第59話 プロファイリング

 俺は寮の自室でウロウロしていた。

 我ながら鬱陶しいがしかたない。

 動きながらでないと頭が働かないのだ。

 ソフィアが呆れた顔をしている。

 そんな顔をしているが「本でも読んでろ」と言ったのに付き合ってくれる良い子なのだ。

 ツンデレでヤンデレな妹?

 素晴らしい。


 議会から内々に学園の一時的な封鎖の案を提示された。

 だから俺は封印していた裏技を使うことにした。

 大怪我をした人間が出たのだ。

 殺されても仕方のないようなクズでも傷害は傷害だ。

 傷害事件の犯人を捕まえることと汚職事件の捜査を同時に進行することは決して矛盾しない。

 それに次の犠牲者が出るかもしれない。

 理由や刑の軽重は関係ない。

 これ以上罪を重ねる前に止めなくてはならない。


 俺は前世での犯罪学の授業を思い出していた。

 裏技とはプロファイリングだ。

 プロファイリングは狩りと同じだ。

 獲物の行動パターンを把握し、先回りして仕留める。

 そのためには獲物の気持ちになって考える必要がある。

 まず二件の犯行で武器は現地調達。

 すべて弓での射撃だ。

 目撃情報が極端にないというところから逃走経路も確保済みでの犯行。

 腕は少なくとも専業の傭兵クラス。

 明らかに計画的犯行だ。

 ここまでの知性だ。

 過去の事件を洗っても何も出ないことを知っているに違いない。

 年齢は学園での犯行から未成年。

 学生だろう。

 表向きの目的は復讐。

 だが判事の息子を狙うなどやることが妙にガキっぽい。

 論理的ではないし頭もよろしくない。

 なんだか矛盾してきたぞ。

 手を直接下しているところから、力を見せつけたいという欲求がある。

 戸に磔にしたことからこれは確実だ。

 なのに手口は鮮やか。一瞬で犯行をし離脱して証拠も隠滅する。

 目立ちたがり屋とは思えない。

 なんだこの矛盾は?

 「息子が怪我をしたときの顔が見たかった」と言うのならいっそひと思いに殺すだろう。

 正義を望むなら息子を襲撃するはずがない。

 なのに襲撃しながらも殺していない。

 最高法院長もだ。

 正義を望まず、中途半端な復讐。

 殺す方が難易度は低いはずだ。

 知能が高く、理性的な犯人がなぜこんな無駄なことをした?

 なぜだ?

 なぜ殺さない?

 なぜ目立つようなパフォーマンスをする?

 なぜここまで行動が矛盾している?


 ……厄介な相手だ。


 矛盾に意味があると仮定すると高度に秩序的な犯行だ。

 漫然と捜査を続けて犯人を捜すのは難しいだろう。

 物証を隠す知性があるからだ。

 なにせこの世界は指紋鑑定もDNA鑑定もない。

 各種薬剤もないし、調合しかたもわからない。

 完全犯罪が十分可能なのだ。。

 こういうときはどうするか?

 俺は思い悩んだ。

 こういうときはパターンを探るのだ。

 例えば犯人の行動パターンや他の類似する犯行から行動を予測する。

 文化背景や社会通念から予測する。

 これは犯人のプロファイルだ。

 だが二件の犯行でサンプルもないし、行動が矛盾しまくっているのでこれは無理だ。

 別のパターンを見つけるしかない。

 この世界でも共通性を見いだすことができるパターンをだ。

 被害者の共通点はどうだろう。

 被害者は判事もしくはその家族だ。

 彼らは汚職に関わっている。

 汚職に関わったと思われる判事たちやその家族はすでに拘束している。

 自宅軟禁状態だ。

 じきに口を割るやつが出るだろう。

 そうすれば雪崩を打ったように全員が自白する。

 そして全員が重い刑に服すことになるだろう。

 ゲームの理論ってヤツだ。

 それさえ起これば犯人はすぐにわかるはずだ。

 ……たぶん。

 これは少し自信がない。

 では他に共通点はあるだろうか?

 判事、汚職、溺死、口封じ。

 こちらも時間がかかるだろう。


 なぜ今になって復讐をした?

 なぜ今なのだ?

