黒の出所3

 放課後、最初に声をかけてきたのは芝山だった。


「どこで話す? 図書室とか視聴覚室とか、座って話せた方がいいよな」


 荷物を背負いながら俺は首を横に振った。


「いや、あまり聞かれたくない話だし、人気ひとけのありそうなところはちょっと。できれば“向こう”の方がいいんだろうけど、お前砂漠以外のところに行けるのかよ」


「誘導して貰えれば行けます。失礼だな。とにかく、ここじゃなんだから、どっか移ろう。芳野さんは?」


 美桜は身支度に遅れて、やっと席から立ち上がったところだった。

 まだ具合悪そうに咳をしているが、朝よりは幾分か顔色がいい。


「私はどこでもいいわよ。芝山君の都合のいいところで」


 歩み寄りながら彼女はそう言って、芝山をギロリと睨んだ。まだご機嫌が悪いと見える。

 俺はチラッとスマホを確認し、廊下を覗いた。

 まだ、来ていないようだ。


「あのさ、ちょっとだけ待って。人を呼んでる」


「人?」


 美桜は首を傾げ、どういうことかと芝山をまた睨んだ。芝山は半笑いして俺の方をいぶかしげに覗き込んでくる。まあいいからと教室の前の方で三人立っていると、また目の前を黒いモノがよぎった。

 須川だ。やっぱり、前に見たのも気のせいじゃなかった。今日のアレも、気のせいじゃなさそうだ。

 俺がじっと須川の動きを観察している、それが癪に障ったのか、美桜は目線を塞ぐようにわざとらしく立ち位置を変える。んんっと咳払いし、


「誰を待ってるの」


 と不機嫌そうに言ってきた。


「まあまあ、いいからいいから」


 先に言えば怒鳴り出すに決まってる。

 黒いモノを抱えたまま須川が教室を去り、他の連中もどんどん帰っていく中、待ち人はなかなか来ずに時間だけが過ぎていった。5分ほど過ぎたところで美桜のイライラは頂点に達したらしく、空いている席に座ってトントンと指で机をつつき始めた。芝山も「誰」と聞いてくるが、ここでは教えられない。やはり、いいから待ってとだけ伝える。

 しばらくすると廊下をバタバタと走る音が聞こえて、ついでに通りすがる生徒に片っ端から挨拶する元気な声が耳に届いた。

 アレッと美桜が反応して立ち上がる。

 同時に、待ち人がようやく2-Cの教室に現れた。


「待った?」


 爽やかに登場した彼こそが、俺の秘密兵器。面倒な話もきっとうまく纏めてくれるはず。


「ジーク」


 美桜は思わず“向こう”での名を、


「陣君」


 芝山は二つ隣のクラスのイケメン男子の名を呼んだ。


「なかなか女子が放してくれなくて。振り解いてくるのに時間かかっちゃった。で、どこまで話を?」


 陣郁馬は爽やかに話を進めようとした。

 全く空気を読むつもりはないらしく、美桜と芝山が二人して声を合わせ、


「どういうこと」


 と俺に向かって言っているのに、


「難しい話だし、どこから話せばいいのか考えてたんだけど、まとまらなくて。それより何より、美桜との約束を破るようなことをして本当に申し訳ないんだけど」


 頭を掻きながらにへらにへらとマイペースに話している。

 ドンと机に手を付いて美桜は立ち上がり、陣に向かって怒りを露わにした。


「一体何がどうなってるの。私に隠れてコソコソと。あなたたち、何を企んでるの」


 ギロッギロッと、俺と陣を交互に睨み付け、更におまけで芝山を睨み付けている。


「まあ、怒るなよ。色々とこっちも面倒なことになってるんだから」


 当然の如く俺のそんな気遣いは火に油を注ぐ結果にしかならず。


「凌、あなたやっぱり、隠し事してたんじゃないの」


 ものすごい剣幕で突っかかってくる。

 俺は闘牛を落ち着かせるつもりで、両手をゆっくりと前に出した。


「て、提案なんだけど。情報の共有がしたいなって」


「ハァ?」


「色々と整理する意味でも、お互いの情報を共有した方がいいと思うんだ」


 勇気を振り絞った一言に、美桜はぴくりと眉を動かした。

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