クローゼットの中身2

「怖い顔しないで。コレが私の“現実”なの」


 現……実……?

 親身になって世話をしてくれている飯田さんを部屋に入れようとしない理由がコレか? こんなものを隠し持つなんて、明らかに常軌を逸している。こんなのが“現実”だと?


「何を……、考えてるんだよ」


 深いため息と共に美桜を睨み付けた。


「何って? それはどうすれば“向こう”でもっと効率的に戦えるかっていう――」


「そういう問題じゃない。馬鹿なのか? “あっち”と“こっち”じゃ、まるで世界が違う。“こっち”じゃ所有してるだけでも塀の向こう行きだ。美桜、お前どうにかしてる」


 持っていた日本刀を美桜にグイと押しつけ、俺は語気を強めた。

 だが美桜は、だからどうしたのと鼻で笑う。


「私はずっと“二つの世界”の“狭間”にいるのよ。私にとってはどちらも“現実”。あなたのように、夢の合間に“レグルノーラ”へ飛んでいた単なる“干渉者”とはわけが違うの。あなたにとって“レグルノーラ”は“もう一つの世界”に過ぎないかもしれないけど、私にとって“レグルノーラ”は“もう一つの大切な場所”なのよ」


 わかる? と彼女は首を傾げた。

 わからない。

 わかるわけがない。

 わかりたくもない。

 母親も“干渉者”だとか伯父から軽蔑されてるだとか。自分が如何に守られるべき存在かこれでもかと訴えておいて、その直後に武器庫を見せられても反応のしようがない。

 俺には、美桜が言い訳をしているようにしか思えなかった。“もう一つの大切な場所”である“レグルノーラ”が、“悪魔”による“干渉”で危機に陥ってるから、それを救うために武装しなきゃならないんだと。“こっち”でも常に“あっち”にいるときと同じような危機感を抱いていられるように、“あっち”から武器を持ってきても構わないのだ、と。

 危険思想だ。

 今まで誰一人、彼女にそれを指摘する人間が居なかったからって、こんな非常識なこと。

 何かが起きてからでは遅すぎることを、彼女はもっと知るべきだ。


「……飯田さんにこんなモノ見られたら、一体どうするつもりなんだよ」


 ふと突いて出た言葉に、美桜は一瞬顔を強張らせた。


「どうするつもりなんだよ」


 日本刀を受け取り、抱えていた銃と一緒にクローゼットの中に片付けると、美桜は肩を落としてゆっくりとドアを閉めた。


「わからない。考えたことなんて、ないもの」


 肩にかかった長い髪を両手でいじり、美桜はトンとクローゼットの扉に額を付けた。


「私にはコレしかないのよ。他人に言っても理解してもらえるとは思っていなかったけど。……残念。同じ“干渉者”なら、私のことをもっと理解してくれると思っていたのに」


 そしてそのまま、美桜は俺に背を向けた。


「馬鹿……みたい。私、あなたのことを『見つけた』ときに、自分のことを初めて本当に理解してくれる人に出会ったと勘違いしてしまっていた。何を……、何を期待してたのかしら……」


 少しだけ隙間の空いた窓から柔らかい風が吹き、花柄のカーテンがそよいだ。

 美桜の背中が小刻みに震えている。

 初夏の日が真っ直ぐに射して、彼女の輪郭をぼやけさせた。


「ひとつ、確認してもいいかな」


 俺は、美桜の背に向かって言った。


「何」


 美桜も、背中越しに答える。


「俺って……、美桜の、なんなの」


 都合良く目の前に現れた同じ能力を持つ男、なのか。

 信頼すべきパートナー、なのか。

 単なる道具に過ぎないのか。

 美桜はしばらくの間、俺に背を向けたまま考え込んでいた。

 即答できないということは、やっぱり二人の関係を保ち続けるには、都合の悪い答えしか手元にないということなのだろうか。


「何て……、答えて欲しいの。凌は」


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