 それも問題だ。

 連続的な犯罪だから必ず犯行の引き金になった強烈なストレス要因があるはずだ。

 そう例えば復讐の相手と同じクラスになったとか。


「……モーリスだ」


 俺は動きを止めてつぶやいた。

 俺の頭の中にとある考えが浮かんだのだ。


「陛下。何がですか?」


「ストレス要因だよ」


 これはあくまで推測だ。

 犯人は復讐を忘れていた。

 だが会ってしまったのだ。

 モーリスに。

 そこで怒りが再燃した。

 もしかすると最初の犯行は純粋に揉めごとの末の犯行だったのではないだろうか?

 そうか……

 ストレス要因はモーリスなのだ。


「そうだよ。ソフィア、モーリスの噂は?」


「ございません。目立たない学生でした」


「だよな。うん。そしたらさ、モーリスになにかなかった? 出産とか結婚とか、家を買ったとか、相場に手を出したとか」


「まるで陛下ですね」


「いやいやいやいや。重要なんだって。モーリスが犯人を激怒させるようなことをした。いや存在自体が激怒の対象かもしれないけど……それでもなにか犯人を怒らせるようなことをしたんだ」


「例えばなんでしょうか?」


「例えば……そうだなギュンターを計略に嵌めて倒したやつがいるとするじゃん」


 ぼくでーす。


「はあ……お父様はそのくらいじゃ負けません」


「例えだよ例え」


 ぼくちゃん自分の身を囮にして父さんとローズ伯爵をぶつけて倒した。


「はあ……」


「それが同じ学校で学生やってたらどう思う?」


「殺しますね!」


「……へ?」


「殺します」


「ほえ」


 ソフィアの瞳孔がかっ開いた。


「殺します」


 ぼくちゃん大ピンチ!


「ま、まあ。ソウダヨネ……」


「はい。空気の無駄遣いです。全身なます斬りにして殺します」


「は、犯人も、お、同じ気分だったんじゃないかな?」


 俺のヒザが盛大に笑う。

 しっこもれそう。


「そうですね。そんな汚物がいたら欠片の一片も残さず焼き尽くさないと」


「しょ、しょだね……」


 ガクガクブルブル。


「つ、つまりモーリスは知らずに犯人の地雷を踏んだんじゃないかな? それで忘れていた復讐。スープに火が入れられた」


「でもそれはいったい……マーガレットが犯人と言っているようにしか聞こえませんが」


「わからない。でもマーガレットは違う。彼女はもっと冷静だ。常にマグマのような怒りを秘めているがあくまで適法に事を進めていた」


「じゃあ誰が?」


「それが問題だ。第零軍じゃわからない情報だ。誰か学園のゴシップに長けた人物が必要だ。それもくだらないゴシップだ……」


「フィーナ様はどうですか?」


「ダメだ。フィーナは真面目で有名だ。くだらない噂を流そうものなら正々堂々と乗り込んで来て理詰めで説教される」


「陛下はどうですか?」


「俺もダメだ。みんな俺はバカだけど騎士ごっこの親分だと思われてる。俺の品位と威厳を保つためにくだらない噂を耳に入れないようにしていやがる」


 俺がお上品だなんて完全に妄想の世界だしまさいファンタジーだ。

 だが妄想でもそのファンタジーがあるからこそ俺たちは騎士ごっこを貫いて気高くいられる。

 プライドを持つことができるのだ。


「私は学生じゃないですし」


「だな。誰だ……くだらない誰が誰と付き合ってるとか誰とデートしたとか、誰と喧嘩したとかどうでもいい話に精通してるヤツ……うーん」


 俺は悩む。意外に難しいものだ。

 俺が悩んでいるとドアがこんこんっと叩かれた。


「はいはい。開いてますよー」


 俺が答えると男子生徒が入ってくる。

 ダズだ。


「陛下。警備のローテイションの希望をお持ちいたしました」


 ダズは俺に全員分の希望をまとめた紙を差し出す。

 ソフィアはそれを受け取り俺に渡す。

 俺は紙を見ながらダズと話す。


「はいはい。調整もできてますね。ソフィアちゃんこれでよろしくお願いします」


「御意」


「ところでダズ。マーガレットの彼氏って知ってます?」


「……二時間前に騎士学科のニックが玉砕したのは知ってます」


「ここにいたああああああああああああああああああああッ!」


 俺はダズを指さす。


「え? なんですか? ちょっと! ソフィアさんまでなにその顔!」


 いやがった。

 これで解決に近づいた。

 今度こそ犯人を追い込んでくれるわ!!!

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