一方的な3

 やっぱり。

 美桜の方を振り返ると、彼女は彼女で、煮え切らない思いを胸にじっと堪えているように見える。


「芳野さん、誰とも喋らないクセに、来澄君とは喋るよね。抱き合ったり、手を絡めたり、家に連れ込んだり。気持ち悪い。自分が綺麗だから何しても許されるの? 来澄君、ずっと迷惑そうにしてた。それに気付かないなんて酷いと思わない? ……って、少し前まで思ってた。付き合ってるなんて聞いても納得できなかったし、変な噂だって噂に過ぎないはずって思ってたのに。……来澄君、最近になって変わったよね。どうして芳野さんを庇うの? 芳野さんのこと、どう思ってるの」


「どう……って」


「本当に、付き合ってるの? 付き合わされてるんじゃないの? おかしいよ、来澄君」


 そりゃ、俺だっておかしいとは思うけど。

 それ相応に理由があるわけで。


「須川さんには関係のないことよ」


 我慢の限界か、美桜が背後でそう言った。


「関係……ない……? 関係ないわけないじゃない。私、あんたなんかより先に、ずっと来澄君のこと、好きだったのよ。突然現れてかっさらってった泥棒猫に何がわかるって言うの」


 ……目をぱちくりした。

 幻聴か。

 理解しがたい言葉が聞こえた。

 芝山は尻餅をつき、陣は噴き出している。俺自身はポカンとするしかなくて。

 え、今、何が起こってる?


「来澄君の優しさにも、気遣いにも、気が付いてやれないような人に取られたなんて、我慢ができなかった。私がもっと早くに告白していれば、芳野さんに取られずに済んだのにっていつも思ってた。来澄君が私のこと全然眼中にないのは知ってたけど、それでも、強引な芳野さんよりずっと、私の方が来澄君のこと愛してるって自信もあった。来澄君をこれ以上拘束しないで。自由にさせてあげてよ。芳野さんのような人がいると迷惑なの。わからないの?」


「ちょ……ちょちょ、ちょっと待って。何? 何言ってんの須川さん。俺の方が何言われてんのかよくわからない」


 思わず口を挟む。

 美桜と、須川。二人がバチバチと睨み合ってる中に割って入って、落ち着けと手で合図する。


「モテまくりだな」


「よ、モテ期到来」


 男二人が適当に合いの手を入れるが、俺に突っ込む余裕などない。


「そもそもさ、俺と須川さんの接点て何。俺、そんなに好かれることした覚えない」


「その謙遜が、好き」


 と、須川。

 もう、わけがわからない。


「今でこそクールだけど、昔はもっと話しやすかったよね。忘れ物したときは良く貸してくれたし、泣いてるとハンカチ差し出してくれた。私、まだ覚えてるんだ。来澄君がハッキリとみんなに『やめろよ』って言ってくれたこと。『守ってやる』って言ってくれたこともあったよね。中学で離ればなれになったけど、高校一緒で、本当に嬉しくて。でも、どう話しかけたらいいのかわからないくらい、来澄君、大人になってて。私、ずっと見つめるしかできなくて」


 え、いつ? いつの話?

 覚えがない。

 第一、今の話だと、小学生のときに一緒だった……?


「す、須川って、高校から一緒だったんじゃなくて?」


 本当に覚えていない。


「苗字違うからわからないかな。益子ましこって言えばわかる?」


 須川が微笑みかけてくる。

 ましこ……ましこ、れいな。


「ま……まっし? 五年まで一緒だった“まっし”?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る