがどれだけ体力、精神力を消費するかわかっているだけあって、なかなか手出しできないのは美桜も同じなんだろう。難しい顔をして須川を睨んでいた。
「――っと、離してよ。何するの」
須川が叫ぶ。彼女の真後ろに立ち、両肩を締め上げていたのは芝山だった。背の低い芝山は、須川より少し小さかった。背伸びしながら必死に彼女の動きを封じようとしている。
「何って、こんなこと、止めさせようとしてるに決まってるじゃないか」
「うるさい! チビ! キノコ!」
芝山に言ってはいけないワードを放って、須川は抵抗した。それでも芝山はじっと堪え、須川を離そうとしない。
「落ち着くんだ。須川さん。こんなことしたって何にもならない」
陣も須川の右腕を掴み、説得に当たっている。
「こんなことして力を使い果たしたら、君の身体がもたない。君はいろいろ誤解している」
「誤解なんて。あんたに何がわかるって言うの。来澄君は彼女を守ろうとした。それが十分な証拠じゃない。あの二人、そういう関係なんでしょう。やだな。不潔だな。来澄君、これ以上汚れちゃったら私、嫌いになっちゃうかもしれない。そんなの嫌だ。今のうちに離してあげなくちゃ。二人の仲を裂かなくちゃ」
須川の目は、完全に狂っていた。
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